037-温泉旅行5
「........」
夕食から数十分後、僕は一人で大浴場を訪れていた。
大浴場の入り口は、赤と青で男湯、女湯が仕切られている。
その手前には漫画コーナーと自動販売機、給水器などがあるけれど、僕以外はこの場にいなかった。
「すごいな...」
あんなに沢山食べたのに、もう消化が終わったような感じがする。
「さて、行くか」
この時間帯は、空いているはず。
みんなお酒を飲んで眠っているか休んでいると思うから。
「――――――――!」
男湯に入ろうとした時、背後から声がかかった。
振り向くと、カスミが立っていた。
「カスミ?」
「――――――、―――」
カスミは何か言っていたが、しばらくしてスマホを取り出して何か打ち込む。
クジェレンに来たメッセージを見ると、
『お風呂に入る所ですか?』
「うん」
僕が頷くと、続けてメッセージが飛んできた。
『私とご一緒しませんか?』
「ええ!?」
それは...良くないのではないだろうか。
僕は男だし...いやでも、この身体に性別はないし...
いやいや。
「ダメだよ、ボクは男湯に行かなきゃ」
首を振るが、カスミは僕の手を掴んで引き止める。
......どうする、僕!?
「.....やってしまった」
数分後。
僕は大浴場の洗い場にいた。
単純に浴槽の方に眼をやれないので、俯いて座っているだけだが。
「....」
シャワーから出したお湯を、ふと手にかけてみたりするが、この罪悪感は洗い流せない。
「――――?」
「......」
心配そうな声色の、雑音が響く。
カスミが「入らないの?」とでも聞いているのかもしれない。
でも、彼女と一緒に入る勇気はない。
「――――?」
「......」
僕は振り返らずにはシャワーを浴び続ける。
その時間が永遠に続くかと思われたのだけれど、肩に手を置かれたことで僕は振り向かざるを得なかった。
「っ!」
「――――?」
カスミが僕の背後にいた。
タオルを巻いているとはいえ、その体はほぼ裸と変わらない。
それに興奮はしない。
人間ではないのだから、当然だけど...精神はそうはいかない。
勿論、僕にだって人間と同じような胸もあるけれど、男は男。
慌てて目を逸らそうとしたとき、カスミが僕の腕を取る。
当然、僕の手が動くわけがないが、意図はなんとなくわかった。
「わかった、わかったから...」
「――――!」
僕は強制的に温泉に連れ込まれる。
カスミの力では到底敵わないけれど、僕が行きたいと思ってしまったからついていく。
温泉は源泉掛け流しのため、僕らには若干物足りない温度ではあるけれど...
なんとなく、本当になんとなく温まるような感覚を覚えた。
「――――――、――――」
「もう上がるのか...って、当たり前か。」
人間基準だとこのお湯は熱い。
42度のお湯に、僕が入ってくるまで相当の時間待っていたのだから、のぼせていてもおかしくない。
カスミはお湯から出て、洗い場へと向かう。
「...危ない!」
そして、僕もお湯から飛び出した。
カスミが足を滑らせたのが見えたから。
「くっ!」
彼女が地面に頭を打つ前に、空気をかき分けてカスミに近づき、抱き寄せる。
もっとも、そのまま王子様のように...とはいかず、風呂場の床を転がって壁にぶつかって止まった。
「......大丈夫!?」
「――――......――――、――――」
カスミはしばらく呆然としていたが、僕の手を優しくどけようとして失敗した。
慌てて抱きしめていた手を離すと、カスミは逃げるように去っていった。
「怖がらせちゃったかな...」
正直、今の速度で迫って来られたら怖いだろう。
カスミが転びかけたとはいえ、僕も配慮が浅かった。
「ん? 坊主じゃねえか」
その時、扉が開いてロームさんが姿を現した。
僕は不思議な安堵感を覚えて、ロームさんの声に応える。
「ロームさん、なんで女湯に...?」
「そりゃこっちの台詞だぞ、昼間はあんなに嫌がってたのによ」
ロームさんはディオームの情報を信じて、男湯と内容が異なるらしい女湯を見に来たそうだ。
実際は構造は男湯と変わらないのだが...
「なんだ、つまんねぇ。坊主は?」
「僕はカスミさんに誘われて...」
「へぇ、坊主も中々...変な趣味だな」
奇特な趣味だと思われたらしい。
結局、僕はロームさんの誤解を解くのに必死で、カスミの事をすっかり忘れてしまっていた。
説得が終わった後、更衣室にはもう誰もいなかった。
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