安寧なる世へ
最終章になります、ここまでお付き合い下さいまして心から御礼申し上げ致します。
「いや~ダメだ! 全身から力が抜けた、梅 済まぬが暫くこのままにさせてくれ!」
「はい、ごゆっくり力を抜いて休まれて下さい、梅が見守っております」
那須資晴は三度目となる湯西川温泉に来ていた、最初に訪れた時は僅か五才の童の時であり今は51才となり何時しか壮年の境を越えていた、話は少し遡るが半年前に資晴は将軍の座を北条氏直に明け渡し隠居の身となった、諸宗寺院諸法度を発布し僧侶達に履行させる為に二年間目を光らさせ監視した上で1608年春に将軍の座から降りたのである、その一年前から代替わりする為に何度も三家と談合を繰り返し次の将軍は北条氏直に決まった経緯があった。
小田守治も勿論候補者であったが江戸の町を作った功労を考えれば北条家で当主である氏直殿が相応しいとしてやんわり断り決着した、資晴の命を削る政に接していた守治は引退後には寄り添う者が必要との判断で幼い頃より共に歩いた戦友としての判断であった。
そして無事に代替わりを終えて見知った者を従えて湯西川の地、始まりの地に訪れていたのである。
湯舟に浸かり寝てしまった資晴、それを見届けそっと湯船から出た梅は侍女達を呼び資晴を運び出し寝床に移した、湯西に訪れてからの資晴は46年間に溜まりに溜まった疲れを解きほぐす様に温泉に浸かっては湯船で寝てしまうという事を何度も繰り返していた、温泉には疲れを癒す効果と日頃の疲れが温泉によって体から出る効果がある、一見似ているが別と言えた、実は温泉の浴場では湯に浸かりながら亡くなる人が多数いる、資晴の様に湯船で寝てしまうケースは一番危険と言える、気持ちの良さについつい目を瞑り寝てしまうと、いつしか脱水を起こし力が入らず放置していると起き上がれずに本当に永眠してしまう。
話は戻るが、資晴はここ数日間温泉に浸かり、山深い山中の湯西の村を散策しては寛いでいた、資晴が湯西に来た理由の一つが政とはかけ離れた世界で気の合う戦友達と平安となった世を噛み締める時間を求めての湯西であった。
資晴の身体を休める休暇とも言える療養期間は三ヶ月間も続く事に、湯西川温泉、板室温泉、最後は鹿の湯に逗留した、鹿の湯は那須家にとって縁の深い温泉と言えた、この温泉が発見された年は西暦630年、約1400年もの昔である、当時は那須国が律令で成立した時代でありまだ氏名としては那須という名は使用されていない時と思われる、所謂那須家のご先祖様のそれ又、ご先祖様の時代である、資料によれば那須高原の茗荷沢の住人だった、狩野三郎行広という人が狩りに出て山中で白鹿にあい、射損じてしまいその鹿を追いかけ山奥に行ってみると、傷を負った白鹿が、湧き出る温泉に浸かって傷を癒しているのを見つけたという、このいわれにちなんで『鹿の湯』と名付けられた由縁である、栃木県内では最古の温泉、全国でも32番目に古いと言われている、公式的にも、聖武天皇の御世である天平十年(七三八年)の正倉院文書のなかに那須温泉の記録が残されている。
※ 私も温泉好きな者で多種色々に浸かっていますが、この鹿の湯程熱い温泉はありません、男湯の湯舟が数種類のマス目に温度別には入れる様になっているのですが、41、42、43、44、46、48度(女湯には48度がない)一番熱い処で48°という恐ろしい温度の湯舟があります、しかし驚くなかれ常連達はその48°の湯に浸かるのです、中にはそれを行く猛者がいてもっと熱くしろと要望する人がいます、普通に火傷する温度です、硫黄の乳白色の温泉、本当に体の芯まで温かくなる温泉です。
── 宴 ──
「太郎よ! 真赤な顔となっておるぞ、儂に遠慮せずに早よ上がれ!」
「何をおっしゃいまする、某にはまだまだ温い湯であります、ご隠居となられ大御所と呼ばれる様になりました上様こそ我慢せずに上がられませ! それに横でくたばった様な顔で入っております山内殿を助けるには上様が上がらなければそろそろ限界でありますぞ!!」
