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第1話:目覚めたら、ゾンビだった

はじめまして、または、いつもお読みいただきありがとうございます。

この作品は、ゾンビパニックものを「ゾンビ側の視点」から描いた物語です。

人間に戻りたいと願いながらも、日々腐敗していく体と戦い、人肉への欲求を抑え、消えゆく記憶に抗いながら、それでも人間らしく生きようとするゾンビたちの日常を描きます。

コメディ要素もありますが、同時に「人間らしさとは何か」「絶望の中でどう生きるか」といったテーマも扱っています。

ゾンビという存在を通して、生きることの意味を問いかける物語になれば幸いです。

それでは、どうぞお楽しみください。


俺の名前は佐藤健一。32歳。いや、正確には32歳だった、と言うべきか。

今の俺は、ゾンビだ。

目が覚めたのは、三年前の夏だった。気づいたら、俺は路地裏に倒れていた。体中が痛い。いや、痛いというより、感覚が鈍い。まるで体が自分のものじゃないような、妙な違和感。

立ち上がろうとして、右腕に視線を落とした瞬間、俺は理解した。

右腕の皮膚が、一部剥がれていた。筋肉が露出し、血管が見えている。でも、血は流れていない。乾いて、固まっている。

「……うそだろ」

声が出た。だが、それは俺の声じゃなかった。しわがれて、掠れて、まるで老人のような声。

鏡を探した。近くの廃車のサイドミラー。そこに映った顔は——

灰色に変色した肌。濁った左目。ところどころ剥がれた皮膚。

ゾンビだった。

映画で見たような、あのゾンビ。

俺は、ゾンビになっていた。

パニックになった。いや、パニックになろうとした。でも、心臓が動いていないせいか、動悸も冷や汗もない。ただ、頭の中が真っ白になるだけ。

どうして?いつ?何があった?

記憶を辿ろうとするが、霧がかかったように曖昧だ。会社に行って、残業して、帰り道で——そこから先が思い出せない。

ふと、ポケットの中に何かがあるのに気づいた。スマートフォン。画面は割れているが、なんとか起動する。

日付を見て、絶句した。

三年前の日付から、止まっている。

バッテリー切れで画面が消える直前、ロック画面の写真が目に入った。

妻と娘の笑顔。

「……あ」

娘の名前が、出てこない。

妻の名前も。

思い出せない。

俺は、家族の名前すら忘れていた。


それから、俺は彷徨った。

人間を見つけると、本能的に襲いたくなる。喉の奥から、唸り声が出る。でも、理性がそれを止める。

「だめだ……俺は、人間を食わない」

何度も自分に言い聞かせた。

飢えは凄まじかった。胃が、いや、体全体が人肉を求めて叫んでいる。でも、俺は耐えた。

動物の死骸を見つけては食べた。腐りかけの肉でも、生のままでも構わなかった。味なんてわからない。ただ、空腹を紛らわせるために食べた。

そうやって、何ヶ月も一人で生き延びた。

いや、「生きる」という表現は正しいのか?俺は死んでいる。でも、動いている。考えている。

ゾンビとして、存在している。


季節が変わり、冬になった頃。

俺は、偶然それを見つけた。

廃墟になったショッピングモール。入り口には、手書きの看板が立てかけてあった。

『希望の街——理性を持つ者たちの避難所』

理性を持つ者?

俺は、恐る恐る中に入った。

モール内は薄暗い。非常用の発電機が微かな明かりを灯している。

そして、そこにいたのは——

「……ゾンビ、だよな?」

俺と同じ、ゾンビたちだった。

だが、彼らは違った。服を着て、掃除をして、中には本を読んでいる者もいる。

一体のゾンビが、俺に近づいてきた。30代くらいの女性。左側の髪が抜け落ちているが、まだ人間の面影を残している。

「初めまして。ここは、理性を保っているゾンビたちが集まる場所よ。貴方も、まだ理性があるのね?」

女性の声は、俺よりもずっと滑らかだった。

「……ああ。俺は、佐藤。佐藤健一」

名前を言うと、女性は微笑んだ。ゾンビの顔で微笑むのは、なかなかグロテスクだが、それでも温かみがあった。

「私は田中美咲。ここの医療チームリーダーよ。よく来たわね、健一さん。ここでは、みんな人間に戻る方法を探しながら、助け合って生きているの」

人間に、戻る?

