## 第一話:砂嵐の向こうの家
# 紫色のフラグメンツ
## 第一話:砂嵐の向こうの家
シェルターに近づくにつれ、砂嵐は徐々に濃くなっていった。磁性を帯びた砂が、バンのフロントガラスを叩く音が大きくなる。リンは三度目の進路修正を強いられていた。
「この砂嵐なら、老人の家の中継器は完全に孤立してるはずね」助手席の黒猫、ミッドナイトが耳を動かしながら言う。
「だからこそ、私たちが必要とされるのよ」
リンは慎重にバンを操作した。ホワイト老人のシェルターは、三つの異なるネットワークの狭間に位置している。普段は最寄りの中継塔とかろうじて通信を保っているが、砂嵐が強まると完全な孤立状態に陥る。
バンのセンサーが突如、微弱な通信を捉えた。シェルターの非常用ビーコンだ。その信号は本来、もっと強力なはずなのに。
「電力が落ちてるわ」ミッドナイトが警告する。「HENコアの予備ユニットを持ってきて正解だったわね」
リンは荷台に積んだ物資を確認した。高純度エネルギー/データパケットを収めた結晶量子メモリと、HENコアの予備ユニット。老人が注文したものは、どちらもシェルターの生命維持に関わる重要な物資だった。
シェルターの輪郭が、砂嵐の向こうに見えてきた。一見すると、打ち捨てられた古い工業用コンテナのような外観。しかし、その内部には高度な自給自足システムが組み込まれている。少なくとも、正常に機能している間は。
「おや」ミッドナイトが前傾姿勢になる。「玄関先に人影が見えるわ」
老人は普段、シェルターの外には出て来ない。それが彼の生活スタイルだった。外に立っているということは...
リンはバンを停車させ、防護服を着用する。「ミッドナイト、バンの制御を任せたわよ」
「了解。気をつけてね」
風を切り裂くような音を立てて、シェルターの扉が開いた。ホワイト老人は、古い防護服を着て立っていた。その姿は、いつもの通信画面で見るよりもずっと痩せていた。
「リンか...待っていたよ」老人の声が、防護服のフィルターを通して聞こえる。「悪いが、手を貸してくれないか。予備のHENコアを自分で交換する勇気が...なくてね」
リンは静かに頷いた。輸送屋の仕事は、時として単なる配達以上のものが求められる。分断された世界で、人々は様々な形で孤立している。物資を運ぶことは、同時に温もりを運ぶことでもあった。
「大丈夫よ、お手伝いします」リンは老人に近づきながら言った。「それよりホワイトさん、久しぶりに外に出てきたんですね」
老人は皺だらけの顔で微笑んだ。「ああ...君のバンの通信シグネチャを認識してね。懐かしくなったんだ。昔、私もああいう車両の開発に関わっていたものでね...」