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こころ戦史。  作者: 樹本周幸
第二章『そうの世界』
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『十年前の追憶③』

そうは理絵と石宮のただならぬ囲気と、千尋と思いがすれ違ったことで気分が晴れなかった。

午後の授業は、二階と三階の合同傭兵訓練が行われる。八歳から十二歳の生徒達が、グラウンドで陣取りゲームをする。既にグラウンドには迷彩服に身を包んだ生徒達が集まりはじめていた。気分の晴れないそうは、いっそ振り切ってゲームに勝つことを考えた。

授業のない生徒は見学も可能だ。十名程のギャラリーには、授業がなかった理絵に連れられた千尋もいた。


「そう君、木村君頑張って~」

「頑張れ~なのだ」


理絵と千尋は、そうとキムに声援を送った。そうは声援に手を振った。

八歳から十二歳までの参加生徒がグラウンドに勢揃いした。総勢二十一名。一階から三階までの生徒がランダムで敵味方に割り振られた。


「一緒のチームになったねキム」

「うん」


そうはキムと同じ紅白組の紅チームになった。紅組十人、白組十一人。模擬弾を装填された銃を片手に、グラウンドの両隅に建てられた各陣営の旗を取ることが勝利条件だ。


「よう、神足そう。同じチームになったな」


そこには腕を組んだ亀山守がいた。そうはキツい視線を守に送る。


「まだ怒ってんのかよ。まぁ足を引っ張るなよ。そう」

「僕はまだお前を許してない。そっちこそ足を引っ張るなよ」


そうと守は同じチームに関わらず、今にも喧嘩を初めそうな険悪な雰囲気だった。

両軍ヘルメットを被り、教師のホイッスルが鳴った。ゲームが開始された。


先ず、両軍十代の子供達が敵陣地に向け走りだした。グラウンドに設置された防護壁を利用しつつ、敵の様子を窺う。

その中でも、十一歳の守の動きが素早く正確だった。早くも模擬弾を敵チームのひとりの胸元に撃ち込んだ。そうも負けじと守についていく。


「そう、俺が中央突破して敵を誘導する。お前は俺を援護しろ」


そうが口答えする間もなく、守は身を低くして中央突破を仕掛けた。 守は狙ってきた敵の模擬弾を華麗に躱し、時には防護壁を巧みに利用し、模擬弾を撃ち返す。そうも防護壁を利用しながら、守を狙って防護壁から出て来た敵に模擬弾を頭部に当てた。

しかし、そうは敵を撃ち落とした時に達成感からか少し隙ができた。そこを守を狙っていた他の敵に撃たれた。

『やられた!』とそうが思ったと同時に、キムがそうの盾になって撃たれた。キムはその拍子にヘルメットが脱げ防護壁に頭をぶつけた。キムはヘルメットの取り付けが甘かったのだ。すぐさまそうは狙ってきた敵を逆に撃ち落とした。


「キム大丈夫か!?」


そうは素早くキムを防護壁に引き連れ、頭から出血しているキムに呼びかけた。


「大丈夫」


キムは全く問題なさそうにそう言ったが、頭から出血している。傭兵訓練の担当教師が慌ててキムを場外へ連れ出す。


「そう!構うな。このまま俺を援護しろ。敵の旗までもうすぐだ!」


守が檄を飛ばし、また防護壁から出て敵中突破をはじめた。


「僕に命令するな!」


そう言いながらも、そうも意を決して守の援護に回りながら歩を進めた。

守は素早く的確に、また敵に模擬弾を当てた。守を止めるべく突撃してきた敵に、今度はそうが模擬弾を当てる。即席ではあるが息の合ったコンビネーションだった。この時点で残った紅組三人、白組三人のイーブン。

白組の敵のひとりは紅組陣地奥地まで行っており、そうと守も白組陣地奥まで来ていた。


「こちらの陣地奥まで行ってる敵は無視して、俺達で先に敵の旗を取る」


守はそうの上官のように指揮しながら悠然と走った。そうも腑に落ちない気持ちはあれど、それに続く。

防護壁から出てきた敵が、先頭を走る守を撃った。守は躱したが、体制を崩した。しかし体制を崩しながらも、敵に見事模擬弾を当てる。だが、その時に転んでしまった。


「そう、残りの守備の敵はひとりだ!行け!」


守に激を飛ばされたそうは全速力で走った。この際、守との確執は忘れた。そこへ白組の旗が見えた。

その時、白組陣地奥に残っていた敵が防護壁から出て発砲してきた。そうは咄嗟に身を躱す。そして素早く撃ち返す。敵はまた防護壁の影に隠れる。そうの模擬弾は虚しく防護壁に当たる。残っていた敵は最年少の八歳だ。三階の奴なので、そうと顔見知りだった。

