第4話 初めての村
「むにゃむにゃ……お優雅ですわぁ……」
「クレア。起きて。そろそろ街に着くよ」
「は! マーレ……おはようございますわ」
「うん。おはよう」
「あれ? ティエラとシエロは……」
「ティエラは下。シエロは野暮用」
わたくしはそう言われて昨日没落し、夜逃げのように王都から出てきたことを思いだした。
それと同時に、没落という言葉から逃げるようにティエラのモフモフに顔を埋める。
「起きたのなら立ったらどうだ? 俺の妹になりたいのか?」
「わたくしが姉ですわ」
わたくしはそう言って、モフモフのティエラから降りる。
わたくしたちは家族ではあるが、順番が存在する。
上からマーレ、シエロ、わたくし、ティエラだ。
ただ、ティエラはわたくしと逆の立場を要求している。
しかし、今は挨拶が先。
それがお優雅というものです。
「おはようございますわ、ティエラ」
「おはよう。クレア」
「それと、一晩中ありがとうございますわ」
「好きにやっていることだ。気にするな」
「それでも言わせてもらいますわ。ありがとう……と」
優雅な貴族令嬢たる者、ちゃんと感謝はしなければなりません。
それからわたくしは一緒に話しながら歩き始めた。
「しかし、夜通し歩きづめで疲れないんですの?」
「俺達は体力があるからな。気にしなくてもいい」
「それよりも途中の村が見えてきたよ。お腹減った」
「ああ、それもそうでしたわね。食料はほとんど持って来れませんでしたし、あそこで買っていきましょう」
「だね」
ということで、わたくし達は村に近づくと、その姿が見えてくる。
「なんだか……ボロくありません? 柵も結構壊れているような……」
「本当だね」
「どうしたんだろう」
そんなことを思いながら近づくと、衛兵2人が槍をこちらに向けてくる。
「止まれ! 貴様! どこからきた! それにその魔物はなんだ!」
「えっと……わたくしはクレアと申します。この2人はティエラとマーレ。お友達ですわ。それでは失礼します」
自己紹介を終えたので中に入ろうとすると、槍で止められる。
「なんでそれで入れると思った!? 魔物を連れて入れる訳ないだろうが!?」
「しかし、このお二人はとてもいい方ですのよ?」
「人が襲われたらどうするんだ!?」
「なんと! 2人はそんなことしませんわ! ですわよね?」
「もちろん」
「美味しくないし」
「食べたことあるのか!?」
マーレの言葉に衛兵が驚いて槍先が少し浮いた。
「冗談だよ」
「ほ、本当だろうな……」
「本当だよ。僕の好物はお菓子だから」
「それはそれでどうなんだ……」
衛兵が呆気に取られているので、わたくしは丁寧に対応する。
「すみません。あまり他の村にいったことがないもので……どうしたら村に入れていただけるでしょうか?」
「そ、そうか……それなら仕方ない。村に入ってもいいが、冒険者ギルドで冒険者登録と従魔登録をしろ。じゃないと自由に歩き回らせることはできない」
「わかりましたわ。その冒険者ギルドまでの案内もお願いしてもよろしいかしら?」
「案内じゃなくて見張りだが……いいだろう。こっちだ」
「ありがとうございますわ」
ということで、わたくし達は彼の案内で村の中を歩く。
「しかし……あんまり外の種族の方はいらっしゃらないのですね」
「まぁ……ここはあくまで村だからな。どこから来たんだ?」
「王都ですわ」
王都では歩けば100種類以上の種族の人達を見かけたけれど、この村ではせいぜい20種類くらいだ。
エルフ、ドワーフ、獣人は当然として、フェアリーとかサキュバス、オーク等結構数がいる種族しか見えない。
ちなみに、この国……というか、この世界は日本とは違っていて、というか、記憶の中のファンタジーとはより違っていて、本当に数多くの種族が共存している。
女騎士の天敵であるオークは普通に騎士にというかオークの女騎士になったりするし、エルフとドワーフも仲良く話しながら歩いている姿が見える。
元々は結構対立していたらしいが、神の遣いと呼ばれる人がその争いを抑え、共存して今に至る。
一応わたくしがいるこのヒュマニアの国は人間が統治している人間の国家ではあるけれど、4割は人間で、残りの6割は他種族が入っているのだ。
「王都……そりゃ遠くからよくきたな、ただ確かに、王都くらい大きな街と比べたらそりゃ少ないさ」
「遠くから……?」
確か一晩寝ただけだと思うのだけれど……。
「ここから王都まで何日くらいかかりますの?」
「ん? 徒歩だと1月くらいじゃないか?」
「1月!?」
わたくし、どうやって移動したんですの?
