284 大一番
上杉連合軍が小田原へ向けて南下する中もう一つの援軍が那須資晴の下に軍勢を引き連れて向かっていた、小田家の真壁である、大阪城を5万の軍勢で包囲し籠城するなら攻撃はしないとの約定を交わした事で2万5千を残し、精鋭を真壁が鍛えた強者を引き連れて一路富士川に向け進軍していた。
那須資晴の軍勢は約6万であり騎馬が中心の那須家独特の軍勢であり如何に強いとは言え、仮に関白側が富士川の土手を超えた場合に苦戦に陥る可能性も考えられた、そこで当初より大阪城内にいる関白側の予備兵が籠城と決まった場合は小田家の真壁部隊が援軍として参戦する事になっていた、真壁の2万5千が加わると言う意味は実に大きいと言えた。
橋が完成し早朝より慎重に渡り始める関白軍、河川敷に生い茂っていた葦は焼き払われており那須側の兵が土手にいるのが確認出来ており無事に渡れると確信した秀吉。
「早く推し進め、渡るのじゃ! 那須は土手から眺めているだけぞ、急ぎ河川敷に陣を作るのだ!!」
「三成! 陣が完成したら長柄足軽を一気に走らせ防備を固めよ! さすれば固めた陣ごと一緒に土手を駆け上がるのだ! 土手に辿り着けば此方が有利となる、後は那須資晴の首を串刺しにすれば良い!!」
関白の考えは橋を渡らせ那須の強い弓攻撃を強固な盾兵と鉄砲隊で防ぎ更に長柄足軽の槍衾で騎馬隊の突撃を防ぎ押し進み土手を支配する事で一気に有利な展開となると考えていた、しかし那須資晴の考えはやや違っていた、関白側が橋を渡り土手を仮に死守しても背には富士川があり土手を支配する関白側の兵は多くても2万程度あり多くの部隊は六本の橋では10万以上いる軍勢を渡らせるには時間を要するであろう、その渡り切る時間を利用して関白側の兵を削れるであろうと予想していた。
関白側には背を水辺となる背水の陣は出来ぬと、その覚悟が足りぬと、覚悟がある軍勢であれば軽装の長柄足軽は徒過にて川を一気に渡らせ那須側を圧倒する筈だと読んでいた、それが出来ぬ理由は関白側の軍勢は西国大名達からなる寄せ集めであり危険を伴う徒過による川を渡る命を出せていなかった。
那須家の部隊は10年以上前より臣従を誓った家の者達で構成されており、その間に多大な恩恵を受けておりその恩を返す一大チャンスとの高揚感に包まれた覚悟有る軍と言って良い。
「橋を渡り始めたぞ、射程に入れば容赦せずに矢を放て、大五峰弓も容赦せずに打ちこめよ!!」
那須家の迎撃が始まる中、資晴の下に富士川太郎が訪れた。
「何! 富士川の太郎が来たと? 戦の最中に来るという事は儂に伝えたい事があるのじゃな、ここに通せ!」
「那須様、戦の最中なのに申し訳ありませぬ、実は以前より富士川上流に堤を作り関白の兵を流す策をしておりました、那須様の戦とは別に我らは我らの戦と考え支度をしておりました、某の合図で堤を何時でも壊せます、その場合に那須様の軍勢に被害があってはならぬと考えまかり越しました、大丈夫でありましょうか?」
「なんと太郎殿、そのような策を作っておったのか!? ちとまっておれ、半兵衛! 我らの部隊で河川敷にいる者達はどれ程じゃ?」
「恐らく和田衆が100名程各所に配置しております」
「その者達を引き上げるのにどれ程の時間を要する?」
「広く配置しておりますので一刻程必要となります」
「太郎殿はここに留まっていても不都合は無いか?」
「大丈夫です、某のこの旗を振れば堤まで連絡が繋がります、ここで旗を振るだけで大丈夫であります」
「では富士川太郎殿の助力に乗っかる事と致す!! 太郎殿この本陣にて戦模様を我らと一緒に見ているが良い、これだけの大戦であれば中々見れる物では無いぞ! そちの血も騒ぐであろうが共に見守ろうぞ!! それと和田衆を急ぎ河川敷から引き揚げよ!」
意味深な発言と那須資晴の懐の深さに感銘する富士川太郎《徳川信康》史実通りであれば既に亡くなっているが三家の不思議な輪廻の中で生き延びる事が出来た太郎である。
