44 奇貨
奇貨とは『史記、呂不韋い伝え』豪商の呂不韋の言葉。中国の戦国春愁時代、呂不韋は趙という国で、不自由な生活をしている秦国の王族、子楚と出会い彼は秦の王位継承者の子だが趙の国に人質に出されていた。
呂不韋は、『奇貨居くべし(珍しい品物だから、買って置いておこう)』とつぶやいて、資金面で、子楚の面倒をみます。
大金を投じ、子楚の父、安国君の妾に取り入り、彼女の口添えで、子楚を跡継ぎにする事に成功します。
王となった安国君が死去し、子楚が王位に就くことに、その功績により、呂不韋は秦国の宰相となり、絶大な権力を持ったとされる。
─── 油屋 ───
昨夜歓迎の宴で、儂は間違いなくこの嫡子正太郎は奇貨であると確信した、儂はこれまでに、多数の国持大名、公家五摂家という位の高い人にも財力の力で会っている、その儂が間違いなくこれは奇貨であると確信した、堺の豪商として、利を求め地位を築いて来た儂である。
ただこれまでに経験した事が無い奇貨である、どこかが違う、この正太郎という嫡子には、いづれ那須の国主になるであろうが、他の大名国主とは違う、別の何かを見ている、支配欲、権力欲、地位、財産と言った類の物ではない。
儂の経験ではそれとは違う確かな物を見据えて動いているという感じだ、何か得体の知れない輩、物の怪という類ではない、見ていて清々しいという嫡子である、さて折角来たのである、もう少し那須の地で様子を見ようと思案した油屋であった。
─── 正太郎 ───
鞍馬の戌より、預かっていた鷲が狩りが出来るようになったと、鷹匠でもある戌(鷹匠の鷹とは、鷹、鷲、など猛禽類の鳥を一様に鷹と呼ぶ)より報告を受け、正太郎は油屋と一緒に戌の元へ行き鷲を見たのである。
「いいですか、この様に長い皮の手袋を付け、鷲の足の前に手を出して下さい、そうです、手を出すと鷲が乗ってくれます、そうでそうです、腕を前に出すと鷲が飛び出します」
「既に、兎、雉も採っております、狩りにも行けまする、若様の腕から放ち狩りを行えば主が若様であると鷲は理解します」
「名前を付けても良いのか?」
「勿論で御座います」
「では、目が青いので、蒼弓でどうじゃ、よし蒼弓じゃ」
「良い名ですな、弓の那須家に相応しい名であります」
「うむ、ではこれからも私に扱えるよう時々教えてくれ」
「それにしても立派な鷲ですな、この油屋も生きている鷲を目の前で見るのは初めてです」
「ええ大きさも立派ですが、体重が一貫半目程あるの(5.6キロ)ですから、若様の腕に乗せるには、ちと重いかと思われまする」
「それなら問題ない、儂の体も成長している、あっという間に大きくなる、だが立派な鷲だ、儂と同じだ、あっははは」
戌と別れた後、油屋と正太郎の職人達の村へ。
「ここが油屋殿で面倒を見て頂いていた職人達が住む、村だ、新しく作った村である、これからも油屋で良い職人がいたら紹介して欲しい」
正太郎が、船大工の幸地に。
「どうであるか、この大きい荷馬車は?」
「はっ、本当に大きい荷馬車です、南蛮ではこの様に大きい荷馬車が使われているのですな」
「ええ、間違いなく使われています、堺の町でも南蛮の船から荷物を移動する際にこれと同じ物を使っています、ただ道が広く整備されているところでの限定された場所になります」
「ここまで大きくなくて良いので、馬一頭で曳ける大きさに工夫してみて欲しい、戦での兵糧運びに使える荷車が必要なのじゃ、馬の背に乗せて運ぶのでは運べる量が少ないのじゃ」
「ほう─ では、戦での兵糧運びに使う目的なのですな、確かに戦場に行く場合、隘路など通らねばなりませぬ、荷駄人足も多く必要でありますからな~」
「兵糧運びだけではなく、負傷した兵士を運んだり、移動を早くするには、人力より馬を活用できればと思う、那須家の領国は野生の馬が豊富におるからそれを利用したいのじゃ」
「解りました、その様にしたいのであれば、馬一頭で荷運びが出来る荷車をこの幸地が作ってみましょう」
戦国時代では、道路の整備が遅れており、他国へ抜ける道路は特に整備がされておらず、移動を困難にさせていた、歴史的には馬車も、荷車も日本では過去に存在したが、戦国時代では、道路が未整備という理由から廃れてしまったのである。
「それと幸地、後で、鍛冶師も呼んで欲しいのじゃ、その荷馬車の車輪に付けて欲しいものがあるのじゃ、明日で構わぬので一緒に来て欲しい」
「はっ、わかり申した」
油屋とは一通り職人村の整備具合を確認し、料理職人、飯之介の所へ行った。
