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こころ戦史。  作者: 樹本周幸
第一章『十年前の約束』
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『約束の残響』

一方の理絵は、子供兄妹の歩幅に合わせ時間がかかったが、迂回した先にある橋を無事に渡りきっていた。ここまで襲撃者に用心しながら、隠れ隠れ来た。港まであと少しだ。


「もう少しだから頑張ろうね」


理絵は兄妹を励ます。強がりな表情が丸分かりだが、頷く兄妹。三人は港へ向けて歩を進めていた。


「そこまでだ」


港までもう少しの距離で、炎により倒壊しかかった家屋の傍から、二人の襲撃者が出てきた。理絵は咄嗟に大きく手を広げ、幼い兄妹を庇うような体制をとる。怯える兄妹。


「逃げ遅れか?ガキはともかく、女は顔も身体も最高じゃねぇか。大人しく言うこと聞いてもらうぜ」


二人の内一人の襲撃者はニヤニヤ言う。二人の襲撃者は銃口を理絵達に向けて構えをとっている。


「私達をどうするつもりかしら?施設行きかしら。ねぇ覚醒者の犬さん?」


理絵は腰におびた銃に意識を集中させながら、隙を窺いつつ言った。───覚醒者、この世界を支配している者達。先程とは別の襲撃者が口を挟む。


「俺は好きでこんな任務やってるんじゃない。まぁ、覚醒者の世界に忠誠を誓って、好きでやってる奴が殆どだかな…大人しく捕まれば、取り敢えず施設行きになり身の安全は保証される」

「おいおい、こんな良い女ほっとくのか?お前は人がいいな」


施設──覚醒者になる為の更生施設。そこでは覚醒者になる為の教育及び隔離が実施される。覚醒者になる事が出来れば、一般社会に復帰でき覚醒者の世界に受け入れられる。しかし、成人を超えた()()()()は、何でも屋の使い捨て傭兵部隊に入れられる。


「見逃してって言ったら、見逃してくれる?」


理絵は無駄だと分かっていながら、襲撃者に問うてみた。汐見橋が来てくれるかもという、時間稼ぎの意味合いもあった。


「俺達もこれからがかかっているんだ。この任務で良い成果をあげれば、傭兵部隊から施設勤務になれるチャンスなんだ。同じ非覚醒者をこれ以上殺したくない。大人しく付いてきてくれ」

