286 公家の立ち回り
小田原成敗が失敗に終わり劣勢になりつつある関白軍の状況に合わせて正親町上皇と後陽成天皇は示し合わせ公家の山科言経を使者として派遣する事にした、官位は正二位であり最上級者の一人である、朝廷における官位の仕組みに各階級に従→正へと昇進して次の位に上る事になるが、本来はこの正二位までが上れる階級とされていると言っても良い、では従一位又は正一位、他に同等の贈正一位という存在が存在する!?
贈の位は主に亡くなった後に名誉職として昇進される際に多く利用される。
正二位から上の位、従一位又は正一位、同等の贈正一位へと昇進する場合には関白や太政大臣、あるいは征夷大将軍として功労をなした者その他、国家に対する偉勲の著しい者が叙されている。ただし、生前に叙された者は史上7人のみ、ほとんどが没後の贈位として用いられている。
では秀吉の官位はどうなっているのか? 官位は従一位、関白職となっている、即ちこの時点で位は一つ下の官位である山科が最適と言えた、山科以上の官位を持つ使者を送るとなれば最早先の天皇である上皇か帝しか見当たらないと言えた。
※ 余談だが秀吉は死後300年を経て贈正一位という最上級の官位をえる事になる、徳川幕府の江戸時代では秀吉の豊国神社は破却され荒れており見る影も無かったとされる、江戸時代は当然家康を祀る時代であり秀吉の成した偉業は否定されいつしか庶民も忘れていく事に、しかし時代は変遷し明治維新という革命が起こり武家社会は終了する、明治元年、明治天皇によって豊国神社が再興される、そして官位、贈正一位が送られる事になる。
何故か? 日本は欧米列強に対して富国強兵政策と朝鮮と中国への進出を行っていく上で秀吉の行った朝鮮出兵を正当化し、国論を誘導する為に秀吉を利用する事にし秀吉が再び英雄として明治期に蘇ることになった、そこで態々贈正一位の官位を授けたという裏話がある(やや所説あり)。
朝廷から使者となった山科は明智十兵衛の軍勢8千の内4千に守られ小田原に向かう事に、山科の役目は戦の仲介であり和議を結ばせる事ではあるが史実で行われる朝鮮出兵を回避させる為に内密に対抗出来る三家の力を温存させ、秀吉には名誉の撤退という形を取り実質は三家の勝利とする仲介の使者であった。
「山科様 戦が三家に有利な展開となっている模様です、山科様の話も少しは関白様にも通じるやも知れませぬぞ!」
「普通であれば麿の言霊が響くであろうが元は百姓から殿上人に上り詰めた者ゆえ社会の規律に疎い処が関白には見受けられた、余りにも早い出世の連続が人を見下している傾向が見受けられる、上の者には従う振りを取り下の者には厳しく威圧する性を持っている、果たして素直に話を聞くか難しいと麿はみておるのでごじゃる!」
「では三家側の勝利が確定となってからの方が良いでありましょうか?」
「そうかも知れぬ、何度か朝廷を支える費えを話した際にあの強かさ《したたかさ》は見習う処が多々あった、素直に聞き入れたかと思えば別の事を腹の中で考え何かを欲しがる、武家の者でも無い、公家の欲とも違う、底が見えないという事がこれ程怖いと何度か感じた事があるでごじゃる!!」
「話を聞く限り守銭奴の如く聞こえますが、殿上人になっても貪る性をお持ちとは他の者には言えぬ話でありますな!」
「先ずは戦の経過を三河殿にて厄介となろう、其処であれば早く動けるでありましょうぞ!!」
「はい、既に徳川様からも是非にお寄りくださいとの返書が届いております、では山科様これより参りましょう」
頃合を見計らい和議仲介に向けて動き出した朝廷、三河徳川家に向けて出立した。
── 真壁VS秀長 ──
「してこの先一里の処であるな?」
「そうであります、見た処敵勢は我が方の軍勢とほぼ同じかと、配下の者が小田原より急ぎ関白側に合流すべく急ぎ向かっているとの事です」
「では夜半休みなく向かっていると言う事であるな?」
「はいその通りであります!」
「ぶつかる地点に案内出来るな!?」
