第十七話 親善宇宙野球
ウルフ・ムーン対毛利宇宙軍の親善野球が始まった。
ここに至るまでの経緯を話す。
あれから十年、いくつもの艦が宇宙へ上がった。
同盟に加入する艦島はスフェニサイド以外にも増えてウルフ・ムーンは一つの宇宙国家として樹立した。
十年の間、輝元はなにも仕掛けてこなかった。
土地を開拓するとして月、火星、金星に進出したが、同盟艦が立ち寄っても攻撃することもなく補給をさせてくれる。
不気味だった。
輝元から映像ファイルが届いた。
『野球をしようぞ』
「野球?」
野球とはかつて地球にあった遊び。アルテミスの残したデータベースで見たので知っている。鞠を脚の代わりに棒で打ち、四角形の道を走り回る。そのようなものだったか。
映像が続く。
『わしらは石の威力が知りたい。無論、お前達にも利はある。この試合に勝てば新造船を三隻くれてやろう』
新造船程度で敵に近付くのは合理的ではない。
しかし俺は、この機会を待っていた。
「受けよう」
今に至る。
球場は毛利宇宙軍の艦で行われた。ドーム状の天井が銀色に光る。
ウルフ・ムーンのチームはセブンス、リ・チョウ、キング、宇喜多、そして俺こと九鬼が出る。
毛利宇宙軍のチームは輝元、能島、因島、来島、そしてサイカが現れた。
輝元以外は村上水軍の者たちと雑賀衆の誰かだろう。彼らの身体のどこかにはあの石が埋め込まれているはずだ。
木津川口の戦いを思い起こす。
「なあ」
「どうした虎人間」
「野球って、五人と五人でできるのか」
リ・チョウの言葉で再度データベースを漁る。確かに、半分ほど人数が足らないようだ。
「はっはっは、かまわぬ。親善試合を楽しもうぞ」
輝元は扇を広げて言った。
一回表。
「死ねやぁ!」
能島の剛速球がセブンスに向かってきた。セブンスは咄嗟に半歩下がって球を高く打ち上げた。
輝元がそれを難なく掴む。
「わざとデッドボールを狙ったな! なにが親善試合だ!」
リ・チョウが抗議するが、因島の冷たい視線に射抜かれて身を隠す。
「なるほど、野球がわかってきたぞ」
俺は頷く。
「いいや、多分誤解しとる」
リ・チョウの言葉は無視した。
一回裏。
「御免」
サイカが盗塁を行った。俺は予測した通り牽制を二塁のリチョウに投げるが、受け止めたリ・チョウの身体が止まってしまった。
走る前に、サイカがなにかしたのだ。
「毒物の使用は重大な協定違反だ!」
セブンスが抗議したが来島の鋭い視線に射抜かれて身を隠す。
「そういうことか。これはこちらも本気を出さねば」
俺は顎に手を当てる。
「なにを企んでるんですか」
セブンスが呆れていたが、止める気はなさそうだった。
二回表になって、ようやく俺の打順が回ってきた。
塁にはリ・チョウとキング、セブンスが出ている。満塁だ。
「来い」
「……お望み通り、殺してやるよ!」
能島が危険球を放った。俺は足首を高速回転させ、後ろへ仰け反った。
「はぁ!?」
能島が声を上げた。
順当なら俺の頭部に来ていた球を打ち返した。
投手の顔の横を掠って真ん中を貫いていった。二塁のサイカは取り落とした。
「………」
俺は悠々と塁へ出る。二点が入った。
「クソが、奇術を使ってんじゃねえよ!」
「親善試合だ! 多めに見てくれたまえ!」
俺は叫ぶ。
「っ気に入らねえ、だからてめえは……」
能島はどうも俺に思うところがあるようだが、大きな火傷跡のために顔付きがわからない。どこかで会ったのだろうか。
「サイカ」
輝元は扇子ではなくグローブで口元を隠す。
打席に立っていたサイカになにごとか話しかけている。
「……頼んだぞ」
「御意」
四回裏を終えて休憩を取った。
俺たちはベンチで糧食に餡子をはさんで焼いた食事を取る。
得点は七対九、覆せない点差ではないが、なかな縮まらない。
「キングは無理に走らずともよい。虎人間はもっと前へ出ろ。セブンスはそのままでよい」
俺は各々に声をかける。
「それから、宇喜多」
「はい」
地味な見た目通りの地味な活躍をしていた宇喜多に俺は言った。
「もう話していいぞ。お前があちらに売った情報を」
宇喜多は目を見開いて、それから観念したように閉じた。
「気付いておられましたか」
「ウルフ・ムーンは俺の身体だ。とうに気付いていたさ」
宇喜多は俯いて、言葉を続けた。
