第三話 眠れる民
漁港に落ちたのは丸い陶器だった。それが破裂し、尖った破片を散らす。血の匂い。
遠く船が見える。そこから兵器は飛んできていた。
「自称世界警察のタイガー・クロウです」
「自称世界警察とは、いやいい。なんとなくわかる。民を避難させろ」
俺は言ってウルフ・ムーンに戻る。シュウも慌てながらついてくる。
意識を移し、発艦する。
「どう戦うんだ」
ずれた頭巾を直してシュウがたずねた。
『あの形の兵器には見覚えがある。さんざん辛酸をなめさせられた』
縞模様のペイントがされたタイガー・クロウの船団から旗艦を見定める。
俺は全速力で身体を走らせた。
「住居スペースに警報! Gに耐えろ!」
シュウが叫ぶ。
『舌を噛むから黙っていろ』
俺は全速力で体当たりした。タイガー・クロウの旗艦は避け切れず横腹にもろに食らう。船体がへこむ音が海に響いた。
「む、むちゃくちゃだ」
『相手の船員を救助しろ。すぐ沈むぞ』
「救助班は行動を開始! タイガー・クロウの船員を救助!」
シュウの叫び声によって、小舟が出動する。
俺は端末に乗り換えて捕虜の様子を見に行く。
タイガー・クロウの船員は全員救助された。黒と黄金色の毛におおわれた艦長は水飛沫を振り払いながら叫んだ。
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
俺は感心した。体つきこそ人間だが顔は完全に虎そのものだ。
「虎の爪を名乗るだけのことはあるな。喋る猫が艦長とは」
「あれは趣味だよ。整形手術してるんだ」
シュウが教えてくれた。俺は落胆する。
「我らの目的は悪徳業者の摘発だ!」
悪徳業者とはスクワールの缶詰売りのことだろう。俺は頭を振る。
「悪徳業者は先ほど全滅した」
「なにっ、な、嘘をつくな!」
「これからは優良企業として旨い商品を卸すらしいな。安心するがいい」
「ぐぬぬ……、なんだ参謀、そうか、ふむふむ……」
船員のひとりになにやら耳打ちされている。
「貴艦ウルフ・ムーンは休戦協定を破って逃走中であるな! 重大な国際条例違反だ、神妙にお縄につけ!」
「ああ、それならスクワールと話が付いた。そうだなベルディング」
俺は通信を打つ。艦内の伝令筒からベルディングの声が聴こえる。
『はい、システムの誤作動による不慮の攻撃だとわかりました。示談も終わっております』
平気な声でベルディングは嘘をつく。こういう者と取引ができることに感謝した。
「賠償のため我がウルフ・ムーンはしばらくスクワールの傘下に付く。ムーンパレスにもそのように通信したのだが、届いていないのだろうか。君、代わりに伝えてくれんか」
無論、これも嘘である。そのような通信は打っていない。
「ぐぬぬぬう……我はリ・チョウ警視正である! 二度と気安く呼ぶな!」
虎人間は言うとそっぽを向いてしまった。
迎えに来た船に乗り込んでいった。
「これでいいだろう。干物づくりに戻るぞ。ウルフ・ムーンの民も動かせ」
「いや、それは……」
シュウが口ごもる。
「問題があるな」
シュウは両手で口を塞ぐ。
俺はそんなシュウの首根っこを掴んで、住居スペースへと案内させた。
そこは惨憺たる様相だった。ゴミは溢れ、荒々しい字の躍る立て看板がそこかしこに散らばっている。皆引き籠っているのか住民の気配はひそめられている。
「救助班以外は全員ストライキ中です⋯⋯」
「なにをやらかした」
「食料の帳簿があってないことがバレてしまって……」
「多くか、少なくか」
「……自分の分のために少なめに計算してました」
「はあ⋯⋯」
俺は頭を抱える。
こんな艦長でも民の安全を考えていたことだけは褒めるべきか。
意識を移し、住居スペースに声を響かせた。
『今より臨時配給を行う。それから、シュウ艦長には反省するまで飯抜きの刑罰を与える』
「ええっ」
シュウが飛び上がったが、無視する。
『スクワールで仕事を手伝った者にはさらなる褒美を与える。約束する。ウルフ・ムーンは生まれ変わった』
住居の扉が開かれ、住民の目が端末を見た。俺は端末に意識を移す。
「アルテミス⋯⋯制御システムがなぜ」
「艦長の自作自演では⋯⋯なかったのか」
なにやら口々に呟いている。
俺は改めて民に伝える。
「我はアルテミスではない。九鬼大隅守嘉隆。お前たちの新たな主である」
民は頭を傾げ、それから、平伏した。
遠い海でのこと。
「九鬼、と言ったか」
重い一言だった。
リ・チョウ警視正は圧倒されていた。タイガー・クロウ警視総監は、コートを羽織る。
「九鬼、あの九鬼か。そうか、奴もここに来ていたとはな」
警視総監は喉の奥でくつくつと笑う。
「楽しめそうだ」