その言葉に、俺の中で何かが動いた。

希望。

三年間、一人で彷徨っていた俺には、もう希望なんてなかった。ただ、朽ち果てるのを待つだけだと思っていた。

でも、ここには仲間がいる。

同じゾンビたちが、諦めずに生きている。

「……俺も、いていいのか?」

美咲は頷いた。

「もちろん。ここは、諦めない者たちの場所。ようこそ、希望の街へ」


その日から、俺の新しい生活が始まった。

ゾンビとしての生活。

でも、一人じゃない。

仲間がいる生活。

初めて案内されたのは、「防腐処理室」だった。

「ゾンビの最大の問題は、体の腐敗なの。放っておくと、どんどん体が崩れていく。だから、定期的に防腐剤を塗る必要があるのよ」

美咲が説明しながら、棚から大きなボトルを取り出した。ラベルには「工業用防腐剤」と書かれている。

「工業用……?」

「ええ。人体用なんて、もうどこにもないから。これを水で薄めて使うの。ちょっと刺激が強いけど、我慢してね」

美咲が俺の剥がれた右腕に防腐剤を塗る。ピリピリとした感覚。痛みとは違う、妙な刺激。

「これを週に二回。それと、破れた皮膚は縫合する。月曜日は『縫合の日』って呼ばれてるわ。みんな集まって、互いに体を縫い合うの」

「縫い合う……」

想像すると、なかなかシュールだった。

「それから、ここが食堂」

次に案内されたのは、元々フードコートだった場所。数十体のゾンビたちが、テーブルに座って食事をしている。

いや、食事と呼べるのか、これは。

皿に盛られているのは、生肉。血の滴る、生の獣肉。

「動物の肉よ。近くの森で狩りをして調達してるの。ゾンビは火を通した肉より、生のほうが食べやすいから」

美咲が説明する。

俺も席に着き、配られた肉を口に運ぶ。

味は、ない。

ただ、空腹が少しだけ満たされる感覚だけ。

「慣れれば平気よ。最初はみんな抵抗あるけど」

隣に座ったゾンビが声をかけてきた。40代くらいの男性。杖をついている。

「俺は山田。元高校教師。ゾンビ歴4年の大先輩だ」

「佐藤です。よろしく」

「ああ。ここでは、みんな仲間だ。困ったことがあったら、なんでも聞いてくれ」

山田は笑った。ゾンビの顔で笑うと、どうしても不気味だが、その目には優しさがあった。


食事の後、俺は「記憶訓練室」に案内された。

元々は書店だった場所。本棚には、写真集、日記帳、メモ帳が並んでいる。

「ゾンビの二つ目の問題は、記憶の喪失。時間が経つにつれて、人間だった頃の記憶が消えていくの」

美咲が、一冊のノートを俺に手渡した。

「これは、貴方専用の記憶ノート。今覚えていることを、全部書いて。名前、住所、家族、友人、好きだったもの、嫌いだったもの、なんでもいい。書いて、それを毎日読み返すの。そうすれば、少しは記憶を保てるわ」

俺はノートを開いた。

真っ白なページ。

ペンを持って、書き始める。

『名前:佐藤健一』

『年齢:32歳』

『職業:サラリーマン(だったと思う)』

『家族:妻と娘(名前を思い出せない)』

そこで、手が止まった。

家族の名前が、出てこない。

顔は、ぼんやりと思い出せる。でも、名前が。

「……くそ」

悔しさが込み上げる。

でも、諦めない。

必ず、思い出す。

そして、人間に戻る。

家族の元へ、帰る。

俺は、そう心に決めた。


夜。

ゾンビは眠らない。正確には、眠れない。

だから、夜は自由時間だ。

俺は屋上に出た。

星空が広がっている。

ここには、他にも数体のゾンビがいた。ただ、黙って空を見上げている。

「綺麗だろう?」

隣に、山田がやってきた。

「……ああ」

「俺はな、ゾンビになってから、星をよく見るようになった。人間の時は、忙しくて空なんて見上げる余裕もなかった。でも、今は違う。時間だけは、たっぷりあるからな」

山田が笑う。

「皮肉なもんだ。死んでから、生きてる時より空が綺麗に見える」

俺も、空を見上げた。

満天の星。

人間だった頃、こんなにちゃんと星を見たことがあっただろうか。

「なあ、佐藤」

「ん?」

「お前、ここに来てよかったと思うか?」

山田の問いに、俺は少し考えてから答えた。

「……わからない。でも、一人よりはマシだと思う」

「そうか。なら、それでいい」

山田は満足そうに頷いた。

「ここは完璧な場所じゃない。問題だらけだ。でも、一人で朽ちるより、仲間と一緒に希望を探すほうが、まだ人間らしいだろう?」

人間らしい。

ゾンビの俺たちが、人間らしさを語る。

おかしな話だ。

でも、確かに。

ここには、人間らしさがある。

諦めない心。

助け合う気持ち。

希望を信じる勇気。

「……そうだな」

俺は、初めて心から笑った。

ゾンビになってから、初めて。

「ありがとう、山田さん」

「礼なんていらねえよ。俺たちは仲間だ」

そう言って、山田は俺の肩を叩いた。

腐りかけの手で。

でも、その手は、温かかった。


こうして、俺の「希望の街」での生活が始まった。

ゾンビとして。

でも、人間の心を持って。

明日は、断肉訓練があるらしい。

人肉への欲求を抑える、修行の場。

正直、不安だ。

でも、もう一人じゃない。

仲間がいる。

だから、大丈夫。

俺は、きっと人間に戻れる。

そう信じて、俺は明日を待った。

第1話、お読みいただきありがとうございました。

ゾンビ視点の物語、いかがでしたでしょうか?

この作品では、ゾンビたちの日常を丁寧に描いていきたいと思っています。防腐剤を塗ったり、記憶訓練をしたり、人肉への欲求と戦ったり——普通のゾンビものでは描かれない「ゾンビの生活」を、リアルに、そして時にはコミカルに描写していきます。

主人公の健一は、まだ希望を持っています。でも、この先、様々な困難が彼を待ち受けています。

次回は「断肉訓練」の様子と、新しい仲間との出会いを描く予定です。

感想、誤字報告、応援など、コメントいただけると嬉しいです。

それでは、次回もお楽しみに!

※この作品は週2回(水曜・土曜)更新予定です。さすがに運命書き換えみたいに毎日は無理っす。

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