関ヶ原・・・5
「あれは儂の知る柴田では無い・・・姿形は見知っている者なれど・・あの覇気は・・・信長様!」
関白側が作った馬防柵の内側に入り柵の破壊工作を手助けする柴田勝家が率いる1000名の兵に対して5000の兵を率いて柴田を屠る為に現れた福島正則であったが、福島兵を悉く薙ぎ倒し先頭に立つ者が敵将の柴田勝家であった事で正則自らが柴田と対峙する事になった、正則は鬼神の如くなる勢いがある荒武者でありその覇気は全身から漏れ出す阿修羅であり関白軍では飛びぬけた若武者の一人ある。
勝家に向かって槍を合わせ襲い掛かるも正則の槍を受け流し身をかわした事で今度は自分に槍が向かって来ると身構えたが予想に反して正則を睨みつける勝家の姿がそこにあった。
福島正則も柴田勝家の事は良く知っているがそれは織田家の中で信長の重臣としての姿であり当時の正則が話しかける事が出来ぬ遠い存在であった、しかし今は関白の下で数々の戦場で先頭に立ち1対1で自分より勝る者はいないと自負していた。
この時、勝家は既に68才の老将、正則は29才、脂の乗った働き盛りである、正則は槍を数度打ち込むも勝家は槍先を払い攻撃の姿勢を取るものの自らは正則をけん制する程度の攻撃しか行わなかった。
勝家が積極的に正則に攻撃しない理由は外側で馬防柵を取り払い打ち壊している佐竹軍の為であった、それは柵を破壊する時間稼ぎの為であった、馬防柵は幾重にも張り巡らされており馬防の柵である木の柱を地面から引き抜くのが一番良い方法ではあるが大人数人がかりで行う必要がありどうしても時間を要していた。
勝家も自分が若き頃の猪野武者であった、であれば正則が対峙した以上飛び掛かり数合槍を合わせればどちらかが倒れる事は充分知り尽くしている、本来であれば戦場に起つ年齢では無く隠居している身と言えたが、敵が秀吉であれば全身から血をたぎらせその覇気を覆い阿羅漢となる勝家。
「何故其方は堂々と立ち合わぬ! 某の知る柴田と違うまがい者なのか!!」
「正則よ!! 地を這う鼠に大空を飛ぶ鳥の気持ちは解らぬであろう、お主は逆賊の配下、儂は大志を懐く鳳凰の配下よ!! その違いを解らぬお前では儂の相手に成らぬ、すぐさま取って返し犬千代《前田利家》を呼ぶが良い!!」
「逆賊は貴様じゃ! 殿下に敗れて腹も切らずに抜けしゃーしゃーと生き恥を晒し年老いた姿で戦場に赴くとは片腹痛し! 戦う気が無いなら見逃す故引き下がるが良い!」
5000もの兵を後ろに控え槍を数合攻撃するも老練なる技でかわされ攻撃している自分が追い詰められている事で激しい言葉を投げかけ柴田勝家を挑発するも誘いに乗らぬ事でかえって焦る正則、二人のやり取りを見ていた前田利家は、既に柴田の掌で泳がされいると判断した、小田原成敗時に勝家と対峙し傷を負って敗走した利家には柴田が自分の知る柴田では無く槍技の動きも避ける事が出来ない機敏なる攻撃であったと・・・このまま正則が勢いだけで勝てる相手では無いとの判断で前田利家も部隊を率いて押し上げる事にした。
戦場の動きを見ていた半兵衛は前田の軍勢が柴田に向かい始めた事でここぞとばかりに軍配を上げ合図を後方で待ち構えている大筒隊に送った! 目標は前田の軍勢15000目掛けて大筒200門が50門づつ4回に分けて榴弾を放った!!