「間もなく稲の収穫が始まるその時に村の者に飯之介が作った麦菓子を1人三枚程褒美にあげたいのじゃが、間に合うのう?」
「全部で何人位でしょうか?」
「だいたいじゃが、五つの村じゃから、一つで70人位かのう?」
「若、それでは少ないかと思います」
「忠義そちは解るのか?」
「幼子からお年寄りまで入れれば1つの村で100人位いるかと」
「そんなにおったのか、では、全部で500人じゃな、多めにあっても困らんので、600人として、全部で何枚あればよいかのう?」
「若様・・・それがし一人ではちと大変です、誰かを仕わして頂けないですか?」
「おっ、それなら、百合と梅にも手伝わせよう、どうせ百合と梅も勝手に食べてしまうので丁度よい、忠義、それでよいな?」
「名案でございます(笑)」
「ほう昨晩頂きました麦を焼いた甘い菓子ですな、あれは皆喜びますな~、ですが、若様、砂糖は高価な物ゆえ、ちと費用が掛かりすぎるのでは?」
「それなら大丈夫じゃ、これからも油屋殿から沢山砂糖を買い付けるから問題ない、銭もなんとかするので、せめて那須家に仕える農民には時々、甘い物でも食べさせてあけたいのじゃ」
(実に変わった考え方をする嫡子である、普通なら農民には食べさせないであろう)
「あと油屋殿が此度お連れになった杜氏職人なのだが、儂はまだ酒の事はさっぱりなので、職人と話し、どの程度の酒蔵を作れば良いか考えて頂けぬか、この村の中であれば自由に場所を選んでもらって構わない」
「あ~あ、職人の四郎衛門ですね、京で有名な酒蔵だったそうです、堺では酒を造っている講がありますので勝手には造る事が出来ません、きっと喜ぶでしょう、しばらく私も逗留させて頂きますので四郎衛門と話してみましょう」
「ここには大工、鳶職人、左官、焼物、飾り職人、他に鍛冶師もいるから一通りなんでも出来ると思う、間もなく稲の収穫も始まるから、それを使って取り組めるので、是非酒造りを成功させたい」
「それは楽しみな村ですな、若様の政を支える村ですな」
「そうなのだ、儂の屋敷もいずれここに作るので寝泊まりでき、城は山城だから上り下りが大変なのじゃ」
「ははは、解り申した堺に帰りましたらまた、良き職人を見繕うておきます」
「もう数日したら、油屋殿に卸す椎茸も届くであろうから、此度、堺からいろいろと買った代金も支払いが出来るであろうからこれからも頼む」
翌日、幸地と鍛冶師が正太郎の元に呼ばれ、正太郎からこれを荷車の車輪に付けて欲しいと依頼された。
「荷車は幸地が作れるだろうが、この鉄の板を数枚重ね合わせ、車輪の上に固定し荷車の荷を乗せてる箱舟を作ればいいのじゃ」
鍛冶師より。
「これは何でしょうか? 少しへの字に曲がっており、その板がそれぞれ長さが違うのですね?」
「これはなあー、道の状態が凸凹していると車輪が壊れるのを防ぐのじゃ、道の穴とか石とか切り株とかにぶつかると車輪が傷付き弱くなり、壊れてしまう、それを防ぐ為の衝撃を和らげる鉄板なのじゃ」
そうです、令和の洋一が戦国時代では荷車の活用が、使用されなくなった時代であり、その原因は、軍隊の移動を困難にし、攻められない様に国主達が道路整備をわざとしなかった経緯に着目し、道路の状態が悪くても、凸凹から受ける、衝撃を和らげる、現代でも使われている板バネを伝えたのだ。
板バネの仕組みは複数のへの字に曲がった、細長い鉄の板、を重ね合わせ作られている、その単純な構造にも関わらず、効果は絶大で、自動車を初め、重さを支える構造体に、衝撃を押さえる仕組みの一つであり、現代でも沢山使われている。
板バネの仕組みを正太郎に伝えるにあたり、那須五峰弓と同じ仕組み、何枚もの木を重ね作られている弓と同じであり、五峰弓が弦に矢を乗せ、曳く時に弓がしなり、その力でより遠くへ飛ぶ仕組みと同じであると伝えた。
「よいか、この様に紙に書いた様に作りその上に荷台を乗せれば良いだけじゃ、まずは何度か試してみてくれ、馬が曳ける重量は、荷車の重さと荷物併せて馬と同じ重量だそうだ、ただそれよりは幾らか軽く荷物は積む予定じゃ」
「では、二人で相談しながら試してみてくれ、これからは、大工仕事も多くなる、鍛冶師も多く必要じゃ、忠義と相談の上、職人の数を増やして欲しい、頼むぞ」
「はっ、仕組みも解り申しました、出来るかと思いますので早速取り掛かります」
よろしく頼む、明年5月に佐竹侵攻に向けて、手を打つ正太郎であった。
洋一は農機具メーカーに勤めている、学生時代も工業系である、工業機器の基本的な構造を知る洋一だからこそ、板バネを伝えたんですね。
次章「兵糧丸」になります。