第30話 あなたに着てほしい
「あれから3日経ちましたが……」
建物の引き渡しというか、フィーネさんに作った倉庫を見せたあと、3日後に来てくれ、むしろそれまで来るな。
ということをフィーネさんに言われていた。
そして、今日がその3日後で、やっときた訳なんですけれど……。
「なんかめっちゃ並んでません?」
わたくしは昼ちょっと前に『森妖精の羽衣』にティエラとマーレと一緒に来た。
でも、店の前には多くの人たちが並んでいて、入るに入れない。
「これはまた今度にした方がいいのではないか?」
「だよねぇ、僕もそう思うよ。というか、早く『土小人のかまど亭』に行こう」
「マーレは食べたいだけではないですか……。ですが、流石に今はやめておきましょう」
フィーネさんは今日と言っていたし、後でいいだろう。
というか、夜でもない限りは流石に仕事の邪魔はできない。
わたくしはそう思い、足を『土小人のかまど亭』に向けようとした時、『森妖精の羽衣』の扉が開く。
「はーい! 次の方ー……ってクレア! ちょっと待ちなさい!」
「ふぇ!?」
何を食べようかなーと考えようとしている所に、フィーネさんの声が足を止めさせる。
わたくしが振り返ると、フィーネさんはわたくしの手を掴んで引っ張ろうとする。
「ちょっとこっち来なさい……って、力強すぎよ! びくともしないってどうなってるの!?」
「あ、すみません。ステーキかハンバーグか悩んでいまして」
「服のことを考えなさいよ!? 服飾店で食べ物のことを考えないで!」
「それで、どこへ?」
わたくしが彼女の行くままに進むと、そのまま店に連れ込まれる。
「あ、ティエラとマーレは……」
「入ってもいいわよ! あなたたち2人は入っても問題ないって店長から言われてる!」
「そうなのか」
「分かったー。食べ物ってある?」
「ないわよ! 服売ってるって言ってるでしょ!?」
「失礼しますわー」
ということで、わたくしはごった返す店内に入ってかきわけ、そのまま奥の倉庫に連れ込まれる。
「さ! よく来てくれたわね! 早速これを着てちょうだい!」
倉庫の奥、試着室がある場所で、フィーネさんは薄緑色のシンプルだけれど、丁寧な作りのドレスを見せてくる。
「え……これは……なんですの?」
「なんですのって……見てないの?」
「何がですの?」
「外にある人形の服はこれよ?」
「……まじですの?」
わたくしは倉庫を裏からでて、ナ〇ちゃん人形の服を見る。
「本当ですわ~!」
「だから言ったじゃない」
ナ〇ちゃん人形はとても綺麗なドレスをまとっていて、後ろのレンガもあいまってまるで物語のワンシーンのようだ。
こんな大きなマネキンに丁寧な仕事が光る職人の技。
優雅に映ること間違いなしの素晴らしいドレスだ。
「素敵ですわね」
「そう? ありがと。その素敵なドレスを最初に着るのはアンタよ?」
「? どちら様ですの?」
「アンタよアンタ。クレアよ」
「……どうしてですの!?」
訳が分からない。
このとても素敵なドレスをわたくしが!?
確かに着れたら優雅だとは思っていた。
本当に思っていた。
けれど、いくらわたくしと言えど、ここまですごいドレスをわたくしが着てもいいのかどうか……。
わたくしはそう言って悩んでいると、フィーネさんはヤレヤレと言った様子で首を横に振る。
「クレア。あなたがあたしを救ってくれたからよ」
「わたくしが……フィーネさんを?」
一切心当たりがない。
「ま、そういうこと。だから、着てよ。あたしがここに来て、服を作るっていうことの一番大切なことを知って、服を作るあたしを救ってくれたあなたに着て欲しいの」
そう真剣に言ってくるフィーネさんの言葉に、否とは言えない。
「ほんとうに……いいのですね?」
「ええ、あなたに着て欲しくて作ったの。お願い」
「わかりました。ではお願いいたします」
ということで、わたくしは再び倉庫に戻って着付けもしてもらう。
「はい。サイズは見立て通りで大丈夫そうね? キツイ所はない?」
「ええ、身体を知られているようでちょっと怖いですわ」
「服を作ってるとぱっと見で分かるのよ。さ、これが姿見」
フィーネさんがハイ、と姿見をわたくしの前に置く。
そこには貴族の夜会に居そうな、今まで見たこともないくらい素敵なドレスを着たわたくしがいた。
「クレア。とっても美しいぞ」
「クレアが貴族のように見えるよー」
「元貴族ではあるんですけれど?」
「そうだったー。でもすごく似合っているよ」
「ありがとうございますわ」
わたくしは2人に礼をして、それからフィーネさんの方を向く。
「うんうん。やっぱりあたしの作った服は素晴らしいわね! さ、クレア。その服を着て適当に街を歩いてきてね!」
「え? でもこれ売り物なのでは?」
「何言ってるの。それはあたしからのプレゼントよ。好きに使って」
「こ、こんな高価なものは……」
「いいから、あたしの気持ちだから。受け取って」
「フィーネさん……」
「本当に……似合っているわ。クレア」
わたくしの言葉に、フィーネさんは優しく笑いかけてくれる。
でも、すぐに恥ずかしくなったのか、顔を赤らめてわたくしの背を押す。
「さ、呼んだ理由はこれまで! 街を歩くのも5分歩いてくれればいいから! あたしは仕事なの! さ! 帰った帰った!」
そう言ってすぐに倉庫から追い出される。
「じゃあね! 何かあったら来なさい! ……なくても来なさい! いつでも待ってるから!」
「ええ、わかりました。またお会いしましょう」
「またね!」
「はい。また」
フィーネさんは扉をそっと閉めた。
「いい子だね」
「ええ、マーレ。とても素敵な……すごい方ですわ。立派な服……」
「だろうね。適当な貴族が着ている服よりも上等だよ。それ」
「なんと……では、フィーネさんの気持ちに応えて、立派にならないといけませんかしら」
わたくしがそう言うと、ティエラが答えてくれた。
「その必要はないさ。クレアはもう立派だ。ただ、フィーネはクレアが喜んでくれれば、そう思っていただけだろう」
「それではもう……十分受け取っていますわ」
わたくしはそれから街中を自慢するように歩き、多くの人目を引いた。
彼女の服で人目を引けたことは、なんだか誇らしかった。