「ドン ヒュ~~ ドカン! ドン ヒュ~~ ドカン! ドン ヒュ~~ ドカン!ドン ヒュ~~ ドカン!」
突如天空に稲光とも言える雷光が光ったかと思ったら轟音と共に礫の黒い雨が回避出来ぬ速さで前田隊に襲い掛かった、砲弾の近くにいた者は全身に礫を喰らいのた打ち回り絶命した、榴弾は石火矢と構造は同じであるが力ある大筒から放つ事が出来る為遠くに飛ばせることが出来る、直径20cm程の大きい砲弾が、弾の中心に火薬、その周りに鉄砲と同じ鉛玉を敷き詰め一度に200発の鉛玉が炸裂する強力な榴弾と化していた、簡単に言えば花火の構造と同じであり炸裂する事で鉛玉が200m四方に飛ぶ広範囲の敵を襲う砲弾が前田隊を襲った。
一度に一万発の鉛玉が4度に渡って稲光と共に轟音となって黒い礫の雨に襲われた前田隊は阿鼻叫喚の悲鳴を上げ瞬く間に混乱の渦となった、前方でのた打ち回っている足軽達に動ける者は急ぎ後方に下がるように退き太鼓を打たせるも悲鳴が響き渡る混乱の最中では何処に逃げて良いのかも解らず動ける者は四方に散りその場を離れる事で精一杯であった。
その様子を見ていた佐竹も大方馬防柵を取り払った事で勝家の部隊に合流すべく移動を始めた。
移動し始めた最中に今度は那須側の本陣より戻る指示の退き太鼓が連打された、それと併せる様に関白側の本陣でも退き太鼓が連打されていた。
「正則!! 命拾いしたな、そなたに槍捌きを教えて進ぜようと思ったがどうやら退き太鼓のようじゃ、明日迄その命預けた! 大事にするが良い!」
「命拾いをしたのはお主ぞ! 首を洗って出直してくるが良い!!」
本陣からの退き太鼓という事で勝家は佐竹と共に戻らざる得なかった、勝家側が正則の攻撃に耐え、佐竹が粗方馬防柵を取り払った事は本陣にも伝わっている事であろうが、大筒の攻撃で敵勢多数に被害を与えているにも関わらず退き太鼓が連打された事で何やら異変が起きたと理解した勝頼と佐竹であった、その異変とは!
「本当か! もうそれほど時間が無いと言う事か?」
「御屋形様! 関白側にもこの話は伝わっているかと、となれば我らに残された時間は明日一日となりましょう、幸い馬防柵は取り払われております、ここは佐竹殿達を戻らせ明日の攻撃に備えた方が宜しいかと思われます」
「御屋形様、この忠義もそれが宜しいかと、我らだけで対処する事になっておりましたが皆々様の気持ちを考えればもう待てぬとなったのでありましょう、逆の立場であれば我らも同じ行動をしていたかと、ここは明日一日に全ての力をぶつけましょうぞ!!」
「既に向かっているという事では止めようが無い、半兵衛と忠義の言う通り明日一日で決着をつけようぞ、退き太鼓で陣に戻るように!! 退き太鼓を頼む!」
此度の戦では那須軍が関ヶ原で戦準備をしてから実際に開戦するまでにそれなりの日数を要していた、那須資晴が天下取りを宣言した事で他家にはなるべく迷惑はかけたくないとの理由で最初は那須家だけで戦う事を了承させていたが、戦闘が開始された事を知った北条家と小田家が関ヶ原に向けて進軍を開始したとの知らせが入った、両家は何時でも動けるように三河の地、徳川家の領内に駐屯しており動けば一日で戦場に辿り着ける近場に待機していた。
呼吸を合わせるかの如く上杉家と津軽安東家、那須ナヨロシクが率いる蝦夷軍の一団の連合軍も敦賀より関ヶ原に進軍を開始していた、北条家、小田家、そして上杉連合軍も多数の忍びを配置しており那須軍の動きを逐次報告されていた、那須側でもその動きを忍び達の活躍で知る事が出来ていた。
明日の決戦は夜明けとともに関白側に那須軍の攻撃に特化した12将が鋒矢陣で一斉に攻撃を仕掛ける事になった。
その一方で夜襲の警戒する中、那須資晴の下に居る筈の梅の姿は空本陣がある南宮山の偽本陣に篝火を焚きあたかもここに大将の那須資晴がいるという芝居を演出していた。
何故側室の梅がそのような芝居をしているのか? それは鞍馬の忍びより重大な知らせが入った事で那須資晴には知らせずに一部の忍び衆を梅が率いて南宮山にある偽本陣に向かったのである。
梅は側室ではあるが那須家の奥室を陰から護る侍女長でもあり更には資晴を幼少期より側に仕える侍女でもありその実態は資晴を守るくノ一である、此れまでに那須資晴の下で数々の功を上げており何時しか梅の差配である程度の事は資晴の了解を得ずに動けるほどの側室が梅である、その梅が動いた。