「問題ありませぬ」
「うむ、待っておれ!」
「殿!! 真壁の殿!! 忍びより吉報が届きました、この先一里の処に関白の弟君であります、秀長殿の軍勢が小田原より富士川の関白軍に合流する為に夜半休みなく行軍しているとの事であります、敵勢と我らはほぼ同じ軍勢であると、敵勢は恐らく小田原に居る事に不安となり関白本軍に合流を目的としております、軍勢は同じでも兎の軍勢であります、我らは狼となり腹を満たせます、幸先の良い獲物と思われます、如何致しますか?」
「おう!! 丁度良い獲物がこの先一里の処にいると言うのであるな、間もなく日が落ちる二手に別れ、真田は道を塞ぎ攻撃を致せ!! 我は山側より獲物を追い詰め仕留めよう、まさか襲われるなど考えも付かぬであろう、それと兵糧などあれば全て燃やすのだ、敵に飯を食わせてはならぬ!!」
「ではこの者が殿を案内致します、我らは途中で南下し道を塞ぎます!」
「うむ、戦場で逢おうぞ! やっと出番が回って来た、そろそろ疲れていた頃よ!! 助かったわ!! あっははは、ではこれより進軍致す、篝火は不要じゃ!! 全軍進むのじゃ!!!」
小田家きっての戦神、真壁は那須資晴とは合流せずに富士川を渡り富士の裾野を通り敵を求めて行軍していた、そこへ一里先に小田原より関白の本軍に戻る豊臣秀長の軍勢を見つけ出した、これまで小田原から富士川手前一帯まで全てが関白側の支配地域であった為によもや敵勢が現れ襲われる事など考えも及ばない秀長に鬼が襲う、軍勢の規模はほぼ同じなれど、襲う気満々の真壁と単に合流を急ぐ秀長、果たして結果は如何に! そして半刻後。
「大納言様! この先に何やら軍勢がおります、篝火を焚かずにおるとの事です」
「ふむ! 先触れの知らせを聞き、兄上が使いを寄こしたか?」
「この先とは如何程の距離じゃ?」
「凡そ半里の処であります」
「ふむ、では何処の者が迎えに来たのか確認するが良い、夜道し歩き疲れた我らはここで休む、あと一里半で兄上と合流となる、皆を休ませるが良い!!」
この時代の移動は全て歩きであり騎馬に乗れる者はほんの一握りであった、街灯も無く篝火を灯しての夜通しの移動は決して楽なものではなく難儀と言えば難儀な行軍と言えた、豊臣秀長は関白に次ぐ位の大物であり、その軍勢が本軍に戻るとなれば迎えの軍勢を派遣する事は当然の事であり礼儀と言えた。
「お迎えの儀ご苦労様であります、してお迎えは何方様でありましょうか?」
「大納言様の使い者でありましょうか? お役目ご苦労様であります、主人が陣幕におります、先ずはこちらに来て下され、茶を用意しております」
「これは忝い、では案内を頼む!!」
大納言様の使者という事で茶が出される事に訝しむ様子もない使者、陣幕に通され対面する事に!!
「御三方が御来使者でありますな、夜半の中ご苦労様であります、某この部隊を預かる真田と申します、先ずは茶を用意致しました、ささどうぞお飲み下され!!」
「真田様でありますな、折角の茶であります、ありがたく頂きます!!」
「夜半でありましたので夜が明けてから大納言様をお迎えと思案しておりました、このような夜半にお迎えしては失礼になるかとここで待機しておりました、大納言様はお疲れになっておりましょうや? お大事無いでありましょうか?」
「流石に大納言様もお疲れのご様子です、しかし皆様が来た事で一安心される事でしょう、ところで真田様は何処ぞの家の方でありましょうか? 西国の家の方でありましょうか、某知識不足ゆえ失礼でありますが何処ぞの御身内の方でありましょうか?」
「何ご安心下され!! 御三方はこれにて命が守られました、某の名を知らぬが当然であります、ご安心下され!!」
「はっ? 我ら三名の命? ・・・なんの事でありましょうか?」
茶を飲み一安心している中で突如後ろに現れた真田の配下に一気に捕縛され狼狽する三名。
「何事で御座る、我らは大納言様の使者でありますぞ!! そなた何を勘違いしている、只では済まぬ事になるぞ!!」
