『覚醒者と非覚醒者②』
「全員集まったな。それでは授業を開始する」
宇治の授業がデイルームで開始されたが、全ての生徒は無気力に聞き入ってるだけだ。歴史の授業内容はだいたい決まっている。
西暦二千六十年に最初の覚醒者がアメリカで発見される。そこから全世界規模で、爆発的に覚醒者が増える。その二十年後の二千八十年には、全世界人口の六割が覚醒者となっていた。
現在は西暦二千百八十年。百年経った現在、覚醒者の人口割合は九割だ。
「皆も知っている通り、奴等は互いに心が読み合える。奴等の連携に注意して戦え」
「アイアイサー!」
「……」
「……」
声を掛け合いながら戦う非覚醒者と、無言で心を通じ合わせ戦う覚醒者。覚醒者と非覚醒者は、幾度も激しい戦闘を行った歴史がある。そこには互いに受け入れられない心の戦いがあった。
覚醒者──進化を遂げた新たな人類。
彼らは互いの心を直接伝え合い、瞬時に理解し合える存在。思考は言葉を介さず共有され、欺瞞や誤解の余地はない。外見的特徴として、彼らの瞼は固く閉ざされている。しかし不可思議なことに、その瞼越しに人や物を視ることができる。まるで肉眼を超えた感覚で世界を認識しているかのようだった。
彼らは声を持ちながらも、言葉を発することはほとんどない。思念を交わすだけで常に繋がり合えるがゆえに、言語は次第に不要となったのだ。
覚醒者の数が増えるにつれ、世界は変わっていった。嘘をつけない彼らの間では犯罪は減り、戦争も消えた。大量破壊兵器は廃棄され、銃火器さえも厳しく規制される。核の恐怖が取り払われた世界は、一見すれば理想郷のようであった。
だが、その陰で抵抗の声が上がった。
「これは俺たちの心の戦いだ! 心は俺たちのものだ! 覚醒者の世界にはさせん!」
「覚醒者に支配される世界はごめんだ!」
非覚醒者たちは叫び、信念のもとに覚醒者へと挑んだ。しかしその戦いは短く、結果は敗北に終わる。こうして人類の主導権は覚醒者の手に移る。
「非覚醒者は惨めですね。それに比べて覚醒者は…」
宇治は独り言を呟きながら授業を進める。千尋は一見真面目に授業を受けている。
しかし、覚醒者の世が訪れると同時に、人類の文化は徐々に衰退していった。
容易に心を読み合える社会では、科学的探究も競技の熱も、歌や芸術の創造さえも、他者の思想を覗くだけで満足できてしまう。試行錯誤や衝突から生まれる創造性が、静かに失われていったのだ。
そもそもの争いの起点は、覚醒者と非覚醒者の断絶にあった。覚醒者どうしは心を繋ぎ合えるが、非覚醒者とは従来の言葉でしか交流できない。その隔たりが差別を生み、やがて対立へと繋がった。
それでも世界は、確かに平和を手にした。
旧人類──非覚醒者は、言葉や身振りでしか心を伝えられない。そこには必ず誤解が生まれ、争いの種が芽吹く。覚醒者は、そうした過去の愚かな戦争を嫌悪し、非覚醒者を自らの支配下に置いた。彼らは信じている。覚醒者が導くことで、地球は穏やかに存続できるのだと。
「で、あるからして、皆様も覚醒者になって…」
宇治は悦に浸りながら授業を進めていた。宇治は非覚醒者ながら熱心な覚醒者信者でもある。正直、全ての生徒はそんな宇治にウンザリしている。
因みに、現在も各地では小規模なゲリラ戦が起こっている。だが、覚醒者は覚醒者による世界を創るために、非覚醒者とは断固たる姿勢で戦う。小さなゲリラ戦では、世の中は変わらないところまで覚醒者の力は大きくなっていた。
「皆様も下劣な非覚醒者から、慈悲深い覚醒者様になるのです。では、神足君、覚醒者様の非覚醒者への慈悲深い行いを幾つか述べたまえ」
宇治が眠そうなそうを当てる。いきなり当てられたそうは、少し戸惑いながらも答えを述べる。
「えっと、まずは、未成年者の非覚醒者には更生施設での覚醒の機会を与えられ、生活と身の安全を保証されます。それと成人して覚醒者になりにくくなった非覚醒者も、覚醒者の世界に忠誠を誓うなら、街の治安を守ったり清掃なんかをする傭兵部隊の職を与えられています。全ての非覚醒者が死刑を受ける訳ではないのです…こんな感じでどうですか?」
「まぁそんなところでいいでしょう」
そうの答えに宇治はほぼ納得したようだ。そうは今まで何度も受けた授業だ。何となくでも幾つか答えがでる。
その問答のすぐ後に、授業終了のチャイムが鳴った。
「では、歴史の授業はここまで。次の授業の準備をしておくように」
宇治の退屈な歴史の授業が終わった。康二もまた眠そうにしていた。千尋は相変わらず、淡々と授業終わりの支度を整えている。そしてキムは目を開いたまま寝ていた。
「あ~眠かったッスね。当てられたら頭真っ白でしたよ。関係ないけど、俺ね眠くなったら千尋ちゃんのこと考えるんスよ」
康二が小声そうに語りかける。康二は千尋とのあらぬ行為を妄想し、眠気と戦っていた。
「キム、授業おわったぞ。十一時のグラウンド集合まで休憩だ。まぁ休憩は充分そうだけど」
そうの語りかけにキムは目を覚ました。いつもぼ~っとしているから、目を開いたまま眠っていてもバレない特技を持っている。別に羨ましくはない特技だが。宇治に当てられたらどうするつもりだったのだろうか。
そう達は一旦自室に戻る。そうはデイルームからの帰り、自室の隣、三○一号室を見るとやるせない気持ちになる。
そうは自室のベッドに横になる。少し睡魔が襲ってきた。
「理絵お姉ちゃん…」
───そうの意識が現実と夢の境に入った───