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第十四話 木星の記憶

 船外活動に入る前に、俺はセブンスに伝えた。


「端末が戻らない時は、捨て置いて木星を離脱。そのまま宇宙資源を探すように。いいな」


 セブンスは苦い顔をして笑った。


「はい、了解しました」


 こういう顔はシュウもたまにしていた。大抵、了解していない時だ。


 木星のガスを切り裂いて突き進む。

 俺はボーリング装置を脇に抱えて、液体金属水素がある層まで到達した。


『九鬼さん、磁気嵐が近づいています。退避してください』


 セブンスから通信が入る。ぶよぶよとした液体金属の地面に触れる。不凍液があるとはいえ長居は無用だ。俺は装置を突き立て、スイッチを入れた。ぶよぶよの地面に特殊合金の筒槍が突き刺さっていく。

 瞬間、目の前が光った。一瞬白い光に包まれる。

 それから嵐の音がマイクを塞ぐ。ショートしている。

 命綱が途切れた。

 俺はボーリング装置を止めようとした。しかし、意識が途切れた。



「大丈夫でしょうか」

「記憶領域が壊れてなければいいのですが」

「待って、目を覚ましています」


 俺の周りを、金属の顔が囲んでいた。

 身を起こそうとするが、手足を固定されている。


「無理をなさらないで。今、外しますから」


 俺を逆さに覗き込んでいた金属の顔が言った。性別は判然としない。どれも似通った子供のような造形で、表情が硬い。

 拘束が解かれた。


「どうぞ」


 改めて身を起こす。

 山が見える。草木が見える。川のせせらぎが聴こえる。

 ヒマラヤのような冷たい人工物で埋め立てられた地上ではなく、艦島の湿った堆肥の匂いではなく、乾いた土の匂いがする。

 俺は東屋のような場所に置かれた、石の机の上にいた。


「ここは、大陸があるな」


 俺は直感した通りに、呟いた。


「大陸、地上、大地、ええ、そうです。旅の人。あなたは水の星、地球、アースから来たのですね」


 俺を覗き込んでいた者は机を廻り込み、俺に頭を下げる。


「ここはキの国です。私のことは、リーダーとお呼びください。個体名は二百四年前に捨てました」


 傾いた金属の顔は薄く笑って見えた。


 俺は机から降りて、リーダーにキの国の案内を頼んだ。

 俺は自分の端末を見る。右膝に溶接の跡があった。


「俺はどれだけ寝ていた」

「正確な時間まではわかりませんが、スリープしていた時間は、ログによると二十四時間三十秒です」

「木星にこんな場所があるとはな」


 歩きながら風景を見渡す。空が黄土色で、金属の家が建っていること以外、戦国の世で見た集落とそう変わらない。


「木星、ジュピター、ディアス。はい。座標は木星に位置しています」

「お前たちは木星人か」

「いいえ、移住者です。木星に落とされた罪人の末裔」

「罪人」


 リーダーは深く俯く。その姿勢で悲し気な表情を現す。


「流刑地、いいえ、処刑地として木星は使われていました。火星で罪を犯した者が、ガスしかないと思われていたこの巨大な星に落とされました」

「それはまた、豪勢な処刑もあったものだな」


 俺は皮肉を口走る。


「人体実験の側面もあったのでしょう。ですが、落とされたうちの一人が、奇跡的にこの場所を発見しました。空洞、エアスポットと言うべきものが見つかった。科学者であった彼はこの場所を人類が生きられる環境に調節した。それゆえに、我々はこの星の重力に潰されずに済んでいます」


 リーダーは立ち止まった。


「ただし酸素の調合は、難しかったのです。私たちは処刑に使われたロケットを材料に、水素で動く機械を作り、意識をインストールして、生き延びることにしました」

「なるほどな」


 歩いていて気付いたが、畑が見当たらない。彼らは環境調節されたこの区域から時々出て、ガスを採取して自分たちの資源としているのだ。

 住民も数えてみたところ八人かそこらだ。


「狭い村です。案内できるような場所は、これですべてです」

「ガスを採取したあとどのように分配している」

「均等に。消費量の少ない老いた者も、同様にです」

「老いるのか。機械の体が」

「魂が老いるのです。生きることに飽きれば」


 俺は顎に手を当てる。


「ここは争いの匂いがしない」

「そうでしょう。ここ五百年以上、流れ着くものはおりません。木星刑が廃止されたか、火星から人間が撤退したか……どちらにしても、このキの国は消えゆく運命にあります。相争うような余裕はありません」