そうは敵を無視して旗だけを狙って走ることにした。


「取ったぞー!」


そう叫んだのは、敵の白組の生徒だった。しかし、そうもほぼ同時に白組の旗を取っていた。

教師がけたたましく、終了のホイッスルを鳴らした。


「両軍引き分け。よく頑張った」


観客から歓声と拍手が起こった。理絵と千尋は立ち上がって拍手している。

結果は引き分け。そうはクタクタだった。両軍、グラウンドの中央に並び、礼をして授業が終わった。



「そう君、格好良かったよ。絶対そう君の方が先に旗取ってた」


理絵が微笑みながら言った。付いてきた千尋も、無言だが目をキラキラさせてそうを見つめていた。


「思ったより頑張ったな」


そこへ守も何様のつもりか、偉そうに腕を組んでやってきた。


「あれ…?亀山さんの所の守君?」

「えっ、もしかして理絵お姉ちゃん?」


理絵と守は見つめあった。が、守はそれ以上何も言わず、走り去って行った。


「守と知り合いなの?」


そうは理絵に視線を送り尋ねた。


「うん…昔、私が住んでた村の村長さんのお孫さん」

「へぇ、偶然だね」


守は亀山村が襲撃される約半年程前に、行方不明になっていた。村総出で捜した思い出がある。結局は見つからず、隠密の襲撃者に攫われたのだろうと結論がでていた。

理絵は何となく事情が飲み込めたようだったが、そうに深くは語らなかった。たが、同じ村出身の仲間が生きていて嬉しかった。


「そうだ、キムの様子見に行ってくる」


そうはキムを思い出し、医務室まで走って去って行った。キムは頭を四針縫う怪我をしていた。


「助けてくれてありがとう。傷大丈夫?」

「僕は大丈夫。気にしないで」


そうの問いに、キムはいつものようにぼ~としながら平然と言った。傷の事などどうでもよさそうだった。医務室の先生の許可がおり、そうとキムは肩を組んで自室へと戻っていった。そこには互いを想いやる友情があった。


その三日後の昼休憩、そうは理絵や千尋や康二やキムと共にデイルームに居た。そこへ情報通タカさんが皆に話しかけてきた。


「また覚醒した奴が出たってよ」

「そうなの?」

「二階にいた奴で、この前の陣取りゲームで活躍してた…そうと一緒に戦ってた黒子の…守っていう奴」

「本当に!?」


そうと理絵が同時に声をあげた。


「ああ、何でも昨日の覚醒矯正プログラムの時に血の涙を流して覚醒したんだってよ」


そうも理絵も複雑な表情をしていた。理絵が続ける。


「もう施設を出たの?」

「ああ、すぐに保護官がやって来て連れていったそうだ。聞いた教師によると、身体能力が高い奴だったから覚醒者の正規軍に入隊するかも知れないってよ」

「そう…」


そこまで言うと、タカさんは何か言いづらそうに言葉を続けた。


「それは置いといて、理絵ちゃん…今夜ふたりきりで晩飯食ってくれねえか?俺は明日で二十歳……はたちになっちまう。もう施設とはお別れだ」


理絵は戸惑うような表情を浮かべていたが、笑顔を作る。


「じゃあ今夜ふたりで食べましょう」

「やったぜ!これで思い残すことなく、傭兵部隊へ行ける。ありがとな」


夜、デイルームの隅の方で、理絵とタカが夕食をとっていた。

そう達は邪魔しないように、いつものメンバーと夕食を食べていた。思えばデイルームもかなり広くなってきた。それだけ入所者が減ったという訳だ。


そうはふと物思いにふける。守…嫌な奴だったけど、心底嫌いにはなれなかった。陣取りゲームは楽しかった。タカさん…お調子者だったけど、小さい頃はよく遊んでくれた。居なくなると思うと淋しい。