鹿の湯で一番熱い湯に資晴と武田太郎と山内一豊が我慢比べの様に浸かっていた処にある者がブツブツと唱えながら熱い湯に入って来た。
「御三方はまだまだ修行が足りませぬな! 『心頭滅却すれば、火自ずから涼し』という言葉が所詮湯船であります、腹の力を抜き精神を統一すれば湯などたちどころに水となりましょう、今孔明の某が御三方に見本をお見せ致しましょう!!」
と言って熱い湯船に勢いよく入る竹中半兵衛ではあったが・・・入るなり、うひょ~と声を上げ湯舟の中で熱くて暴れ出し、熱い湯が揺れ動いた事で太郎と資晴もより熱くなり湯舟を飛び出してしまった。
「うお~!! この馬鹿者! 熱い湯が一気に纏わりついたではないか!!! 驚いて太郎と一緒に出てしまったではないか・・・えっ!! ・・・誰だ浮いている奴は?・・・」
「一・・・一豊殿です、山内殿が・・・白目となっております・・・・」
「皆で上げよ・・・湯あたりで死ぬぞ!??? 那須家の守り神が湯あたりで死んだらなんと言い訳するのだ!!! 水をかけよ、身体を冷やすのだ!!!」
既に茹蛸となっていた一豊は半兵衛が暴れたために止めを刺され気を失い溺死寸前で助け出されたのであった。半兵衛は半兵衛で胸から下全身をかるい火傷を負う事に。
その後夕餉となりバカ騒ぎが始まる事に。
「軍殿には困ったものですな、あやゆく一豊殿をあの世に送る所でしたぞ!! そもそもいきなり熱いに湯に浸るなど折角この太郎が上様に勝つ所でしたのに!!」
「某途中からの記憶がありませぬ、ただ過去世で何やら大罪を犯し閻魔様より釜茹での刑となっていたような夢を見ておりました!!」
「太郎殿! 某があの場面で浸からなければ一豊殿は閻魔様の処へ導かれておりましたのでしょう、某が暴れた事で実は一命を取り留めたのです、これぞ軍略と言うのです!」
「何を言うか、太郎が我慢せずに早く上がれば何事も無かったのだ、それに一豊も湯舟迄一緒に入らなくとも良い、そちが死んでいたら儂は奥方に何と言って詫びれば良いのだ、温い湯があるのに儂を守るとか言い出し訳の分からん理由で付き合うな!!」
「どうりで先程男湯で騒がれた声はおバカな者達による不始末があったという訳でありますな! 隣にてゆっくりと湯に浸かっておりましたら突如大声で変な叫び声が響き渡ったと思っておりましたが、上様を中心に湯舟でもバカ騒ぎをしていたという事ですね!!」
「梅!! 儂は関係無いぞ!! 儂は被害を受けた方じゃ、太郎と半兵衛が仕出かしたのじゃ!!! のうそうであろうアイン! のうウイン!!」
「いえ・・・最初に熱い湯で儂と我慢比べする者はいないかと・・・申されていました!!」
「な・・な・・何を言うか・・・」
「それ見なさい(笑) はやり下手人は殿でありましたか、あっははははは─、この梅は幼少の頃よりお仕えしているのです、資晴様の事は将軍となり、役目を終えてもあの頃と同じく腕白のままであります、皆も同じく上様の側におりますれば童子に戻ってしまうでしょう、羽目を外した時はこの梅が仕置致しますのでご安心なされ、あっははははは~!!」
一同大笑いとなり楽しい宴は幾日も那須湯本にて開かれていた。
「さて来週には烏山に戻ろうぞ!! 宿題が溜まっておる、そろそろ出来上がっている頃であろう!」
「と言うと、高炉なる物がいよいよ完成したのでありますか? 『たたら』とはどれ程違いがあるのでしょうか?」
「既に南蛮では高炉なる物で製鉄を大量に作っている様なのだ、我らの『たたら』でも鉄は作れるが作れる量が大幅に増えると言う、炉の大きさにもよるが鍛冶師が作る一度のたたらでは一俵程の塊が出来れば充分だが、高炉ではその十倍の塊が出来るという話だ、北条家でも既に同様の高炉を完成させたそうな、鋳物技術が発展している北条家では鉄が足りなくて生産が追い付かず、その為に儂が先に作り方を教えていたのだ、儂が戻った後に火入れを行う手筈になっておる、小田殿も来るそうだ!」