「ちっ、まぁ大人しくするなら許してやる」


そこに、一際大きな火柱が轟音と共に立ち上がった。直後、二発の銃声が夜を裂く。

先ほどまで会話していた襲撃者二人が、頭を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。


「──幸蔵!」


炎の向こうに立っていたのは、息も絶え絶えの汐見橋だった。両手に二丁の銃を構えたまま、震える体を必死に支えている。

そこへさらに三人の襲撃者が現れる。だが汐見橋の虹色の瞳──アースアイが蒼炎のように輝いた瞬間、彼の動きは鋭く、そして滑らかだった。

無駄のない連射。三人の襲撃者は抵抗する間もなく撃ち抜かれ、炎に照らされながら崩れ落ちる。


「……ギリギリ、間に合ったか……」


乱れた髪の下でも隠しきれない端正な顔立ちに、疲労の中でも薄ら笑いを浮かべる汐見橋。その微笑みに理絵もまた、天使のように優しい笑みで応えた。


「来てくれるって、信じてた……」

「迎えに行くって、約束しただろ……? 俺は、約束は守るタイプなんだよね……何度だって、迎えに行くさ……」


その言葉を最後に、汐見橋の体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「幸蔵! しっかりして!」


理絵の叫びも虚しく、汐見橋は微動だにしない。完全に意識を失っていた。虹色の瞳の力──アースアイを限界まで酷使した反動だ。

同行していた幼い兄妹は、目まぐるしく変わる状況に思考が追いつけず、ただその場に立ち尽くしている。

その時、不意に物音が響いた。理絵は咄嗟に布切れを掴み、汐見橋の身体を覆い隠す。

だが、布を掛けることに意識を奪われ、人影が近づいてきたことへの反応が遅れてしまう。


「お前等、そこを動くな!」


襲撃者が理絵達に銃を構え叫ぶ。その瞬間、またも襲撃者が何者かに銃撃を浴び、即死の状態でその場に倒れ込んだ。


「まだ逃げ遅れがいたか。ラッキーだった」


そこへ、左目を押さえながらも銃を構えた別の襲撃者が現れた。何故か襲撃者が襲撃者を撃ったのだ。


「成人非覚醒者十四名殺害、未成年非覚醒者三名捕獲か。これで俺が施設長になれる算段が高くなったな」


左目を負傷している襲撃者は、何やら一人言を言う。しかし布切れに隠された汐見橋に気付いてないようだ。襲撃者から見て左側に汐見橋が倒れていたのも幸いしていた。

理絵は躊躇せずに腰のホルスターから銃を抜いた。だが、先に銃口を向けていた襲撃者が理絵の銃を撃った。地面に転がる理絵の銃。


「大人しくしてろ。お前じゃなく、そこのガキ共を先に殺ってもいいんだぞ」

「さっきの襲撃者を何故撃ち殺したの?」


理絵は左目を負傷しているの襲撃者に問う。左目を押さえながら、襲撃者は口元に笑みを浮かべ、平然と言った。


「単に手柄を横取りされたくなかっただけだ」

「…それだけで仲間を撃ったの?信じられない」

「何とでも言え。二度は言わん。大人しくしろ」


この襲撃者は狂気の塊だ。直感的に感じた理絵は、大人しく両手を上げた。兄妹のことと汐見橋の安否を優先したのだ。それでも隙がないかをうかがってはいた。しかし、左目を負傷していても一切の隙を見せない襲撃者。理絵は汐見橋と幼い兄妹の身を案じ、ひとつ息を吐いた。


「分かったわ、素直に従う。この子達には危害を加えないと約束できる?」


襲撃者は口元に嫌な笑みを浮かべ、理絵に言った。


「ああ、約束しよう。物分りが良くて助かったな。俺も負傷の手当をしたい。因みに女、お前とそこのガキ共の歳はいくつだ?」

「私は十八になったばかりよ。この子達の正確な年齢は知らないけど、見ての通りまだ幼いわ」


襲撃者の問いに、理絵は鋭い目付きで話した。兄妹は震えて声も出せそうにない。


「十八か、後二年は施設で矯正プログラムを受けれる。精々、覚醒者様になれるよう頑張るんだな。では全員後ろを向け」


左目を負傷している襲撃者は、理絵と兄妹に後ろ手に手錠をかける。

理絵は格闘には自信があった。戦うことも考えたが、汐見橋と幼い兄妹のため大人しく従うしかなかった。しかし、汐見橋と離れることになる想いを抑えるのは辛かった。汐見橋が最後に言った『何度だって迎えに行く』の言葉を心の支えに信じた…。


「それでは施設に行こうか」


左目を負傷している襲撃者が理絵と兄妹を連行していった。


その約一分後、桜井がようやく現場に駆け付けた。現場には三名の襲撃者の死体。桜井は注意深く周りを見渡す。そこに布切れから人の足が出ているを発見する。すぐに近寄り布切れをめくる。そこには倒れている汐見橋の姿があった。


「汐見橋!おい!大丈夫か?」

「桜井…か。理絵は…いるのか?」


桜井は辺りを見るが、理絵の姿はない。そして残念だが、もう港から潜水艦が出る時間が迫っている。理絵は諦めるしかない。桜井は自慢の怪力で、意識朦朧の汐見橋を肩に担ぎ港へと急いだ。


「理絵…必ず…迎えに行くからな…」


寝言にもうわ言にも聞こえる、汐見橋の呟きがその場に残った。



これが()()()()、亀山村を襲った十年前の出来事であった─────









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