頭に? が浮かびまくっているわたくしに、マーレが口を開く。
「クレア、昨日ちょっと走っただけだから気にしない気にしない。それよりもあれ」
「まぁ……そうなんですの。あれとは……」
走ったのならそうなのだろう。
そして、マーレが見ていたのは、とてもいい匂いのするパン屋だった。
くぅ。
昨日から何も食べていないことを思いだし、わたくしはそっとパン屋に向かう。
「お、おい? どこ行く気だ?」
「ちょっとだけ。ちょっとだけですわ。お優雅にパン屋を観察するだけですわ」
「お優雅ってなんだ!? ただ腹が減っただけだろうが?」
「そんなことありませんわ。ちょっとだけ、ちょっとだけなのですわ」
「絶対買う気だろ……。まぁ、それくらいならいいが」
「本当ですの!? ありがとうございますわ! ティエラ、マーレ。あなた方は何がいいかしら?」
わたくしは店の奥に置かれているパンを色々とのぞき込みながら、2人に聞く。
「俺はなんでもいい」
「僕は……あ、店員さん。おススメってなにかな?」
「そうだね。最近人気なのはこのはちみつパンだね。ちょっとお高いけど」
「じゃあ僕はそれと、あれとあれとあれ、それから……」
「そんなに買って食べられるのかい?」
「僕の胃袋は大きいから大丈夫。あ、でもクレア。お金は大丈夫?」
「ええ! これだけありますから!」
わたくしは自信満々に金貨が沢山入った袋をじゃらりと見せる。
すると、店員さんと衛兵は驚いて目を丸くする。
それからすぐに衛兵さんが怒鳴った。
「お前! こんな店先でそんな大金を見せるんじゃない!」
「ほえ? これ大金なんですの?」
「本当に貴族令嬢だったのか!? いくらあると思っているんだ?」
「えっと……優雅……くらい?」
「優雅は単位じゃない! そもそも通貨がいくらか知っているのか!?」
「……えっと」
そう言えば知らない。
家ではいかに優雅に過ごすか、そして優雅とは何か。
ということで、ダンスや刺繍などのお稽古ばかりしていた。
金勘定は庶民のやること、という意識だったのだ。
「知らないのか……じゃあ俺が教えてやる。だからそういうのはむやみに見せるな」
「あ、ありがとうございますわ」
ということで、習ったお金の勘定に関してであるが、1レアード、2レアードと数えていく。
10レア―ドで普通のパンが1つ買えて、300レアードでそれなりの宿が1泊……という感じらしい。
異世界知識の100円=10レアードと考えてもいいだろうか。
宿が安かったりして、絶対に物価が等しいとは言えないけれど。
硬貨に関しては、1レアード石貨、10レアード鉄貨、50レアード銅貨、100レアード銀貨、500レアード金貨、1000レアード純金貨。
などがある、それ以上のお金もあるけれど、貴族間や大商人同士等でなければそうそう使わないので、知らなくても問題はないそうだ。
そして、わたくしが持っていたのは500レアード金貨50枚。
日本円にして25万円。
それをわたくしのような優雅なお嬢様が持っていたらカモられる。
だから人前では絶対に見せるなと衛兵の方に教えてもらった。
「ありがとうございますわ」
「気にしなくていい……それと、基本的には高くても100レアード銀貨を使うようにするといい。釣銭で揉めたりするからな。後はこれを使え」
彼がそう言って渡してくれたのは普通の布袋だった。
「これは?」
「そんな大金を人前で見せるのは良くない。だから、サイフは分けろ。そっちのサイフに普段使いの金を入れておけばいいんだ」
「なるほど、ありがとうございますわ」
「これも仕事だから気にするな。それで、さっさと選べ」
「分かりましたわ!」
ということで、わたくしは優雅にティエラの背に乗る。
パンを歩きながら食べるのは優雅ではないのでこうするしかないのだ。
ティエラは一口でパンを丸呑みしていて、マーレは片手に30個ほど抱えながら歩き、味わってパンを食べていた。
「とっても美味しいですわ!」
「美味かった」
「美味しいよね」
王都以外の食べ物もとっても美味しい。
これからのスローライフも楽しめると期待に胸が膨らむ。
そんなことを考えながら、わたくし達は冒険者ギルドに到着したのです。