第十六話 風船は舞う
俺たちが宇宙へ出てから五年。
前例ができたことで、地球から宇宙へ飛び立つ艦は格段に増えた。
そして、タイガー・クロウ残党の大艦隊が追ってきていた。
ウルフ・ムーンを撃墜するために。
「この襲撃に輝元は関与していないそうです。どこまで信じればいいかわかりませんが」
「まあ、居ようが居まいが戦う必要はある。しかしここは宇宙だ。下手をすれば相手を殺してしまう」
俺は迷っていた。
そこへ一筋のレーザーが、艦隊とウルフ・ムーンの間に割って入った。
レーザーを発射したのは識別名スフェニサイド。その艦長は通信回路を開いた。
『私たちはウルフ・ムーンに協力します』
レーザーが敵艦隊の進行をはばむ。
「なにか、協力されるようなことをしただろうか」
俺は流石にたずねた。
『先人たちが取りつくして、なにもないと打ち捨てた宇宙へ進出する、その蛮勇に感動したのです』
セブンスと俺は苦笑いをする。
「わかった、そのまま敵艦を抑えていてくれ。ただし殺すなよ」
『了解しました』
俺は新兵器を起動した。
『な、なんだ!?』
新兵器に搭載したカメラで、タイガー・クロウの残党が慌てふためくのが見えた。
木星の安全圏を見て考え付いた巨大バルーンは内部に充満した空気と金属粒子で攻撃を完全に無効化してしまう。
これを自分で纏うのではなく敵艦に被せてしまうのだ。電磁パルスによって操縦も効かなくなる。
そして自動操縦で地球まで運び、大気圏へ落とす。
『うわぁーっ』
大気圏突入で受ける摩擦熱もバルーンは無効化してしまう。
また彼らは多額の費用を稼いで宇宙へ進出するか、諦めるしかなくなるという寸法だ。
「三隻、落下ルートへ入りました」
「よし、旗艦はあれか」
セブンスの操縦でレーザーと機雷を躱しながら旗艦へと迫る。
バルーンを発射した。
避けられた。
「なにっ」
「弾速が改善点ですね。三隻も落としたので見破られています」
旗艦は他に比べて機敏な動きだ。ブースターを奮発したらしい。
「俺が行く」
船外活動の命綱を接続しようとした。
しかし、リ・チョウに羽交い絞めにされる。
「また無茶をするつもりですね」
「する」
「私がなんとかするので座っていてください」
セブンスは機敏に動く旗艦の、ブースターだけを狙っていた。
「撃て!」
ブースターが破壊された。
すかさずバルーンが旗艦を包み、攻撃を無効化する。
「流石だ、艦長」
「このくらい普通です。他も片付けますよ」
セブンスの普通ではない、たぐいまれな操縦技術によって敵艦隊は次々と地球へ送られた。
「チッ、つまらねえな」
戦況をレーダーで眺めていた能島が呟いた。
「どうして殺さねえんだ。オレたちの時は、あれだけバカスカやってたってのによ。ああ、イラつく」
能島は顔の火傷跡を、指先で掴む。爪が食い込んで血を流している。
その手首を何者かが掴んだ。
「武吉、傷跡を掻きむしるのは不衛生です」
掴んだのは因島だった。能島を武吉と、そう呼んでいる。
振り払われる。
「いちいちうるせえんだよ。かあちゃんかお前は」
「あなたの母親は知りませんが、良い家庭に育ったのですね」
「ああ?」
能島は立ち上がる。間近に睨まれても因島は動揺することなく、冷たい目のまま言葉を続けた。
「仕事が優先です。通信ログはすべて削除しましたか?」
「やってるよ。毛利の引く糸が見えねえように煽れってんだろ、ああ、イラつく」
能島の、火傷跡がある側の瞳がチカチカと光った。
リアルタイムで通信を操作しているようだ。
「九鬼を始末したら、今度はお前だからな、因島の吉充さんよ」
「期待していますよ」
二人は闇に消える。
敵艦隊を追い払った。
スフェニサイドの艦長が映像通信を送って来た。頭巾しか映ってない。
『えーっと、こっちをこうして、こう』
カメラが下がる。
スフェニサイドの艦長は少女だった。
『お見事でした、ウルフ・ムーン。わたしはキング艦長です。また今度、新兵器の技術共有をお頼みしたいです』
「ああ、それはこちらも大歓迎だ。またよろしく頼む」
俺は頷く。
セブンスは操縦桿から手を離して、親指を立てた。