## 第三話:本物の味
# 紫色のフラグメンツ
## 第三話:本物の味
「見せたいものがあるって言っていたのは、これかな?」
リンは差し出されたカップから立ち上る香りを感じていた。シェルターの機械室でHENコアの診断を始める前に、老人は誇らしげにコーヒーを淹れてくれたのだ。
「どうかな?」老人は期待に満ちた表情でリンの反応を待っている。「データ量は抑えたんだが、昔飲んだ味に近づけようと色々工夫してね」
一口飲んでみると、そこには不思議な深みがあった。完全データから作られる無機質に完璧なコーヒーとも違えば、粗いパターンで再現された単純な味わいとも違う。
「これ、独自のパターンデータなんですね」
「ああ」老人は診断パネルの数値を見ながら頷く。「HENコアの効率は12%落ちているんだが、この味だけは譲れなくてね。パターン通りの出力は維持できているんだが、エネルギーをより消費するようになってしまった」
このコーヒーを飲みながら、リンは輸送用コンテナの中身を思い出した。今回の荷物の中には、南方コミューンで収穫された本物のコーヒー豆が少量含まれている。
「実は、今日はちょっと特別なものも積んでるんです」リンが防護フィルムに包まれた小さな包みを取り出すと、老人の目が輝いた。
「これは...本物の豆か」
「お礼と言ってはなんですが」リンが言いかけると、老人は静かに首を振った。
「むしろ私から礼を言わせてくれ」老人は自分の作ったコーヒーの結晶メモリを取り出した。「このパターンデータを、他の人にも飲ませてやってくれないか。完璧じゃないが、私なりの工夫は込めたつもりなんだ」
バンの中で待機していたミッドナイトの声が通信機に響く。「リン、そろそろ次の配達の時間よ」
シェルターを出る前、老人は本物のコーヒーの香りを楽しんでいた。自分の作ったパターンと、その原点となる本物の香り。
「次の寄港地、ウェストサイドのコミューンね」ミッドナイトが航路を計算する。「彼らの新しい変換パターン、随分と工夫されてるみたいよ」
改造バンは、紫色の砂嵐の向こうへと進んでいく。完璧なデータと、本物の価値。その両方を知る者だけが、この世界で生きる術を見つけ出せるのかもしれない。