3.チラリ―美智代って...えぇ...
「ごめんなさい、付き合わせてしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ、今週頭のお礼もありますし」
秋空の下、肩を並べて歩く。隣には想い人である天田さんがスマホのマップを見ながら歩いている。場所は職場から2駅離れた繁華街、目的地まではそこまで距離がないということで15分ほど歩いていた。冬の気配を感じる程度に気温は下がっているはずだったが緊張もあってか少し熱いぐらいだった。
「ここみたいね」
彼女がマップから目の前の建物へと目を移す、そこは―
「動物カフェですか」
「ええ、興味はあったのだけれど一人だと入りずらくて…」
ガランと音をたて扉を開く。フっと乾草のようなにおいがし、ここからは動物のいる環境なのだと教えてくれる。
「こんばんは、2名様ですか?」
「ええ」
「ありがとうございます、ご来店は初めてでしょうか?」
「私は来たことないけど―」
と言いこちらに目を向ける。
「自分も初めてです」
「わかりました、では当店のシステムを説明させていただきますね」
担当してくれた店員がシステムの説明をしてくれる、ワンドリンク制、机はフリーアドレス、動物のおやつ制限など―
「以上になりますが何か質問ありますでしょうか?」
「私は大丈夫」
「同じく大丈夫です」
「ありがとうございます、ではドリンクだけ先に伺いますね」
ドリンクを注文し番号札をもらう。ラミネートされた店内マップを見ながらどのあたりに向かうか話す。
「この辺りはどうかしら?」
彼女が指さしたのはげっ歯類、モルモットやハムスターのエリアだった。
いいですねと言い、ちょうどできたドリンクを受け取りエリアへ向かう。彼女が頼んだのはふわふわのクリームが乗ったココア、俺は暖かい紅茶にした。
「ココア、好きなんですね、社内でもカップに入れて飲んでましたし」
「あ…そうね、あまり考えたことはなかったけど、いつも自然と選んでたから」
少し恥ずかしそうに話す彼女を見ながら歩くと目的のエリアにたどり着いた。軽く見渡すと平日夜の為か他のお客さんは少ないが、小動物と戯れている姿が見えた。
隣を確認するとあまり感情を表に出さない彼女が目を輝かせていた。
「あ、この子あと少しでふれあい時間が終わってしまうわね、この子のところに行ってみましょう」
「そうですね」
まず向かったのはチンチラのエリアだった。近くの席にドリンクを置きふれあいスペースの中に入る。ウサギとモルモットを足したような見た目でぱっと見の印象は―
「ふわふわした毛玉みたいね」
「ええ、毛玉みたいですね」
二人そろって毛玉だった、毛玉が動きこちらを見る、きゅるッとした目に大きな耳、ちょこちょこと動く姿の感想は
「かわいい」
それしか出てこなかった。
「えーっと、今出ている子の名前は―」
近くの看板を見ると、今ふれあいコーナーに出ている子の情報が記載されている。誕生日、出身地、好きな食べ物、そして名前は―
「募集中、みたいね」
看板には「みんなで僕の名前を考えてね!」とこの子がしゃべっているようにポップが作られている。
「せっかくですし考えてみます?」
足元によって来た子をなでながら提案してみる。彼女もなでながら「そうね」、と同意してくれた。彼女が撫でている間に記名用紙を取ろうと思ったところ【1組につき1案でお願いします】と記載されていることに気が付いた。
用紙を取り戻ると彼女はなでながらも真剣な顔で名前を考えていた。
「紙とってきましたー、ただ1組につき1案までらしくって、もしよかったら天田さんが決めてください」
紙を渡すが受け取ってもらえない。
「あなたにだって考える権利はあるわ…そうね、お互いに考えた名前で呼び合ってこの子が寄ってきた方の名前にしましょう」
「いいですよ、こういうの得意なんで負けませんよ」
実家の猫の名付け勝負でも同じことをして勝ったことがある、脳内のリソースをフル活用し名前を考える。
「私は決まったけどあなたは?」
「いいですよ、行きましょうか」
せーのと声を合わせお互いに考えた名前を呼ぶ。
「フワ子~」
「小鉄―」
耳がピクリと動き互いの顔交互に見る。
「フワ子~」
彼女が再び名前を呼ぶと少しずつ彼女のほうへ近寄る。
「小鉄―こっちおいで―」
こちらも再度名前を呼ぶと立ち止まりこちらの顔を見る、そしてこちらによって来た。
「フワ子、あなたはフワ子よ、こちらにいらっしゃい」
「小鉄、どっちが男らしい名前かわかるよなー」
「っな...!!」
彼女が動揺し声をかけそびれたことでさらにこちらに近づく。看板の雄雌を見落としていたようだ。
「っく、フワ子、おねがい、私を置いていかないで」
少し演技じみた呼びかけをしたことで一度動きが止まる、だが再び俺に向かった歩き始める。
「小鉄―いい子だねー」
「---ッ!」
彼女も何か言っているが小鉄は止まらない、小鉄は俺の間の前まで来ている、勝った!
「チラリー美智代ー、帰る時間だよー」
時が止まったとはこういうことを言うのだろう、俺、天田さん、店員さんの3人すべての時間が止まっていた。
そんな中小鉄が、いや、チラリー美智代だけが店員へ向かって駆け出して行った。
「こ、小鉄?」
「フワ…子?」
震える声で声をかけるがチラリー美智代は振り返りもしなかった。
店員を見上げると固まった状態で顔を真っ赤にしていた。
おれと天田さんは顔を見合わせ記名用紙に名前を書く。
【チラリー☆美智代】