── 銭ゲバ ──
「ウハウハであるな本多よ! 戦とはこのように儲けられる旨味があったのだな、関白様様であるな、万々歳じゃ! お主も借金は返せたであろう!!」
「某もお方様のお陰で庄屋に借りておりました銭を全て返す事が出来ました、お方様に足を向けて寝れませぬ! 感謝感激であります!!」
「おう! それよそれ、儂も奥方には感謝しかない、儂も足を向けて寝られぬ、こうなったら一緒に大量の銭を抱いて北枕で共に寝るか? なんてな、あっはははははー」
那須家の忍びが運営している『しおや』を通じ米酒等の兵糧を相場の三倍で売りつけた事でそれまでの借金が帳消しとなり大量のあぶく銭を手に入れた徳川家康と本多は戦の勝敗とは関係ない処で勝利感に漂っていた、そのだらしない状態が奥方である正室のお田鶴のお方の耳に入り折檻を受ける二人であった。
薙刀を手に銭を山のように積んだ二人が談笑している間に襖を一気に振り払い登場した。
「貴様ら!! 天下の戦の最中に何をしておる!! それでも三河武士か!! その銭は銭であっても貴様らの銭では無い、その卑しい根を叩き切ってやる! 本多!! 貴様は何時からそのよう銭ゲバとなったのじゃ! 返答によってはその首を薙ぎ払う! 返答や如何に!」
突如乱入した家康の奥方に驚き、銭を山のようにして談笑していた自分を銭ゲバと罵られ一気に青ざめている処へ、横から家康が脱糞を堪え助け舟を出そうと一言。
「済まん済まん、決して我ら二人はお田鶴が心配するような事はしておらぬ、のう本多! 」
「ほう吐いたな!! 二人がここ最近銭を見つめ酒を飲み何やら儲けた儲けたと嘆かわしい痴態をしていると妾の耳に入った、それと先程襖の向こうで聞き耳を立てておれば妾に足を向けて寝れんと申しておりましたね!! それと銭を抱いて北枕で二人して寝るとかなんとか聞こえておりましたが!? そのキンカン頭でよく考えてから説明してみて下され、妾が納得しない場合は覚悟を決めて下さい!!」
やばいこれは大変な事になった、本多は智才ある徳川家の軍師であり頭脳として常に家康の横におり徳川家の舵取りを担う責任者であった、苦しい台所事情が一気に好転した事で家康に追従してしまった、さらに奥方の怒りはあの危険な臭いが部屋中に漂い始めている、このまま行けば主君である家康は又もや三度目の脱糞という醜態が、なんとしてもそれは避けねば成らぬと一気に頭の巡りを回転させ正しい答えを導きだした。
「お方様それはお方様の勘違いであります、この本多がその勘違いを正しましょう!!」
「なんだと妾の勘違いであると・・・ではその勘違いとやらの説明を願う」
「はっ! 確かに某と上様の二人でここ最近この銭を見ては喜んでおりました、降って沸いた銭を見て大喜びしておりました、その事については言い訳はありませぬが、何故そこまで大喜びしていたのかと言いますと、この銭はお方様の発案による米転がしで得た銭であります、お方様あっての銭となります、この喜ばしい銭をお方様に預ける事が出来る事を二人して連日喜んでいたのであります、という訳であります、どうか怒りをお納め下さいませ!!」
「むむむ・・なんと妾にこの銭を渡すというのか、それは殊勝な心がけである、これは済まなかった、妾の勘違いという事じゃな!! では遠慮なく頂こう、政で必要な場合は妾に相談するが良い!! 上様 怒った事は許されよ! 妾の勘違いであった、後ほど侍女に運ばせる! 失礼致した」
少し尻から脱糞していた家康、真っ青な顔から真赤な顔色に変化し、プルプルと震えだし奥方が退出した後に、その怒りを本多に向けた。
「本多!! 本多!! この馬鹿者! なんであのように答えたのじゃ!! 折角の銭が無くなったでは無いか!! もっと良い返答は出来なかったのか!! 知恵者の本多が何故あのような返答をしたのじゃ!!!」