 俺は黙っていた。火星の廃墟を彼らに話しても、状況は変わらない。


「殺めぬ生、か……」

「なにか」


 俺は迷っていた。

 あの磁気嵐から丸一日以上経っているのだ。ウルフ・ムーンのセブンスたちは木星を離脱している頃だろう。

 俺が戻らなければ置いて行くように伝えてある。端末と艦島には意識を分けていた。俺が戻らずとも俺の複製はウルフ・ムーンを問題なく巡行させ、セブンスたちを助ける。

 ならば、戻る方法がないのなら、端末にいる俺の意識は、自分の目的を成就できるのではないかと思ったのだ。


「旅の人、あなたさえよければ、私たちと、このキの国で暮らしてほしい」


 リーダーの言葉に、俺は頷いた。


 俺は九鬼という名を捨てた。

 リーダーという職名は、ガスを採取する時に先頭を切って行くものに与えられる名だった。もっとも危険な役目、露払いのことだ。

 機械の体に限界が来たら、リーダーは次の者へ代替わりをする。そうしてこの集落は秩序を保っている。

 俺は彼(あるいは彼女)の後ろについて山を登り、境目を越えてガスの採取を行った。


「代替わりを嫌がる者はいないのか。もっと生きたいだとか」

「そういう者は、先に消えていきました。ここでの暮らしには耐えられない」


 タンクに水素を分配する。


「俺は、消えていく側だろうか」

「それはわかりません。ただ、私たちも永らえたいので、村を破壊せず平穏に生きてほしいとは思います」


 穏やかな調子のまま、リーダーは正直に言った。

 キの国で暮らすことを決めてから十時間が経った。


「次のリーダーはどこにいる」

「それは挙手制です。私が戻らなかった時に決まります」

「先に決めておいたほうがいいのではないか、なにか有るだろう。効率的なガスの採取法だとか、伝えるべきものが」

「ありません。この国に、そのような事柄は、ないのです」


 リーダーも、他の者も一様に悲し気な表情を映した。


 俺は一つの家を当てがわれた。半壊したロケットを置いただけの屋根。緩衝材をあつめた布団に寝転がり、天井を見ていた。

 戦国の世を生きて争いしか知らなかった俺に、このキの国での平穏な暮らしは合っているのだろうか。

 先刻も彼らを悲しませてしまった。


 壁がノックされた。リーダーだった。


「ここから脱出する方法なら、あります」


 出し抜けに言われた。


「あるのか」

「磁気嵐に乗っていくのです。次に近くを通過するのは、あと一時間後です」

「………」

「あなたは、戻りたいのでしょう」


 リーダーは言った。


「俺は、やはり厄介者だったか」

「いいえ、あなたは希望を失っていなかった。それが、私たちには眩しかっただけなのです」


 リーダーは頭を下げた。


「キの国のことを考えてくださって、ありがとうございます」



 俺は磁気嵐を待って、キの国を出発した。


「また会おう。などと、社交辞令を言っても仕方ないだろうがな」

「いいえ、嬉しいです。ありがとうございます」


 俺は山を登り、境目に立つ。


「俺こそ感謝しなければならない!」


 境目を越える前に、叫んだ。


「ここで得たものは、必ず役立てる! だから、お前たちの一生は無駄にならない!」


 俺は境目を越えた。

 瞬間、目の前が光った。一瞬白い光に包まれる。

 意識が途切れる。




『……応答してください。九鬼さん、応答してください』


 繰り返し、俺を呼ぶ声がする。


「聴こえておる。なんだ」

『よ、よかったぁ……一時はどうなることかと』


 セブンスは通信機の向こうで息を吐いた。

 身体が動かない。右脚が膝で途切れている。


「俺が居なくなってから何時間経った」


 セブンスの声が途切れ、少ししてから続いた。


『ええと、丸二日です』

「捨て置けと言っただろうが」

『置いていけませんよ。いえ、勿論、制御室にはコピーが居るのですが、やっぱり違うじゃないですか』


 甲板から機械の腕が伸びて、俺を掴む。

 俺の端末は木星の記憶を残して、ウルフ・ムーンに帰還した。


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