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プロローグ ~『婚約破棄された欠陥品』~

「エリス、悪いが君との婚約は破棄させてもらいたいんだ」

「私とケビン様は真実の愛に目覚めてしまいましたの……」


 突然の婚約破棄を受けて、エリスは黒曜石のような瞳を訝しげに細める。


 ケビンはエリスの婚約者であり、長い付き合いの幼馴染でもある。温和で尊敬できる男性だったが、その彼がエリスの双子の妹であるミリアに骨抜きにされていた。


 婚約破棄をした直後だというのに、デレデレと鼻の下を伸ばしながら、ミリアの腰に手を添えている。その無神経さに、エリスの胸中に沸々と怒りが湧き上がる。


(私、こんな浮気者に惚れていたのですね……)


 悲しみより怒りが勝るのは、心の片隅で婚約破棄を予想していたからだ。日頃の態度や視線からエリスへの愛情が薄れていることに気づいていたのだ。


 思い返せば、二人の婚約も押し付けられたものだった。


 婚約したのはエリスが十歳、ケビンが十六歳の頃だ。エリスの実家のロックバーン伯爵家には男子がおらず、父でもあるルイン伯爵は亡き母を一途に愛していたため、再婚することもなかった。


 そのため外部から新たな領主として男子を招く必要があった。そこで選ばれたのがケビンである。


 ケビンは子爵家の次男であるため、跡目を継ぐ権利を持たない。さらに教会の神父を兼任していたため、信者が多いロックバーン伯爵領を継ぐ上で求心力を持っていた。跡継ぎとしての理想的な条件を備えていたのだ。


 おかげで婿養子の話はトントン拍子に進んだ。


 婚約を結んだエリスたちは、幼い頃より仲を深めた。趣向がどちらもインドアだったため、読書を楽しんだり、美術館を巡ったりして楽しんだ。穏やかで理知的な時間は輝かしい瞬間だった。


 だが関係性は次第に変化していった。双子の妹のミリアがケビンに興味を示し始めたからだ。


 露出の多いドレスと、華やかな振る舞いは彼を魅了した。エリスと過ごす時間は減り、その分、彼らは浮気に勤しんでいたのだ。


 だが姉から婚約者を奪う暴挙に出たミリアを咎める者はいない。あろうことか、父でさえ、その浮気を後押ししていたほどだ。


 その理由は魔術という個人が生まれ持つ超常の力が関係していた。


 ロックバーン伯爵家は鉱山資源の産出領であり、採掘のためには土魔術を利用する。そして採られた鉱石を錬金魔術で加工して販売するのだが、土魔術をケビンが、錬金魔術をミリアが扱えたため、二人が結ばれたほうが領地の発展に繋がると考えたからだ。


(婚約破棄を撤回するのは無理でしょうね……)


 家族全員がエリスの結婚を望んでいないのだ。彼女にできることは唯一つ。家のために首を縦に振るだけ。


(私が魔術を使えたなら、状況は違っていたのでしょうか……)


 人は誰もが魔術を生まれ持つ。十五歳になったタイミングで教会から神託を受け、自分の肉体に刻まれた魔術を自覚するのだが、エリスも例外ではなかった。


 しかし伝えられたにも関わらず、エリスは魔術を使えない。それは魔術のエネルギー源である魔力が完全にゼロだったからだ。


 手に入れた魔術が特別な能力だったため、周囲からの落胆も大きかった。父親からの愛情も次第に妹のミリアに傾き、孤立していったのだ。


「返事を聞かせてもらえるかな?」

「いじわるですね。私に断る権利がないと知っているはずですよ」

「だが君に認められた上で婚約を破棄したいんだ。なにせこれからは義理の姉になる。円満な別れにしたいからね」

「…………っ」


 あまりに自分勝手な言い分だ。エリスは怒りを堪えるため奥歯を噛みしめ睨めつけると、二人に背を向けた。


「私はこれで失礼します」


 婚約破棄を領主である父が認めているのだ。どう頑張っても覆ることはない。


 なら紡ぐ言葉はなにもないし、わざわざ円満な婚約破棄を成立させてやる義理もない。ささやかな復讐のため、エリスは眉間に皺を寄せながらも、優雅に立ち去るのだった。



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