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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――AIに仕事を奪われる日

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

「私たちの仕事って、いずれはAIに奪われていくんですかね」

 事務所の片づけをしていて、ある校正者からふと出た言葉。 

 AIという言葉がまだ聞かれ始めたばかりの頃、どの程度のものなのか文章を読んでみたことがあった。正直、海外で見るへんてこな日本語程度のものを想像していたのだが、全くそんなことはなかった。校正者としての目で必死に探してみても、指摘すべき誤字脱字や、文章のねじれなどはひとつも見当たらなかった。

 膨大な情報を学習させて利用するというAIの特性を考えると、たとえば法令検索や官公庁からの最新の統計情報のチェックなどは、人間が探すよりもよほど速くて正確であるに違いない。私がいちばん気が重いと感じる索引の校正なども、AIにとっては得意分野であるはずだ。もちろん、一般的な誤字脱字、用語の使い方なども、広辞苑や大辞林などの辞書の情報を学ばせれば対応できるのだろう。そうなると、校正者の存在意義とは?

 先日、テレビで松任谷由実さんのインタビューを見た。ユーミンと言えば、中学生くらいから今に至るまで、ずっとその曲を聴き続けている大好きなアーティストだ。そのユーミンが、新しいアルバムで「AIとの共生」に挑戦しているという。荒井由実時代から現在に至るまでの膨大なボーカルトラックを音声合成ソフトに学習させ、第3の声を生成。その声と、自分の声を融合させて曲を作る。それを聞いたときはかなりの驚きとともに、ユーミンらしいなとも思った。やはり、常に時代の最先端を行っている人なんだな。

 校正の仕事でも、AIを利用する機会は増えている。たとえば、翻訳ものの校正。原書を横に置いて、翻訳されたゲラ(校正紙)の文章が不自然だと感じたときに原書にあたる。このとき、原書の英文をAIに翻訳させると早い。だいたいこんな意味なんだな、とアタリをつけるのに使う。AIは、すでに身近な存在になりつつある。

 では逆に、AIに任せられないような仕事というのもあるのだろうか。

 こんなネット記事を見かけた。村上春樹さんのラジオでの話だ。彼の熱心なファンが、小説を読んで気になったことを寄せていた。同じページのなかでも漢字の「入る」と平仮名の「はいる」が混在していることがあるが、それはなぜか。

 村上春樹さんの回答はこうだ。パソコンのソフトを使って書いているので、そのときの優先変換になっているものによって漢字か平仮名かが決まってくる。意識してどちらかに揃えることもあれば、揃えないこともある。

「そのときの気分次第です。平仮名のほうが字面が滑らかに見えるときもあるし、逆の場合もあります。どっちでもいいやというときもあります」

 以前にも書いたが、実用書などでは読みやすくするために文字統一という作業を行うことが多い。「作る」と「つくる」が混在していればどちらかに揃える。しかし小説はまた別だ。多くの場合、作者の感覚を重視する。村上春樹さんの場合も、彼独特の感覚があり、それを熟知している校正者が担当していると思われる。こんな感覚的な部分の理解は、AIでは難しいのではないだろうか。

 先日、自己啓発の本の校正をした。いくつか、一般的な日本語の用法として気になるところを指摘した。そのなかのひとつが、「采配する」という表現。「采配」は辞書では「采配を振る」とあり、「指図する・指揮する」という意味だ。本のなかでは「(見えない力が)采配してくれる」といった使い方をしていて、ちょっと気になった。意味としては、「導いてくれる」のような感じなんだろうと思う。この本の納品が終わり、編集者から来たメッセージでは、こういった表現は著者がよく使っていて、読者もニュアンスで受け止めているのでそのままにしました、とあった。こういったことも、人が読んで受け止める感覚であって、「正しさ」だけでは処理しきれない部分だ。AIに任せることは難しい。

 もうひとつ、最近読んだ本で気になったのは「ファンタジック」という言葉。「(地球以外の惑星で生活する話は)現代ではファンタジックに聞こえますが」というような使われ方をしていた。「ファンタジック」は和製英語で、英語の表現としては存在しない。大辞林(第5版)では「=ファンタスティック」となっていた。でも、ここに「ファンタスティック」をそのまま入れるとちょっとしっくりこない。「ファンタスティック」には「素晴らしい」という意味もあり、著者が言おうとしていることとは少し違ってしまうような気がする。結局、「夢物語」とか「幻想」のような表現が落ち着くように感じた。こういった感覚も、いまのAIでどこまで拾っていけるのか、やはり疑問に感じる。

 ……なんか必死だな、私。まだまだ、AIには取って代わられないぞ。

「AIには、作詞は無理ですね」

 インタビューのなかで、ユーミンはきっぱりと言い放った。どんなに自分の詞を学習させても、それらしい形にはなっても「人の琴線に触れる」ようなものはできないという。よく言ってくれた。ありがとう、ユーミン。 

 前出の自己啓発本の編集者も「校正者さんには、AIにできないものを求めている」と話していた。AIは今後も進化して身近な存在であり続けるだろう。でも、その特性を生かして便利に使いながら、人でなければできないことを仕事として持ち続けたいと思う。


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