「お静かに!! 何も勘違いで御座らぬ、我らは小田家の将、真壁様の配下の者である、我は真壁様の右腕真田である、そなた達は我らの敵である、しかしご安心下され、御三方の命は某が保証致そう、使者を殺しては家名に傷が付く、残念でありますが間もなく我が殿が大納言様へ襲い掛かる、御三方を連れ出せ!!」
「豊前よ、兵を1000残して行くゆえ後に馬防柵を作れ! 関白側の迎えの兵をこの先に進めてはならぬ、真壁様が攻撃を開始すれば敵がこの道を通り逃げて来るであろう我らは先に進み挟撃致す、討ち漏らした際は捕縛するか仕留めるかするが良い」
「真田様判り申した、この道を一兵たりとも通させ致しませぬ!」
「出浦!! 用心のために三ツ者《甲州透破》を放て、関白側が危機を知れば大軍を率いて来るであろう、その際は豊前と儂に知らせるのじゃ!!」
※ 三ツ者とは真田家の忍びの者達の事である、忍びの頭領は3名おりそれぞれが指示を受け三ツ者を動かす、真田家は独自に独特の忍びの集団を抱えている。
「はっ、判り申した!!」
── 北条の追撃 ──
「よもやこの様に城を開放して頂くとは感の極まりであります、上杉殿、津軽安東殿、那須ナヨロシク殿、この通り感謝致します、ありがとうございます!!」
「なに、まだまだで御座る、我らは那須資晴殿も知らぬ全くの伏兵で御座る、敵の半数は小田原に向け逃げている様である、城の囲みは解いたがその先には道を防ぐ敵兵が多くおります、夜が明けましたら再び我らは敵勢を追いかけます、先ずは城を囲っていた者達は薙ぎ払いました、これで一安心であります!!!」
「実に忝い、この御恩は何れ!! 我らも一緒に出張りたいが差し支えないであろうか?」
「勿論であります、味方が多いに越した事は助かります」
「ではちと遅いですが夕餉など是非に、御連れの兵にも急ぎ夕餉をご用意致します、先ずは城内にて休んで頂きたい!」
上杉連合軍によって小田原の城を囲っていた秀長の軍勢を追い払い北条家と合流した連合軍、追い払われた秀長勢は連合軍の追撃を迎え撃つ黒田官兵衛と豊臣秀長の部隊に別れ秀長は関白本軍に合流すべく向かう事に、夜が明ける事で黒田には上杉連合軍と北条家の軍勢が襲い掛かり、秀長には小田家の猛将真壁が襲い掛かる事になる。
「おう、あれが豊臣秀長の軍勢であるか、しっかり寝静まっておる!! まさか襲われるとは思ってもおらぬであろう、足音を立てずに扇を作れ半円にて囲みゆっくりと進め、儂の合図で一斉に火矢を放て! 火矢を放った後に一斉に襲い掛かれ!! 進め展開しながら進むのじゃ!!」
未だ夜が明けぬ中、秀長勢は道を塞がれ囲まれてしまう、そこへ合図と共に数千の火矢が放たれた!!
突如燃え上がる陣幕と悲鳴の数々が響き渡る。
「夜襲じゃ!! 夜襲ぞ!! 皆急ぎ起きろ!! 敵襲じゃ!!」
「銅鑼を鳴らせ!! 騒乱の戦場を作るのじゃ、さあ獲物が目の前ぞ!! 襲い掛かれ!!」
関白本軍手前一里半の近くで安堵して寝静まっていた秀長軍、本来ここに敵勢など全くいない場所であり関白軍が支配している地であった事が大きい油断を招いてしまった、秀長の特徴は活発な兄とは対照的に、秀長の性格は温厚で控えめで真面目、四方にバランスに長け、天下人となって諫める人が誰もいなくなった秀吉の弟として豊臣政権最大のクッション役であり名代という立場であり戦では危険な場へは秀吉も用いてはいなかった、秀吉最大の理解者であり支えである、その最大の無くてはならぬ最大の理解者秀長が危機に陥る。
「敵の大将、豊臣の秀長殿と思われる陣幕を見つけました、この先500間余りの処に陣を構えております、如何致しますか?」
「玄蕃でかした、良し我らをそこへ案内せよ、残りの者は目の前の敵を薙ぎ払い倒すのじゃ!!」
時同じくして小田原城から黒田の部隊に向けて総勢5万の軍勢が出陣した。
使者の山科がどの様な采配をするのか楽しみです。
次章「窮鼠」になります。




