第九話 南極大蛇退治
シュウが廃棄扱いの非常食を隠していた。
「またやらかしたのか、お前は!」
「懲りろ!」
「意地汚い!」
三人で囲んで詰めた。
「もういい、艦長辞める!」
シュウは叫ぶと、伝言板に「探さないでください」と書いて出奔した。
俺たちは呆れたが、しばらく待ってから彼の足取りを追ってヒマラヤ宇宙センターを訪ねた。
「シュウ・ビルドさんには仕事を紹介しました」
ジェームス・ベルヌは仏頂面のまま、正直に答えた。
「彼は『違う自分になりたい』と言っておりましたので、偽造パスポートを差し上げました」
「で、どこへ行ったんだ」
「南極です」
俺たちは艦長を迎えるために南極へ向かった。
「寒い……おなかすいた……つらい……帰りたい……」
シュウは案の定、泣き言を呟きながら氷の削り出しに従事していた。
俺は端末の姿で声をかける。
「帰るぞ、シュウ」
「九鬼! ……いや、帰らない」
「こんなところに居ても氷漬けになるだけだ」
俺は言った。しかし、シュウはつるはしを手放さなかった。
「帰るぞ艦長! 腹が減るだけだ!」
アイが震えながら叫ぶ。
「食わんと筋肉はつかんぞ!」
リ・チョウが叫ぶ。
「帰らない! 僕は生まれ変わるんだ!」
シュウはつるはしを振り回した。
その時。
「ボアワームがーっ!」
作業者の声が響いた。声のする方を見ると巨大な蛇のような掘削機が氷河を割っていた。暴走しているのだ。
作業テントが破壊され飲まれていく。
「なぜ掘削機にワームなんて名付けてるんだ」
「いいから逃げるぞ!」
リ・チョウが俺とアイとシュウを抱えて走る。
南極巨大掘削機ボアワームは地下へと消えた。
俺たちは採氷部隊の艦島に避難した。砕氷シールドを備えた船は陸から離れる。
「避難できた者はこれで全部か」
司令官が現れた。毛皮のコートに身を包んだ女は異様な気配を発している。
「小早川……!」
俺は呟く。女の姿をしているが、発する気迫は小早川隆景のそれであった。かつて毛利水軍の中核を担った将である。
「九鬼か、過去のことはいい。今は手を組もう」
隆景は指を鳴らした。
「乃美」
「はっ」
隣に控えていた少女が作戦図を広げる。
乃美宗勝は村上水軍を毛利に引き入れた男であったはずだが、今は少女の姿をしている。
「ボアワームは地中をやたらめったらに暴走しております。このままでは南極の地盤は砂塵となるかと」
乃美は報告した。南極の地盤が沈めば氷の足場もそれだけ狭くなる。
「氷の採掘と売買は国家ガゼラーの大事な事業だ。よって、ここに居る者たちでボアワーム破壊部隊を編成する」
小早川は宣言し、続ける。
「第一部隊は私と乃美が引き受ける」
「御意」
乃美が頭を下げる。
「第二部隊は指名手配犯から二名、九鬼とリ・チョウ」
「承った」
「待て、我は本艦島破壊に加担してない!」
俺は頷いた。リ・チョウの訴えは無視された。
「第三部隊、アイ・ザックとシュウ・ビルド」
「やらいでかー!」
「………」
アイは元気に両腕を上げるがシュウは無言だった。
「全員にプランAを伝える。実働とオペレーションで二人一組となり、第二、第三部隊はボアワームを攪乱。地表に顔を出したボアワームを第一部隊で狙撃する。動きが止まったところを総出で叩け。以上だ」
「プランB以降はあるのか」
「Bは撤退。Cは秘密だ」
俺は片頬を上げる。小早川も笑っていた。
二台の人型汎用作業機が氷の地上に降り立った。乗っているのはアイとリ・チョウだ。
俺とシュウは、ウルフ・ムーンとドローン艦で拡張した目を使ってサポートする。
第一部隊の小早川と乃美は科学的迷彩をかけた艦島からボアワームを狙う。
無貌の大蛇が頭を出した。
アイとリ・チョウが速度で撹乱しながら機関砲を斉射する。礫を食らったボアワームが身体をねじる。もう一度地面に沈む。
『次に顔を出した時が狙い目だ』
小早川が通信を打った。
「用意しとけよ虎人間」
『その呼び方をやめろ!』
リ・チョウが叫ぶ。
「⋯⋯⋯」
『艦長、腹でも痛いのか?』
アイが黙ったままのシュウを気遣う。
ボアワームが頭を出した。
『射!』
光が貫き、ボアワームが倒れた。すかさず攻撃を加える。ボアワームの頭を落とす。落とした端から新たな頭となるので、それも分離させる。
「まるで飴細工だな。そろそろ離れろ」
『了解である!』
実働隊がボアワームから離れる。あまり期待はしていなかったが虎人間はなかなか反応がいい。
「アイ、右舷に移動。もう一撃加えられる」
『わかったぞ!』
持ち上がりかけていたボアワームの頭が落ちた。シュウは口数少なくなっていたが的確な指示ができている。アイの瞬発力と合わせて戦力になっている。ただ、わずかに危なっかしく思えるのはなぜか。
レーダーで確認したところ寸尺は八割ほどになっていた。落とされた頭が氷の上に散らばっている。
「ギギギ、愚カナ人類ヨ、残ラズ喰イ尽クシテヤル」
ボアワームが声を発した。実働隊の動きが一瞬止まる。
『プランCを発動!』
通信が届いた。
瞬間、狙撃がリ・チョウの作業機を貫いた
「謀ったかーっ!」
緊急脱出したリ・チョウが南極の海に消えた。
「ふはは、小早川の親父め、機械に意志があるとわかった途端これか!」
