## 第六話:輸送屋たちの時間
# 紫色のフラグメンツ
## 第六話:輸送屋たちの時間
「そういえば、東側の中継点が面白いデータを扱い始めたって聞いたわよ」マリアがコーヒーを啜りながら言った。ホログラムテーブルには、彼女の経路データが淡い光の帯となって描かれている。「食事用パターンの新しい最適化手法を見つけたらしいわ」
「ああ、噂には聞いてる」サムが自分の結晶メモリを取り出しながら頷く。メモリの表面には細かな傷が無数に刻まれていた。「でも、まだ安定性に問題があるって話だろ?先週、あっちで補給した輸送屋が言ってたよ。変換時の歩留まりが70%を切るんだとさ」
「そんな低いの?」トムが驚いた様子で声を上げる。「データロスのリスクが高すぎます。積荷が腐るより怖いですよ」
「それが問題なのよ」マリアは自分の結晶メモリを光に透かして見る。「完全データから圧縮するんじゃなくて、最初から少ないデータで構成しようって試みなんだけど」
リンは自分のカップを見つめていた。ホワイト老人のパターンは、確かな安定性を持っている。使用コストは低く、それでいて本質的な味わいを失わない。こぼれる心配もない。
「このコーヒーのパターン」茶色い巻き毛の若手、トムが身を乗り出してくる。彼の作業服の袖には、最新型の結晶メモリホルダーが光っている。「最適化の手法、もう少し詳しく聞かせてもらえません?私たちの運んでるデータにも、応用できるかもしれない」
管理人が新しいカップを並べながら、会話に加わった。彼女の制服の胸ポケットからは、様々な色合いの結晶メモリが覗いている。「そうそう、私も気になってたの。通常のパターンだと、香りのデータだけでこのサイズになるはずなのに」
中継点の照明が、時折り強まる砂嵐の影響で明滅している。結晶メモリの収納ラックに並ぶデータたちが、それに呼応するように光を放っていた。古い空調システムは、相変わらず心地よい唸りを続けている。
「実は面白いアプローチなのよ」リンは変換機の詳細表示を切り替えた。光の粒子が、複雑なパターンを描き出す。「完全な味の再現を目指すんじゃなくて、人間の味覚と記憶に働きかける方法を取ってるの。例えば...」
ホログラムに複雑なパターンが浮かび上がる。データの流れは、まるで山脈の稜線のように起伏を描いていた。変換効率を示す数値が、驚くほど安定した値を保っている。
「へぇ」サムが身を乗り出す。「俺たちが通常使ってる食事パターンは、味の完全再現に重点を置きすぎてた。だから無駄なデータが多くて」
「そうなのよ」マリアが補足する。「人間の味覚って、実は曖昧な部分も多いでしょ。完璧な再現よりも、記憶に訴えかけるポイントを押さえる方が」
「でも、その手法を見つけるのが難しいんでしょう?」トムが自分のカップを見つめる。「これだけの味わいを出すなら、相当な試行錯誤が...」
「ええ」リンは頷いた。「このパターンを作った人は、随分と時間をかけたみたい。データの無駄を省きながら、大切な要素を見極めていく。その工程自体が、職人技って言えるかも」
窓の外では、砂嵐がますます強さを増していた。紫色の砂が、渦を巻きながら中継点の壁を叩いている。それでも、この空間の中は穏やかな時間が流れていた。
ホログラムテーブルの上では、輸送屋たちの経路データが光の帯となって交差している。時折、新しいデータが更新され、地図が少しずつ形を変えていく。変換機からは、相変わらず心地よい香りが漂っていた。