夕食と夜の自由時間が過ぎて、各自自室へと向かった。夜九時消灯だ。



「そう君待って」


自室に入ろうとするそうを、理絵が呼び止めた。


「タカさんたら話し長くて疲れちゃった」


理絵は少し暗い表情を浮かべた。最近の理絵は暗い表情を作ることが多くなっていた。


「そう君…淋しくなるね。守君もいなくなっちゃった」

「そうだね…でも施設を出れて良かったんじゃないかな?」


本当のところ、施設を出て良いのか悪いのか、そうには分からなかった。けれど、もう何人も見送った。淋しさより、置いていかれたような感覚を感じていた。


「僕のことなら、慣れてるから大丈夫だよ」


そうは下を向きながら言った。慣れてるとはいえ、そうの表情も少し暗かった。


「そう君、私の恋人が迎えに来るまで、私がそう君を護ってあげる…」

「え?」


理絵の唐突な言葉に、そうは驚いた。


「外の世界は良いものよ。四季折々の風景とか、時間を忘れて遊んだりとか。そう君男前だから、きっと素敵な恋人もできるわ…って、もう千尋ちゃんがいるか」

「べ、別に千尋はそんなんじゃないよ。けど、外の世界には興味あるよ」


薄く笑みを浮かべる理絵に、千尋のことは戸惑いながら否定するも、外の世界へは興味を示すそう。


「なら私と私の恋人を信じて待ってて。必ず、そう君を護るわ」


そうはまだ『護る』と言われた言葉にピンとこなかった。しかし理絵の目は真剣だった。


「もう消灯ね…おやすみ、そう君」

「うん…おやすみ、理絵お姉ちゃん」


おやすみの言葉を交わし、そうは自室に入る。見送る理絵の表情は、どこか切なげだった。



理絵が来てもう一年が経った。三階の入所者は二十名まで減り、施設内の生徒は七十名程にまで減っていた。

そして教師の数も減った。居なくなった教師が教えてくれたが、段階的に傭兵部隊に逆戻りになるらしい。康二やキムは相変わらずの様子で、千尋はかなり饒舌に明るくなっていた。

しかし、理絵だけは暗い表情をすることが多くなってきた。授業も欠席が多くなり、食欲もなくなってきていた。そうや千尋が心配して声をかけてたりもした。


「大丈夫よ。最近体調が悪くて…心配かけてごめんね」


声をかけた時には必死に笑顔を作っているが、以前の面影は消えかけていた。何となく、そうと千尋を避けてるようにも感じられた。


「そう君、理絵お姉ちゃんどうしたのかな?」


グラウンドの隅で、そうと千尋が座り込み雑談していた。そうは考え込む。


「う~ん、もしかしたら前に僕達に言ってた恋人が来れなくなったのかな?」

「好きな人に逢えないのは淋しいもんね…」

「やっぱりそうだよね。千尋は好きな人に逢えなくなったら淋しい?」


千尋はその紅い瞳で、そうの目を一瞬見つめ、空を見る。生憎の曇り空だ。


「…淋しい。そう君は私が居なくなったら淋しい?」

「えっ、それは…淋しいと思う」


そうの応えに、心做しか千尋は嬉しそうな笑みを作っていた。そうも千尋も少し顔が赤くなっていた。

ふたりは暫し沈黙していた。千尋が少しそうに近寄ると、いきなりそうの頬っぺに軽くキスをした。

いきなりの出来事にそうが戸惑っていると、千尋は真っ赤な顔であっかんべーの表情作り、走り去っていった。

まだ戸惑っていたそうは、追いかけることもできず、そっとキスされた頬っぺを撫でた。


それからさらに一ヶ月が経った夜。

消灯前、そうが自室へ戻ろうとすると、扉の前で理絵が待っていた。


「よっ、そう君。久しぶり」


いつもと変わらぬ笑顔を作ろうとしていたが、頬はこけ、目の下には深い影が落ちている。

三日間、部屋に籠もっていた痕跡がその身に刻まれていた。


「久しぶり、お姉ちゃん……顔色、悪いよ。大丈夫? 何度も様子を見に行ったんだ」

「ううん……もう大丈夫じゃないかもしれない」


弱音を吐く理絵。理絵の弱音を始めて聞いた気がする。そうは返す言葉を見つけられなかった。


「……ねえ、私の恋人ね。一度も好きとか愛してるって言ってくれなかったんだ。だから本当に恋人だったのか、今になったら分からない……」


声ににじむ寂しさと、どこか達観した響き。

その姿は、美しい天使が羽をもがれ、地に落ちてなお微笑もうとしているように見えた。


「そう君はね。好きな人には、ちゃんと好きって言うんだよ」


胸の奥に不安が広がる。そうは思わず問いかけた。


「……理絵お姉ちゃん、何があったの?」


その瞬間、理絵はそうを強く抱きしめた。


「ごめんね……もうそう君を護れないかもしれない。でも、きっと私の恋人は現れるから。その時まで、千尋ちゃんを護ってあげて」


耳元に落ちる声は、悲しみと確信が入り混じっていた。訳も分からず、そうはされるがまま立ち尽くした。

やがて理絵はそうをそっと押し戻す。まるで壊れ物に触れるように。


「またね、そう君。……大好きだったわ。おやすみ」


理絵は振り返ることなく、静かに自室へと消えていった。


───翌朝。


「森川理絵さんは昨夜、覚醒されて施設を出ました」


石宮が淡々と告げると、デイルームに重い沈黙が落ちた。

皆の憧れだった理絵。優しく、美しかった理絵。その不在を、誰も受け止めきれなかった。

そうは、昨夜の抱擁を思い出す。理絵は何を知り、何を覚悟していたのか。その答えはもう、どこにも残されていない。


───もし、自分も理絵も覚醒者だったなら。理絵の心を、ほんの少しでも分かち合えたのだろうか。


そうは、胸の奥で強く願った。

「人の心を知りたい」と───





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