裏切りの一撃に俺は笑う。
『侮るな、思案した結果がこれよ! ボアワームを世に放ち、ボアワーム教を立てて初穂料を徴収するプランC! 完璧な策であろう!』
「というか、ボアワームは人類を絶滅させるつもりだから無理なのでは」
『………』
第二撃がアイの作業機を貫いた。
「あたいの出番ーっ!」
緊急脱出したアイが南極の海に消えた。
『ウルフ・ムーンを沈めたまえ、ボアワーム!』
「指図スルナ……!」
ボアワームから放たれた掘削レーザーが第一部隊を貫いた。
『わはははは! また会おう、九鬼!』
緊急脱出した小早川と乃美が南極の空に消えた。
採氷部隊の艦島が、作戦区域を離脱していく。
「まったく場を荒らすだけ荒らしおって、俺たちでどうにかしなければな。シュウ」
「………」
シュウは無言だった。俺は意識を集中し、端末に身体の感覚を移す。
高機動用のバーニア装備を背中につける。不凍液のプールに全身を浸す。
甲板に立つ。カタパルトの台座に足をかけた。
俺の隣に、作業機が降り立った。
「シュウ」
「………」
作業機に呼び掛ける。中にいるシュウは答えなかった。
俺は甲板を踵で叩く。蓋が開いて、アイが開発した五メートルの鯨包丁が飛び出す。特殊合金製のそれを手にした。
カタパルトで跳ぶ。風を切る。氷の上に降りる。
ボアワームの、おろし金のように連なる牙がこちらを覗き見る。
「いくぞ!」
答えは返ってこないが、俺は叫んだ。
倒れ込むボアワームを滑って避け、薙ぎ払いの一撃を跳び越えた。
シュウが機関砲で引きつけてくれている。
鯨包丁を振りかぶりボアワームの頭を切り落とす。
「はあ!」
ボアワームの寸尺を五割ほどに縮めた。バチバチと金属パーツが電流を纏って光る。
俺は嫌な予感がした。
「シュウ、跳べ!」
遅かった。
氷上を高圧電流が走り、作業機の腰の回路がショートした。
「シュウ!」
脱出装置は動いていない。シュウは銃口を下げていない。それどころか、別のアームで電動鋸を出している。
俺は駆けた。
「僕は、ひとりでやる。ひとりでやらなきゃいけないんだ!」
「違うぞ、シュウ!」
叫ぶ。
俺はシュウに呼び掛ける。同時に、過去の自分へ。
「ひとりでできることに限界はある。結託はせずとも、協力はしなければならない」
「……九鬼、危ない!」
俺は吹き飛んでいた。
ボアワームの一撃を食らい、海へと投げ出される。
「シュウ……!」
俺は南極の海に落ちた。
ゆっくりと流れる時の中で、俺を掴もうとするシュウの姿が見えた。
破損状況は、軽微だ。
早く、復帰しなければ。シュウを守らなければ。
いつまでそうしていただろう。
俺は気付けば、流氷の上に寝転がっていた。幸い関節が凍ってはいない。
「……!」
俺は立ち上がる。武器を確認する。バーニアと鯨包丁は落とした。右手から小刀を出す。
南極点の方角を検知して、それを見た。
俺が落とした鯨包丁を構えてシュウは立っていた。
「……うおおおおお!」
ボアワームへと向かっていく。
「やめろ、戻れ、シュウ!」
その時、ボアワームが静止した。
なぜ止まったのかは、わからない。ただ、俺はどこにいるともわからない神仏に祈っていた。
――のちにわかったのは、ボアワーム内部の不凍液が尽きかけており、機構が凍結、変形していたことだった。放電はその予兆だった。それでもその静止は一瞬で、ずれた歯車はまた噛み合って、すぐに動き出そうとしていた。しかし――
「おおおおあああああ!」
鯨包丁を大上段に構えて、ボアワームの頭に刃を突き立てた。
電流を帯びながらも、シュウは止まらなかった。
「いけええええええええええええええ!」
そのまま、縦に真っ二つに下ろしていく。ボアワームは開かれた鰻のようにその内部機構を晒していく。
一瞬、強く光る。
爆発が起きた。
俺は思わず顔を覆う。
「……シュウ!」
俺は跳ぶ。腕の隙間から、爆風に飛ばされたシュウが見えたからだ。俺は受け止める。
「シュウ、やったな……ひとりで、やってしまった」
俺は言った。泣ける身体であれば泣いていただろう。
しかし、シュウは疲れた様子で首を振る。
「ひとりじゃない」
ボアワームは完全に停止している。俺たちはその上に着地した。
ウルフ・ムーンへ帰投すると、小早川と乃美が茶をすすっていた。
「邪魔しているぞ」
「帰れ」
俺は脱出扉を開け放った。南極の吹雪が入り込んでくる。
「まあ待て、私と手を組まないか九鬼よ」
どこから持ち込んだのか、炬燵に掴まって交渉してくる。よく見ればアイとリ・チョウの足も見えている。
「うるさい。お前の息子は関ヶ原でそれはもう見事な寝返りをしとったわ」
「流石はわしの息子。いやそれはどうでもいい。輝元は生きているぞ」
素の一人称を出しながら隆景は言った。
俺は驚かなかった。
「だろうな。俺がそう言ったのだから」
「いずれまた相見えるだろう。奴の下には村上もおる」
「どの村上だ」
「三家ともだ」
俺は考える。木津川口の再戦を、この海でするというのか。
「………へくしゅ」
シュウがくしゃみをした。
「過去のことは考えず、わしと手を組め、九鬼」
「断る」
俺は小早川と乃美を叩き出し、南極をあとにした。
炬燵は貰っていった。