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第一章 ~『呪われた公爵へ嫁ぐことになった令嬢』~

 婚約破棄されてから数日が経過した。皮肉なもので、時間の流れは心の傷を塞いでくれた。これは父の計らいで、ケビンたちが別邸で離れて暮らしていたのも大きく関係しているだろう。


(顔を合わせなくて済んでいるのは唯一の救いですね)


 愛はなくても配慮はされていたのだ。だが父は意味もなく娘に優しくする人でもないため、嵐の前の静けさのようなものも感じていた。


 エリスはベッドに横たわり、天井に右手を掲げる。手の甲に浮かんだ痣は日に日に濃くなっていた。


(この痣はいつになったら消えるのでしょうか……)


 怪我ならもう治っていてもおかしくない頃合いだ。ただ正体不明の痣は気になっても痛みはないため、薬師に診てもらうほどでもない。


 いずれ消えるだろうと痣のことを忘れようとした瞬間、扉をノックされる。ノックのリズムから訪問者がお付きの侍女だと分かる。


「お嬢様、お父上がお呼びです」

「分かりました……」


 背中に悪寒が走るが、領主である父の呼び出しを無視できない。大人しく従い、彼の執務室へ向かう。


「私の使い道が決まったのですか?」

「……私は何も聞いておりませんので」

「あなたは昔から誤魔化すのが下手ですね」

「…………」


 エリスと侍女の付き合いは長い。おかげで、ちょっとした仕草から簡単に嘘を見抜ける。


 この先にはエリスにとって良くないことが待ち構えているはずだ。そして、その内容にも容易に想像がついた。


 貴族の令嬢の使い道は唯一つ。有力者に嫁ぎ、家同士の繋がりを深めることだけだからだ。縁談話が用意されているのだろうと覚悟していると、執務室の前まで辿り着いていた。


「では私はこれで。ご武運をお祈りします」


 頭を下げて去っていく侍女に感謝する。彼女のおかげで心の準備ができた。ノックをして部屋に入ると、父は神妙な顔付きでエリスを待っていた。


「よく来てくれたな。実は大切な話があるのだ」

「用件は私の縁談ですよね?」

「ああ。オルレアン公爵家から縁談が届いたのだ……」


 重々しい口調なのは、エリスにとって悪い知らせだからだ。


(よりにもよってオルレアン公爵家だとは思いませんでしたね)


 エリスの実家のロックバーン伯爵家とオルレアン公爵家は犬猿の仲である。国境が面していることもあり、数十年ほど前に両家の間で武力による衝突があったほどだ。


 だが先代の領主同士が争いの果てに和平を結んだおかげで、今では諍いも消え、表面上は友好的な関係だ。


 その関係性を維持するための贄としてエリスが選ばれたのだ。彼女がオルレアン公爵家に嫁げば、親交の証となる。両家の平和はより盤石なものとなるのだ。


「オルレアン公爵領には、過去の因縁を忘れられず、我らを敵視している者もいるだろう。辛い嫁入りになるだろうが、これは必要な縁談なのだ。受け入れてくれるな?」

「私に拒否権があるんですか?」

「…………」


 沈黙が答えだった。父は親であることより領主としての義務を優先したのだ。


「お父様らしい判断ですね」

「……弁解するわけではないが、オルレアン公爵家の領主アルフレッドは呪いにかかっている。そう長い命でもない。エリスの子供が領地を継いだら、迎えにいくと約束しよう」

「そ、そんな約束いりません!」


 打算による結婚など御免だと、父の言葉を否定する。


(でもアルフレッド様が結婚相手ですか……)


 アルフレッドはかつて王国の宝と称されるほどの美男子で、社交界の華だった。しかし黒魔術師によって呪いをかけられたせいで、醜い姿となり果て、さらには体の自由も満足に効かないという。


 婚約者からも捨てられ、跡取りがいない状態だった。だからこそ父は目をつけたのだ。


 子供を産ませれば、その子がすべてを手に入れる。友好関係の維持は建前で、父の本当の狙いは領地を丸ごと奪い取ることにあったのだ。


「私はお父様を軽蔑します」

「待て待て、互いの領地の平和のために必要な縁談なのは事実だ。あくまで乗っ取りは結果的にそうなるだけにすぎない……それにだ、領主がいなければ、領地は王家に吸収される。王家が引き受けるか、エリスの子が受け継ぐかの違いでしかない」

「詭弁ですね」

「だが必要性は理解できただろう?」

「…………っ」

「もう一度問うぞ。ロックバーン伯爵家のため、嫁いでくれるな?」

「…………」


 再び無言で睨み返す。拒否権がなくても、大人しく従わないとの意志を示すことには意味がある。娘の頑固な態度に、父は肩をすくめるのだった。


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