── 滝川一益 ──
滝川一益は毒の入った麦菓子で一命を落とす所を那須家で介抱され命を救われた経緯がある、身体が回復した後に本来であれば織田家に戻る事になっていたが那須資晴の計らいにより那須家の客将として仕えていた、何故織田家に戻らなかったのか? 資晴から信長が変により命を失い、秀吉が台頭し織田家を乗っ取るという未来に起こる話を伝え一益もその渦中に巻き込まれ滝川家は居場所を失うとの話を聞き、それは誰も抗う事が出来ない流れであり織田家に戻れば命運が尽きるとして戻る事が出来ずにい滝川一益であった、滝川一益は信長の耳目である忍びを差配する頭領でもあった事から関白側には間諜として忍び込ませている配下の忍びが多数潜んでいた。
その滝川配下の忍びより火急とも言える事態への備えが必要な報告が小太郎から梅に知らされた、関白側の忍びである鈴木孫一が暗殺を得意とする手練れの忍び衆が放たれたと言う報告がもたらされたのである、相手が暗殺の手練れた忍びであれば変装も声音も自在に操り容易に那須資晴の近くに忍び寄る事は容易であり防ぐ事は簡単に出来ないと判断し梅と鞍馬一党が動いたのであった。
一益の忍びからの報告では得物以外に鉄砲に長けた忍びもその中にいるであろうと、鈴木孫一が率いる忍び達は鉄砲を得意とする忍びが多い事も伝えられた。
鈴木孫一は小田原成敗時にも北条側へ暗殺計画を立てていたが籠城戦となった事から城内へは北条側の忍び風魔が多数いた為に断念していた、しかし今回は野戦での戦という事もあり那須資晴を亡き者にする計画が図られ深夜に襲う事にした、又三河から北条と小田の軍勢が関ケ原に向かっているとの報告も入り暗殺するには今夜しか無いと判断して動く事になった。
「小太郎! 準備は大丈夫であろうか?」
「案ずるな梅! 鞍馬の精鋭を四方に配置しておる、飛び道具の鉄砲でも問題は無い、それにしても御屋形様の金ピカなる鎧を儂が着る破目になるとは、鞍馬の戌も銀ピカとは笑えてしまう、御屋形様もよくこの鎧を着ておると感心致した!!」
「似合っておるでは無いか、その横に妾がいる事でここが本陣と判断するであろう、後は時が来るのを待つだけである、頼んだぞ小太郎!!」
南宮山の偽本陣には疎らに足軽に見立てた忍びを配置し、多数の篝火と主人がいる天幕を張り巡らし外からはここに那須資晴がいる偽本陣を見事に作り上げていた。
那須資晴には暗殺の計画がある事を伝えず戦の邪魔に成らぬ為に南宮山の偽本陣で休むと伝え、小太郎は明日に備えて周囲警戒を行うと理由で資晴から離れる事に、そして深夜南宮山で忍び同士による影の戦いが始まる事に。
「間もなく闇に乗じて複数の影がここに向かっております!!」
「良し!!では儂が陣幕の外に出て皆に指示を出す! 梅と菊はその衝立に身を・・うむ、そこであれば弾が届きませぬ、菊は梅を護るのじゃぞ!!」
「お任せ下さい、梅様は菊が護ります!」
「何を言うか、妾は大丈夫じゃ、自分の身は己で護る!! 菊は菊で用心致せ!!」
菊も幼少時より梅付きの侍女であり鞍馬の者として長年付き従っているくノ一である、その昔那須資晴が城下町で暗殺されかけた際にその場に居たくノ一の一人である。
「影が500間の所まで来ております、用心して下され!!」
忍び達は夜陰に紛れて動く影であり暗闇で忍び同士が遭遇すれば戦う事を前提に幼少時より調練されている当然と言えば当然の事と言えた。
その距離200間と迫る中、犬の鳴き声と共に篝火に水が掛けられ灯が消された事で孫一達の忍びが暗殺計画が露見していると察知するも辺りは一斉に静まり還り南宮山は暗闇に支配された。
漂う静かな暗闇に身を付して地面に耳を当て気配を探る鞍馬達、小太郎も身を屈め地面から伝わる地音を確認していた、最初に動いたのは戌が操る狼が暗闇に向かって動いた、その後を追う獣使いの申が走り出した。
狼の聴力は10キロ四方、嗅覚はその倍の距離と言われている、僅かな気配を察知し動く狼、動いた狼が暗闇の中で止まりすぐさま飛苦無を狼が見つめる暗闇に投げ打つ申、暗闇に溶け込む苦無から僅かなうめき声が聞こえた。 忍び同士の戦が開始された合図であった。
やはり北条家も小田家も我慢出来ませんよね、上杉家は立場上管領家と言う名誉職もある建前じっとしてられません、いよいよ決戦ですね。
次章「関ケ原・・・6」になります。




