第十一話 伝える意志
セブンス・ビルド艦長が就任した。
「叔父さんの話は伺っています」
住居スペース中央に立つ墓標に手を合わせる。遺体は基本、燃料として再利用するか海に散骨するため、彼らがここに眠っているわけではないが。
「立派な人だったと。私も負けていられません」
「負けていい」
俺は答える。セブンスは面食らった顔をして、合わせた手をほどく。
「立派でなくていい。死にやすくなるだけだ」
「はあ」
俺の言葉に、セブンスはあいまいな返事を返す。
俺は甲板に立っていた。
空は分厚い雲が覆っていて、見えない。
あの日から十年、シュウとアイは闘病の末に亡くなった。
誰も殺めぬ生を。宇宙へ行きたい。俺のわがままに付き合った結果、二人は亡くなったのだ。
「求めるべきではなかったのか」
俺は空に、端末の腕を伸ばす。拳を握り締める。
何者かに対して叫んだ。
「まだ見ているのなら答えてくれ! 俺はいつまで、このような罰を受けていればっ!」
瞬間、光が俺を覆った。
落雷に打たれた。
「シュウ様」
声が聴こえる。俺と同じ電子音声だが、何かが違う。
目の前に、幼い少年がいる。シュウだ。
「シュウ様、この石を渡しておきます」
少女の端末の腕が、青い宝石を差し出す。
「きれい」
手のひらに収まるほどの石は、青い光を透過して、シュウの手を染める。
「その石は御爺様からの贈り物です。いずれこのウルフ・ムーンの艦長になる、あなたのために」
「はぐ」
石を口に含んだ。飲み込む。
「シュウ様、吐いてください」
端末の腕が容赦なく喉に突っ込まれる。そのまま洗面所に直行する。
「えれれれ」
石が吐き出された。
「シュウ様、なんでも食べてはいけません」
「はい……」
シュウは答えた。電子音声が穏やかに続ける。
「この石には力が宿っています。人の意志を伝える力が」
「どういうこと?」
電子音声が途切れて、しばらく間が空く。
「私にはわかりませんが、きっと尊いものです」
アルテミスの記憶は、ここで途切れた。
俺は甲板の上に転がっていた。
「………」
起き上がって、端末のチェックをする。一時的にショートしたが問題はなさそうだ。
アルテミスの記憶は……
俺は制御室に戻った。
部屋の隅に置かれた小さな鉢植え、観葉植物の根元に青い石が置かれている。いい加減なシュウらしい保管方法だ。
それはいい。問題は、石が増えていることだ。
赤い石と、黄色い石だ。
「虎人間」
部屋の対角でトレーニングをしていたリ・チョウを呼んだ。十年の歳月で毛並みが少しやつれている。
「この石なんだが」
「ああ、黄色は我のだ」
意外な答えが返って来た。
「勝手に置くな。シュウの大事なものらしい」
「シュウに許可は取っておる。我も父から貰ったものでな、人の意志を伝えるとか」
俺は額に指をあてる。すこし考えて、続ける。
「もしかして、赤い石はアイか」
「ああ、いつの間にか持っていたとか言っていたな」
俺は石を解析する。何の変哲もない硝子玉にしか見えないが、シュウの意志がそこに宿っていると考えれば、手を合わせたくもなる。
宇宙へ行ってくれ。
シュウの言葉を思い出す。
「なんだ、妬いてるのか」
リ・チョウが言った。俺は睨む。
「船の主として把握していないことがあるのは問題だった。感謝する」
セブンスが管制室に入ってきた。
「九鬼さん、今後の予定なのですが」
「宇宙へ行こう。予算は十分にある」
俺は答える。セブンスは不安そうに頭を傾げた。
リ・チョウが俺の肩を叩く。
「本当に大丈夫なのか? 無理せんでもいいのだぞ」
「虎人間に心配されるほど落ちぶれてはおらん。宇宙へ行く。これは、天下を治めるための足掛かりだ」
「天下を……」
セブンスは思案する。
「殺めぬ生を叶えるためには、己の力で、この世を掌握してしまえばいい」
俺は結論づけた。
リ・チョウが頷く。セブンスもそれを見て、心を決めたようだ。
「では、出発しますか?」
俺は笑う。
「艦長はお前だ。お前が判断していい」
「そうは言っても、主人は九鬼さんなわけだし」
「まあいい、出るぞ」
ウルフ・ムーンが走り出す。
ヒマラヤ宇宙センターへ。
十年前と変わらぬ仏頂面でジェームス・ベルヌは立っていた。
「宇宙へ行かれますか」
「ああ」
銀行もやっている宇宙センターに貯めて来た預金額を小切手に書き込み、宇宙開発局の窓口に渡す。ウルフ・ムーンの改修工事が始まる。
「推進ロケットは大気圏突破速度に到達した時点で切り離されます。その他は空調設備の取り換え、外装の点検等が行われます」
「聴きたいのだが、なぜ俺たちに協力してくれた」
ベルヌは瞬きをして、答える。
「今の船は、すべて宇宙へ行くために作られている。数千年も前に最初の七隻が完成し、その型を踏襲して作られているのですから、すべては宇宙へ行くための形なのです。私はそれが見たかった」
ベルヌはこちらを見下ろす。
「そういう九鬼様は、なぜ宇宙へ?」
俺は、自信をもって答える。
「天下を治めるためだ」
発射台に、宇宙船となったウルフ・ムーンが備えられる。
ロケットが噴射する。