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こころ戦史。  作者: 樹本周幸
序章『紡がれていく想い』
1/26

『私もあなたが大好きです』

「私もあなたが大好きです」


その言葉は、炎の轟音を押し分けてまっすぐに届いた。透き通るような白い肌に、誰もが心を奪うような美しい輝きを持った女が言った。

夜空を焦がす赤い炎が、村を飲み込んでいた。瓦礫が崩れ、火の粉が舞い、遠くで悲鳴が響く。そんな混沌のただ中で一瞬、二人は不思議なほど静かに向き合っていた。

これまた人の世を離れたような美しく端正な顔立ちの男は、炎よりも鮮烈に胸を打つ女の言葉の響きに、一瞬彼女を真顔で見つめた。が、すぐに我に返る。


()()って…俺が理絵(りえ)を好きなの前提かよ…って、そんな状況じゃないの分かってる?ただでさえ逃げ遅れてるんだ。早く子供達を避難させなきゃ」


村は銃火器を持った襲撃者──非覚醒者の傭兵部隊──に襲撃されていた。村のあちこちから怒号と悲鳴が響いてくる。村人は銃火器を持った傭兵部隊から逃亡してる者、戦闘をしている者に入り乱れていた。

村中にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、正に阿鼻叫喚の地獄絵図。汐見橋と理絵の周りには七人の子供が取り囲んでいる。逃走の道中に匿ってきた子供達だ。突然の襲撃の恐怖で今にも泣き出しそうな顔をして立ち尽くしている。


「理絵お姉ちゃん、お父さんとお母さんに会いたいよ...」


遂に泣き出す子供も出てきた。いずれも両親達とはぐれた子供達だ。不安から泣き出しても不思議ではないだろう。


「ほら、泣かないで。きっとお父さんもお母さんも大丈夫よ」


美しい天使のような優しい笑顔で子供を宥める理絵。そんな理絵の一言で、子供達は安堵を覚え、何とか泣き止んだ。


「俺たちも早く港まで逃げるぞ」

「待って幸蔵(こうぞう)。まだ学校に逃げ遅れた子供達がいるかも」


今居る地点よりやや北に、小さな学校がある。元より生徒数も教師合わせて四十名程の小さな学校だが、お人好しの理絵は、まだ全員避難が終わってるのか不安だった。


「幸蔵、まだ学校に人がいるか感じてみて!」

「人使い荒いな」


幸蔵…汐見橋幸蔵(しおみばしこうぞう)は、その表情に薄ら笑いを浮かべながら一瞬瞳を閉じて開いた。その整った顔にある切れ長の瞳は黒縁メガネに覆われながら、薄く蒼い光を灯しすぐに消えた。


「校舎から微かに…二人かな…の気配がする…それとっ」


汐見橋が透き通る声で言うと同時に、いきなり銃を持った襲撃者が現れた。と同時に襲撃者の眉間に穴が空いた。襲撃者の気配をいち早く察知し、汐見橋は一分の無駄のない動きで、素早く襲撃者の眉間を銃で撃ち抜いた。

