第十八話 自由を得て
スフェニサイドから映像通信が入った。
頭巾だけ映った状態からカメラが動く。
『例の石のデータをこちらでも解析しました』
キングが言った。スフェニサイドは高度な解析技術を持っていた。
預けていたデータがカメラに映る。
『結論から言います。シュウさんとアイさんが、復活させられるかも知れません』
一呼吸置いてキングは続けた。
『石には持ち主の行動、言葉、思考パターンが記録されています。その記録容量は100クエタバイト……一般的な艦島五十隻分に匹敵します』
俺は『石』を手に取る。手のひらに載るほどの小さな石が光を透過する。
『人格をコピーしてAIを作ることを復活と呼ぶべきかは迷いますが、決定はそちらにゆだねます』
「ああ、考えさせてくれ」
俺は通信を切った。
「……セブンス」
「はい」
隣にいたセブンスに俺はたずねた。
「シュウに会いたいか」
セブンスは少し思案して、それから頷く。
「宇宙を航行するうえで、冷静な判断を任せられる仲間は重要です。私たちは住居スペースの民の命も預かっていますから」
「そうか」
「ですが、九鬼さんの気持ちはないがしろにできません」
セブンスの言葉に、俺は目を閉じる。
「なにかを開発するということは試行錯誤するということだ。かならず失敗作があり、いくつもあるその上に成功作ができあがる」
俺は、曲げることのできない事実を言った。
「もう一度、俺に二人を殺せと」
「九鬼さん……」
「いや、忘れてくれ。宇宙を生きるならセブンス、お前のほうが正しい」
俺は頭を振る。制御システムの感情など、無視してもいいものだ。
「少し一人にしてくれ」
俺は言って端末から意識を遠ざける。監視システムだけを起こして感覚を遮断する。
世界を遮断して、俺は眠る。
就寝時間。
赤い光が、制御室を照らした。
「あたいはこの贈り物をお前たちに託すぞ。きっと平和のために役立てろ」
声が発された。それは火星で拾った無人宇宙船から赤い石が学習したものだった。
艦の機構部に残されていたナノマシンが発動する。
「宇宙に平和があらんことを。宇宙に平和があらんことを」
艦のあらゆる場所から歌が聴こえる。
「ラブ、アンド、ピース」
乗組員たちが起床すると、ウルフ・ムーンが変貌していた。
「なんだこれは」
寝間着姿のリ・チョウが枕を持ったまま呟いた。
天井に畑があり、住居に墓標が突き刺さっている。
「改装したのか。セブンス、セブンス艦長!」
リ・チョウは叫んで制御室へ入る。
そこも構造が変貌していた。
「やけに高いところから見下ろしておるな」
「私も何が起こったか把握していません。今、九鬼さんを起こします」
艦長席でセブンスが操作盤を叩く。
俺は目を開く。
監視システムから情報を貰って、俺は無い頭を抱える。
『はあ、またあの歌か』
「ラブアンドピース号が関係してるんですか?」
あの無人宇宙船にいつの間にか妙な符号が付いていた。
『ああ、あれを赤い石が覚えていてアイの声で歌ったのだ。ナノマシンが起動した』
「ナノマシンとは」
『話していなかったか? アイの身体には……』
「平和のために役立てろ!」
赤い石の声が響いた。
床が揺れる。
「宇宙に平和があらんことをー。ああー、宇宙に平和があらんことをー」
アレンジされてる気がするが、気のせいだろう。
部屋が上下左右に回転し波打つ。分解しないだけまだよかったが、このままではセブンスたちが構造物に挟まれて怪我をしかねない。
『歌を止めろ!』
「どうやって!?」
「……!」
リ・チョウが植木鉢に置かれた石を見つけた。赤く光っている石を掴んで、リ・チョウは叫んだ。
「歌うな! 歌うな、アイ!」
瞬間、歌がぴたりと止んだ。
部屋の変形も止まる。
「アイ、身体が欲しいか」
リ・チョウは石を手のひらに包んだまま、たずねた。
石は不安定な音程で答える。
「ほ、し、い」
「ぼくも」
「ほしい」
共鳴するように青い石と黄色い石も答えた。
俺は目を閉じた。
端末に意識を移し、リ・チョウに近付いた。
「俺のわがままのために、苦しい思いをさせてしまったな」
俺は決断した。
石を新造船に搭載することになった。
『彼らは艦島の制御システムとして新たな生を得ます。本当に、いいのですね』
キングが確認する。
「ああ、彼らを自由にしてくれ」
『自由……』
「この宇宙を走ることができる、俺と同じ身体だ」
俺の言葉に、キングは頷いた。
『わかりました。ただちにシステム構築を行います』
シュウとアイが新たな身体を得るまで平和が続くといい。
俺は願っていた。
「ところで我の石も艦島になるということだが」
リ・チョウが呟いた。
「その場合、我はどうなるんだ」
「知らん」
「仲間は多い方がいいじゃないですか」
俺とセブンスは答えた。