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第一話 海から海へ

 答志島の海は狭い。俺は思う。


「殿、お覚悟を」


 俺がおらずとも守隆が継ぐだろう。九鬼の家は消えない。着物の腹を開く。

 懐紙で刀の半ばを挟み、突き立てる。

 血が吹き出す。臓物がまろび出る。


「介錯を⋯⋯」


 口にするか否かの間に、意識が遠のいていく。


 気付けば、光の中に居た。

 声が聴こえる。


――何を望む――


 答える。


「俺はもう疲れた」


――なぜ?――


「人を殺め過ぎた。なにをしてでも生きてきたが、そのような生き方に飽いたのだ」


――今、何を望む――


「可能なら、誰も殺めぬ生を」


 頭に響いていた声は、しばし沈黙していた。


――その願い、己で叶えるがいい――


 光が強くなり、思わず目を閉じる。





 己に、いくつもの目があることに気付く。

 そのうちの一つは海を見ている。島々が並ぶ内海ではなく、どこまでも広い海である。別の目は鉄の回廊を見ている。鉄の甲板を見ている。鉄の船がここに存在することに気付く。

 そして、目の一つを見つめる若者がいる。


「アルテミス、どうしたんだ」


 俺に語り掛けた。アルテミス、とは俺であろうか。そのような名前ではなかったが、この者にたずねることがある。


『お前は何だ』


 その若者は怪訝な顔をした。焦れているようだ。甲冑ほどではないが暑苦しそうな服を着て、奇妙な頭巾をかぶっている。


「何の冗談だアルテミス、緊急事態だぞ。僕、じゃない私は艦長のシュウ・ビルド。お前は艦島ウルフ・ムーンの制御システムだろう」


 わからない言葉も多かったが、海戦いくさであることはわかった。

 目の一つを動かす。一隻のちいさな鉄船が俺を追っている。高く伸びた楼閣がこちらを見つめている。


「全速で引き離せアルテミス。燃料は心もとないが……」

『いいや、面舵だ』

「は」


 シュウは間の抜けた声を出した。


『武器は大筒だけか。まあいい』


 この船は俺の身体であるらしい。動かし方がわかってきた。

 速度をほとんど落とさず可能な限り小さく旋回する。


「ぐわっ、急に動くな! 住居スペースに警報、対ショック耐性を取れ!」


 シュウが何か言っているが無視した。

 敵船の右正面に廻り込む。全ての砲身に弾を籠める。


『撃つぞ』


 宣言しておく。

 己の身体から鉄塊が放たれたのがわかった。水飛沫が舞う。敵の楼閣がへし折れる。

 敵の速度が緩んで、完全に停止した。


「やった、やってしまった……」


 シュウが呟く。

 俺は敵船の横腹に身体をつけた。気を付けなければ潰してしまいそうだ。


『兵を出せ。物資と捕虜を確保してこい』


 抵抗する者は殺してよいと言おうとして、やめた。殺めぬ生を、何者かに言葉にしたおぼろげな記憶がある。

 頭を抱えてシュウは言った。


「何を言ってるんだアルテミス。捕虜なんて存在しない」

『存在しない、とは』

「ドローン艦だ。今攻撃したのは無人の船なんだよ」


 俺は外についた目を凝らした。たしかに、敵船の甲板は無人である。

 たった今己自身が船になっているのだ。船員のいない船があってもおかしくはないだろう。俺は納得する。


「我々は休戦協定を破った」


 シュウは絶望の声を発した。

 俺は無い首をひねる。


『なにか、不都合か』


 シュウが操作盤を、俺の身体を叩いた。


「アルテミス、本当にどうしてしまったんだっ!」

『俺はアルテミスではない』

「AIのシンギュラリティか、いや、それにしてはおかしいな。アルテミスじゃないなら一体どう呼べばいい」


 俺はその名を口にする。



『俺は九鬼、九鬼大隅守嘉隆である』



「クキ……九鬼、そう呼べばいいのか」


 シュウは額に手を当てる。


『ああ。休戦協定を破ったということは、港に寄れぬということか』

「艦島ウルフ・ムーンは世界から孤立する。燃料の供給も絶たれるだろう」

『弾薬もか。それは困る』


 俺が言うと、シュウはうなだれた。背後にあった椅子に全身を預ける。


「制御システムの暴走を理由にして……いや、あの船はスクワールの所属だ。対立勢力に取り入って……!」

『スクワール』

「艦島に取り付いて法外な取引をふっかける悪名高い国家だ。そんなことも忘れてしまったのか」


 己の記憶を探る。スクワールの資料が頭に浮かぶ。「アルテミス」と呼ばれていたこの絡繰りがため込んでいた知識だろう。

 そして、この世界の地図を見つけた。


『陸がない』

「陸……大陸のことか。千年前はあったらしいけど、おとぎ話さ」


 俺は地図を隅から隅へと見渡す。九割が海に沈んでいる。フジと書かれた小さな窪地の島があった。富士山だと直感した。この海は、まぎれもなく俺が生きた世界の延長上にあるものだった。


『豊国廟も海の底か。せいせいするわ』

「トヨクニ……なんだ?」

『気にしなくていい。ひとまずスクワールの船から物資を奪え。先のことは俺が考える』


 シュウは伝令の操作をする。もはややぶれかぶれだという態度だ。


「撃破した船から燃料を取り出せ。繰り返す。燃料を取り出せ」

『良い時代だな。伝令に人を使わずに済む』

「どういう意味だ」

『人は死ぬ。伝令もよく弾に当たって海に落ちて死んでいた』


 奇妙なものを見る顔をしていたが、シュウは命令を続けた。


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