那須資晴は将軍代替わりを終え休養期間を経た事で新たなる課題への挑戦を開始する事に、洋一から授けられていた未着手の技術開発への着手であった、平穏なる世が訪れた後には新し国造りの基礎となる新技術の開発が必要であり、それには大量の鉄が必要であった、戦国時代に生産された鉄の多くは生活で使用する包丁や農作業に欠かせない必需品と戦で使用する武器の類であり限られた物への利用であったが、新しい産業には鉄が大幅に必要になり増産出来ない場合は足かせになる第一の品が鉄であった。
資晴が新しく作った高炉とは反射炉の事であり幕末に西欧列強と列するには大量の鉄が必要でありそれを踏まえた先取りと言えた、資晴は本来新しい技術やこれまでにない物に触れる事に誰よりもその喜びを幼少時より経験しておりその素晴らしさを理解している、那須家の滅亡と言う回避しなければならぬという宿命に抗う中で出会った数々の洋一から授かった知識に助けられその知識を現実の物へと誕生させてきた資晴である、政から距離を置き、年齢こそ51を過ぎたがそこには紛れもない冒険家でもあり発明家でもあり童子に戻った資晴の姿があった、この資晴が新しく挑む新技術は後に産業革命へと歩むこと繋がる、世界史における史実より200程先取りした新時代へと歩むことに。
以上にて那須家の再興 今ここに! を完結させて頂きます。
2023.6.23より執筆した最初の作品がなんとか完結した事に皆様に心から感謝申し上げ致します、がむしゃらに一気に書き始めて一体どんな作品になるのか、完結せずに終わるのか、迷路の中を走り回った感がいがめないですが、取り合えず辿り着きました、本当にありがとう御座いました。感謝感謝しかありません、皆様本当にありがとうございました。
色々な作品を読む中で、いつしか自分も作品を書いて見たいと言う夢から題材はどうしようか? 素人の自分に書ける内容は何なのか? 書きたいけど何から書けばいいのかと言った所からのスタートでした。
読者の皆様には充分伝わっているかと思いますが、題材を考えている内に、そうだ、以前自分の名前である苗字について氏に付いて調べた『今成』という性の由縁を織り交ぜたら面白そうな作品が出来るかも知れない、オリジナル性があっていいかもと言う事で作品の中には私の名前である『今成』という名前を、ご先祖探しも入れさせて頂きました、読者の皆様には無理やり今成という氏名を知って頂き恐縮ですが作中に書きました今成という氏の話はほぼ本当の事を書かせて頂きました。
それともう一つ、作品のテーマである那須家滅亡の回避はどうやって進めれば回避出来るのか? という大難問に挑戦する訳ですが、那須家には那須与一と言う誰もが知る弓の偉人が存在した事で弓を武器に戦国時代を切り開く内容で描く事が出来ました、那須家は小さい家ではありますが、当時5~7万石程度の大名でありながら戦国期一番大きな領土面積を持つ家であったかと思われます、調べれば調べる程、実に不思議な那須家でありました、同盟者に小田家、北条家を選んだ理由も三家とも小田原成敗で滅亡して行く運命の家でありましたので、一緒に滅亡回避の戦友として描きました、それから460年先の今成洋一と軍師玲子の登場で作品にスビートが感も出た様に思います、洋一と軍師玲子には何かと助けて頂きました。最後にくノ一の梅ですが、側室となった梅にも作品を進めて行く中で私の中で情が出て妄想の中ではありましたがしっかりとした人物像に変化するなどある意味カギを握る女性となり、これはこれで梅の活躍を書く事が出来て良かったと思います。
しかし何はともあれ約2年間近く時間を要してしまい、ある意味大作となってしまいました、330章、文字数も約155万となり、恐ろしいの一言です、こんなに長期間となり申し訳ありませんでした、最後までこの二年あまり皆様と作品を通して繋がれました事、改めまして御礼と感謝申し上げ致します。
本当にありがとう御座いました。