「……流しました。『石』の資源はこちらにほぼ無いこと、武力差は五倍以上毛利方が有利なこと、それから、シュウ艦長とアイという娘が、亡くなったことを……」
続く言葉に俺は頭を振った。
「違う、そんなことではない」
「は」
「この試合だ。問題は。こちらとやつらの差はなんだ!?」
俺は立ち上がった。
「だが九鬼、これは親善試合だと」
リ・チョウが口をはさむ。
「勝負は勝負だ! 勝たねば気が済まん!」
俺は熱くなっていた。
五回表。
「言う事あるだろ、俺たちに。なあ九鬼さんよぉ」
能島が俺に語り掛ける。
「無論、ある」
「ほー、言ってみろよ」
俺は声を大にして、叫ぶ。
「お前らの焙烙火矢のせいで! 俺らは阿呆みたいな納期で変な船を造船することになったのだ!」
「……はあ?」
能島が気の抜けた声を出した。
「なんだその文句は……織田に言えや!」
「いいや、お前らのせいだ! 二年で六隻だぞ! 六隻!」
俺は熱くなっていた。
「わけ、わかんねえんだっ、よ!」
剛速球が投げられる。
「外国船の量産なぞできるわけなかろうがぁーっ!」
振りかぶった。
上半身が十回転ほどして、球が弾かれた。ドームの天井をぶち抜いた。
「満塁ホームラン……!」
リ・チョウが感極まった声を出して、駆けだした。
十一対九。逆転した。
「なんだってんだよ……!」
能島がグローブを叩きつけた。
五回裏。
サイカが怪しい動きをしていた。
「お前達、このようなものが付けられてないか」
俺は小型の発信器をユニフォームから外した。
「ありますね」
セブンスが尻ポケットから発信器を取り外した。
「な、えっ」
リ・チョウが自分の身体を探る。
「櫛、ありますよ」
キングが櫛を取り出した。
リ・チョウの頭をくしけずると発信器が出て来る。
「わたしのユニフォームにもついていました。処分済みです」
塁を回るサイカが付けていったのだろう。
「あるいは、これ自体が陽動か」
「その可能性も高いです。気を引き締めていきましょう」
キングの言葉に俺は頷く。
「この勝負、勝ち逃げてみせるぞ」
「そっちですか?」
セブンスが呆れていた。
その時、轟音が鳴った。
「タイガー・クロウを切り捨てた裏切り者よ! 貴様らを処刑する!」
ドームを破って艦島が突っ込んできていた。タイガー・クロウの残党だ。
「やれやれ、話の分からんやつらよ」
輝元は腰を上げてキャッチャーマスクを上げた。
「九鬼さん! 逃げましょう!」
「まだ親善試合は続いておるぞ!」
俺はバットを鯨包丁に持ち替えた。
「九鬼よ、勝ち逃げ出来るなどと思うなよ」
輝元が刀を構えた。
「応とも」
俺たちはタイガー・クロウの残党を退ける。
九回裏。
十二対十二。
「本当に覚えてねえのかよ」
打席の能島が、投手の俺にたずねる。
「ああ、以前の生で殺した奴は多すぎてな。いちいち覚えてられん」
「殺されちゃいねえよ。俺はな」
火傷の跡に爪を立てる。
「仲間が大勢殺された。九鬼嘉隆、てめえが作った変な船でな」
「そうか」
あの時、二度目の木津川口で戦った相手か。
そして生き残ったということは、豊国公の取締に遭ってもいるだろう。
その恨みの大きさは計り知れない。
「絶対に殺す」
「やってみせろ」
「……っ!」
危険球が放たれる。俺は可動域を広げることなく真正面から奴の球を打った。
高く打ち上がる。
「はっ、フライだ!」
能島が嘲笑う。
俺はバットを置かず、もう一度振りかぶった。
「何を……!」
「とりゃあ!」
上半身だけで飛ぶ。
空中で、打ち上がった球を、もう一度打った。
「はあ……!?」
球が天井をぶち破る。
分離した下半身は塁を回っている。
ホームランを打って、悠々と、俺は塁を回った。
「そんなのありかよ」
能島が崩れ落ちた。
「よき親善試合だった。またやろう」
俺は言った。
「ああ、まったく同感」
輝元も扇で己を仰ぎながら言った。
「ひとまず、互いの情報は筒抜けということでよろしいか」
「まったく腹芸の出来ぬ奴よ」
互いに笑い合う。
後日、三隻の新造船を貰って俺たちは毛利宇宙軍と別れた。
「それで、親善試合を受けた理由ってなんなんですか」
セブンスがたずねてきた。
俺は答える。
「殺めずして戦う。よいことだろ」
宇宙の航行は続く。