汐見橋は襲撃者の事など全く意に介せず、といった様子で話を続ける。


「理絵、港方面にハンターが集結しつつある気配が感じられる。早く校舎へ向かうぞ」


人の気配を感知していた汐見橋が、少し急かすように言う。七人もの子供を引き連れ、ただでさえ逃げ遅れているのだ。


「待って幸蔵」


熱風で、シルクのような長髪が理恵の美しい顔を靡く。汐見橋と理絵は暫し見詰め合う。


「港方面にはハンターが集まりかけてるんでしょ?なら、幸蔵が七人の子供連れて、先に港へ行って道中の傭兵部隊やっつけておいて。私が校舎内見てくる」


理絵は腰のホルスターに収めてある銃をポンポンと叩いて見せた。


「駄目だ。理絵ひとり置いて行けない。皆で一緒に行く」


汐見橋は険しい表情で言った。この業火に焼かれた危険な村に理絵を置いておきたくなかった。だが理絵は軽く首を振り言った。


「今だけで子供が七人もいる。護れるのはあなただけ。幸蔵は早く港へ子供達を送り届けて。私は校舎内を見てすぐ後を追いかける。時間はかけないわ、早く行って」

「ちょっと待て!」


叫ぶ汐見橋をよそに、理絵は一人で校舎内へ走って入って行ってしまった。


「ったく、言い出したら聞く耳持たずが。すぐに追い付いてこいよ!危険を感じたらすぐに逃げろ!」


理絵に叫ぶ汐見橋。子供達は理絵が去って行き泣き出す。困る汐見橋。


「頼むから泣くのは後にしてくれ。俺が護ってやるから、身を屈めてゆっくりと歩こうな」


汐見橋は困ったような薄ら笑いを浮かべながら、出来るだけ優しく言った。子供達は不安そうだが何とか頷き、汐見橋と共に歩き出した。



「誰かいる~!居たら返事して」


理絵は校舎内へ入り、大声で呼び掛けた。幸い校舎内は火の手が伸びていなかった。その呼び掛けに数秒遅れて反応があった。


「…誰?」


その声の先には、二人の子供、男の子と女の子が小さく床に蹲っていた。汐見橋の察知した通り二人居た。


「大丈夫?二人とも歩ける?他に誰かいる?」

「…理絵お姉ちゃん!僕も妹も隠れてたから大丈夫」

「…私も大丈夫。他には多分誰もいないよ」

「じゃあ、私から離れないで、できるだけ早足で港まで行くわよ」


理絵は村の人気者で、顔と名前は広く村に知れ渡っていた。まだ七~八歳と思われる子供二人に、慌ただしくも優しく言い聞かせた。


「でも、お父さんもお母さんもどこ行ったのか分からなくなっちゃた…」


男の子が目を落として言った。どうやらこの男の子と女の子は兄妹で、襲撃の混乱の中、両親からはぐれて隠れていたようだ。

理絵は二人の目を見ながら、ゆっくりと諭す。


「あなた達は兄妹?お父さんもお母さんもきっと大丈夫よ」

「…うん。僕は弘樹。こっちは妹の由香」

「そう、弘樹君に由香ちゃんね。急いで港まで行くわよ。とっても強い幸蔵って言うお兄ちゃんが待ってるから大丈夫」


不安そうな表情をしていた兄妹だが、理絵の天使のような笑顔に安心感を得た。理絵と兄妹は汐見橋と合流するために、港へ急いだ。


─────


「前だけ見てろ。止まるな!」


振り返れば、追撃する襲撃者が数名。汐見橋はその場で反転し、銃を構える。

乾いた連射、弾丸が闇を裂き、敵の一人が喉を押さえて倒れる。さらに二人目、三人目──。


「全く、何人侵入してきた……」


炎に映える瞳は鋭く輝き、顔色ひとつ変えず発砲する。それと同時に次々と敵が崩れていく。

子供達七人を連れ動きを制限されながらも、汐見橋は河を渡る木製の橋の前まで来た。まだかろうじて渡れるが、すでに橋にも火の手が回っている。

ここまで汐見橋が仕留めた襲撃者は七人、子供達は全員無事だ。この目の前の橋を渡れば、港はもうすぐだ。

しかし、汐見橋は襲撃者の多くが、まだこの橋の先で集結している気配を感じ取っていた。汐見橋はギリギリまで理絵を待つ事にしていた。


「理絵はまだか…」


木製の橋の火の手が大きくあがる。汐見橋は理絵の身を案じつつも、子供達のことを考えると、橋をもう渡るしかないと足を踏み入れた。


「幸蔵~!」


少し遠くから誰かが汐見橋を呼ぶ。汐見橋の目には理絵と二人の子供が見えた。


「橋が持ちそうにない、早くここ迄来い!」


既に橋を渡り終えた汐見橋が、理絵に叫ぶ。理絵と二人の子供がこちらへ駆けてくる。だが、無情にも炎に呑まれた橋は、彼女たちの足元で轟音を立てて崩れ落ちた。


「理絵!」


汐見橋の叫びに、即座に理絵が叫び返す。


「私達に構わず先に港に向かって!私は迂回してこの子達と港に向かうわ!」


橋が落ちた河は渡れそうにない。港へは遠回りになるが、三百メートル先の橋に理絵は向かおうと考えていた。汐見橋も同じ考えだった。


「理絵、三百メートル先の東に橋がある。そこで合流しよう」


汐見橋は対岸の理絵へ呼び掛ける。だがしかし、理絵はこう言った。


「私達に構わないで先を急いで!もう炎の勢いも凄くなってる。あなた達が遠回りする時間が勿体ないわ。そこにいる子供達を護れるのは幸蔵だけなのよ!早く行って、私は大丈夫だから」


汐見橋は内心少し取り乱し険しい顔を作った。だが一息吸うとすぐに冷静になり叫ぶ。


「分かった!子供達を港へ連れてから、すぐに必ず迎えに行く。襲撃者に見つからないように注意して進め!」

「分かった!私のことは気にせず、幸蔵こそ注意して進んでね。その後に迎えに来てくれるの待ってる!約束だからね!」


理絵は小指を立てて、美しい顔に満面の笑みを浮かべて汐見橋に送った。見る者を安堵させる、そんな笑みだった。

そしてすぐさま、理絵は兄妹を連れて、他の橋へと足早に向かった───



















皆様お疲れ様です。

一度は完結させた作品ですが、納得できない部分があり、再度書き直して連載いたします。

自分なりに一生懸命書きますので宜しくお願い申し上げます。

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