第五話 牢獄島の因縁
俺たちは、タイガー・クロウの本艦島にいた。
遡って説明する。
まず、最初に仕込んだ干物が完成した。
「おいしい!」
味見を任されたシュウは夢中で湯漬けを掻き込んだ。
「これもなかなか、味わい深いにゃ……んっ、なんでもない」
これまでさんざんつまみ食いをしていたアイも完全に餌付けされている。
「悪くないようだな」
俺は今度の戦の勝利を確信した。
ベルディングが車椅子を転がして握手を求めて来た。
「ありがとうございました、ウルフ・ムーンの皆様。これで経営状況は持ち直すでしょう」
「礼などよい。我も遊撃手として働くのだからな。スクワールを天下の大企業としようぞ」
俺は彼女の手を取る。
扉が開いた。
「タイガー・クロウだ! ウルフ・ムーンの艦長および機関長、および全船員、貴様らを逮捕する!」
虎顔のリ・チョウ警視正が逮捕令状と小銃を持って押しかけてきた。
「どういうことだ」
「ひ、ひえええ」
シュウが情けない声を上げる。タイガー・クロウの警官に囲まれる。
「スクワールからの通報だ! 違法滞在および燃料窃盗の容疑! ご無事ですか、ご婦人」
リ・チョウの肩に抱えられ、俺たちを見下ろしながらベルディングは言った。
「これまで本当に、ありがとうございました」
「くそっ、はめられた! 最初からこうするつもりだったんだ」
シュウが叫んだ。堅牢な扉は俺の攻撃でもびくともしないし、破壊したところで逃げ場はない。
艦島ウルフ・ムーンも奴らの手のうちに落ちた。警備船に囲まれて護送されている。
「処刑されるのか、あたいたち」
アイが布団の隅で膝を抱えている。
「案ずるな。よくあることだ」
「よくあってたまるか!」
枕を投げつけられた。避ける。
「裏切りも虜囚も戦の習いよ。貴様らは若い。生き残る手はいくらでもある」
船が接岸した。
タイガー・クロウの本艦島は巨大な牢獄となっていた。
手枷をはめられて、俺たちは投獄される牢まで歩かされる。
列が止まった。
「警視総監殿に敬礼!」
看守は片腕を上げている。
「久しいな、九鬼」
呼び掛ける声があった。見ると、他と同じ白い洋装でありながら、異様な気配を発する存在が居た。
「……輝元、か」
俺は呟いた。前に立つシュウが震える。
「し、知り合いか」
アイがたずねた。俺は頷く。
「少しな、殺し合った仲よ」
毛利輝元。かつて本願寺を支援し、俺は信長の命でそれを攻めた。海戦で戦った間柄だ。
「九鬼よ、俺は他の者に用はない。お前さえ処刑できれば、それで済む」
輝元は扇を取り出して、それでシュウを指した。
「そのような若造の姿になってまで、現世に貼りついているとはな。まったく忌々しい」
シュウは固まっていた。
アイはきょろきょろと周りを見渡していた。
俺は黙っていた。
「えっ、僕……?」
シュウがやっと声を発する。
輝元は扇を翻して、去っていった。
「待って、待って、僕が九鬼の代わりに処刑されることになってる?」
「なんで勘違いしたんだ?」
アイが唖然とした顔のまま言った。
「まあ、そういうこともあるだろう」
「ねえ! 僕らなら生き残る手はあるって言ったじゃん!」
シュウが顔から出る液体を全部出して抗議した。
「当然ある。間違われたままのほうが、より好都合だ」
俺は策を練る。
そして今に至る。
「輝元はしばらく処刑場に居るだろう。その間に我々は逃走経路を確保する」
「了解っ!」
アイは牢屋の鍵を早々に破壊し俺と共に廊下を駆けていた。
遭遇した看守は気絶させる。監視カメラと警報装置を破壊しながら。
「にゃっ」
一つの扉の前でアイが止まった。看守の詰所のようだ。
「どうした」
「ううん、なんでもない」
アイは言ってついて来た。
外の風を感じた。
「あとはシュウを助け出すだけだ」
「聴きたいんだが、あたいらでどうやって……」
風が凪いだ。
背筋に冷たい気配を感じて俺は振り返る。
闇から現れる者がいた。
「なぜ、ここに」
「久方ぶりに出会ったのだ。宿敵の首級は己の手でな」
輝元が刀を抜いた。
「気付いていたか!」
俺は跳んだ。
刀の一閃。アイは開いた牢の扉を盾にしたが、扉ごと胸を斬られた。
「ぐっ!」
「アイ!」
俺は応急手当キットを左手から出すがここからでは遠い。
「耄碌爺のふりも悪くは無かろう」
輝元の声。
処刑の時が迫る。