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強がり

作者: 岡野うか

「やっとあいつと離婚できたよ、やっと自由になれたわ!」

 いくつもの呑み屋が並ぶ路地裏にある騒々しい店で、きれいな泡の麦酒を一気に飲み干しながら涼子が声を張り上げて喋っている。

「そっか、やっぱり別れてよかった?」

「もちろん!結婚してた時なんて地獄でしかなかったよ」

 

お昼の休憩中に、涼子から(離婚届けを出してきたよ、お祝いに今夜飲まない?)とラインで誘われた。私は目を瞑り、深くため息をついてできるだけ時間を稼いだ。本当は気づかないフリをしたかったけれど、あいにく「既読」という余計な機能がそれを邪魔した。なんて断ろうか考えてみたが、なんだかもうめんどくさくなったので(うん、いいよ)と当たり障りないメッセージを返したのだ。


「大変だったね、離婚の原因って何だったの?」

「結婚する前は、優しくしてくれたんだけどさ、やっぱり他人が同じ家で生活するってむずかしいよね」

 おそらく何千、何万とこの社会で繰り返されてきた使い古したカビ臭いフレーズを、涼子はしみじみとした表情で口にしながら、一杯目の麦酒を飲み干し、二杯目のハイボールを店員に頼んでいる。きっと今夜は長くなる。この後は、元旦那の愚痴や悪口を聞かされるのだろう。想像しただけで、私は悪酔いして吐きたくなった。


涼子の元旦那への一方的な言葉の暴力を受けながら、隣の席に座っている三人組のサラリーマンの声が耳に侵入してくる。

「マッチングアプリやってるの奥さんにバレないの?」

「ああ、ぜんぜんバレない」

 聞こえてくる会話から察すると、不倫、浮気の話をしているんだろう。

「バレなければ不倫じゃないし、人間の本能だから仕方がないよな」

不倫話に興じる男たちの薄っぺらく下品な笑い声が鳴っていた。


目の前で涼子は三杯目のハイボールを口にしながら、排水溝にたまった油のような臭いのする言葉を吐きながら、元旦那への暴力が続いている。


「ごめん!!」


気づいたら、騒々しい店の中で私は声をあげていた。涼子は、突然水をかけられたような驚いた顔をしている。隣のサラリーマン達も、薄ら笑いながら、こちらを気にしている。私はそれをみながら、「ごめん、帰るわ」と五千円札をテーブルの上に置き、店を出た。

 

家までの帰り道、私の見る夜景は滲んでいた。10年前、私は愛した人から突然の別れを切り出された。その時の言葉は、今も私の頭蓋骨の内側にこびり付いている。記憶がないくらいに感情が消えてしまったし、それを昨日のことのように覚えている。白状すると、私はどうしようもないくらい傷ついていたんだ。離婚は決して勲章なんかじゃないし、不倫も浮気も誰かの人生を削って残るものだと私は知っている。濡れた目の端を指で拭って、夜空を見上げたら、月が夜を夜のまま照らし、星もきらめいていた。

 

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