「殿! 今の話聞き捨てなりませぬ!! なんならこれより殿の意見をお方様にお伝えしましょうか?」
「馬鹿を申すな!! 儂が本当に北枕となってしまうでは無いか!! 良い知恵は無いのか銭を取り戻す知恵は?」
「殿は目先しか見えておりませぬ、先程の銭は幻であったのです、本当の銭はこれから降って沸きまする、ご安心下され!!」
「何? これから銭が湧くじゃと、どういう事じゃ!!」
「行きはよいよい帰りは怖いであります、先程の銭は関白側の小田原に向けての往路で得た銭です、往路があれば復路があります、往路での益では家の借財が解消され、さらにお方様に献上した事で徳川家の運は天に昇る勢いとなりました、そして復路でも帰還する為の兵糧を今度は相場の4倍で売りつけます、その益は全て殿の銭となります、その銭で遅れておりました配下の者達の給金も充分に支払う事が出来ます、それでも充分に先程と同じ銭が殿の懐へ入る算段であります」
この日家康は三度目の脱糞から免れ危機一髪の大一番を乗り越えた。
── 水攻め ──
富士川太郎からの水計の備えがある事を聞き、六本の橋を渡る関白側への攻撃を弱め、河川敷に陣地構築が出来るように態と仕向けた。
「御屋形様、関白側が橋を渡り間もなく陣が出来そうであります、橋にも足軽が長蛇の列となっております、和田衆も引き上げました、そろそろ宜しい頃合かと思われます」
「ふむ、では太郎殿合図の旗振りを頼む!」
「判りもうした、では」
太郎が陣幕を出て旗を振り始めた、太郎の旗振りを確認した河原者が次々と旗を振り水を貯めた堤で待機している物見にも旗が振られた事を確認が出来た。
「合図が来たぞ、堤を壊せ! 太郎様より合図が来たぞ、堤を壊すのだ!!」
堤の堰を抑えている綱が次々と切られて行く、満杯に溜まっていた貯水は一気に濁流となり流れて行く、富士川の特徴は日本を代表する急峻な傾斜から出来でいる河川でありどの河川よりも流れは速いとされている、一気に流れて行く有様は川の砂や砂利を舞い上げ岩をも飲み込み真っ黒となりあたかも黒龍が駆け抜けていく恐ろしい光景であった。
関白側の軍勢は六本の橋を盾兵、鉄砲隊、長柄足軽多数が渡り切り防御の陣を築き本隊の合流が始まっていた、橋にも長蛇の列を成していた、そこへ濁流が鉄砲水となり土石流が襲い掛かる。
「何の音じゃ!! ・・・何じゃあの音は・・川の上流から・・・如何! 如何!! 三成! 撤退の太鼓を鳴らせ!! 濁流が来る、急ぎ撤退の太鼓を打ち鳴らせ!!」
長蛇の列となった軍勢に戻れとの撤退合図を受けても直ぐには戻れぬ、あまりにも多くの者達が列を作り並んでいる事で喧騒の中での撤退の太鼓は意味をなしていなかった、狭い橋の上では混乱が起こり飛び降りる者や中間にいる者はどちらに向かって逃げれば良いのか判断出来ずに狼狽える者、特に橋を渡り陣地構築をした盾兵と鉄砲隊の装備は重く戻ると言う選択肢は無かった、出来る事は土手を駆け上がるしか出来なかった、しかしその土手には那須の者達が待ち構えており討取られるか、降伏しなんとか生き延びる方法しか残されていなかった、この黒龍となった土石流の被害は恐ろしい結果へと。
逃げ惑い混乱する中で濁流に襲われた関白軍の橋を渡る者等河川敷から逃れる事が出来なかった死傷者は8千を超える被害となった、強靭な盾兵と貴重な鉄砲隊の半数を失う事に、那須側でも悲惨な状況と判断し資晴より溺れて助けを求める者には助けるようにと指示を出したが、救えた者は200名程であり、降伏した者が1000余り、討取った者が500程であった。
秀吉の受けた衝撃は計り知れなかった、そこへ追い打ちをかける知らせが届いた。
「殿下! 大変です、秀長様の・・大納言様が襲われております、新たな敵勢が現れました、家紋旗の紋章は上杉家の家紋です、上杉勢に大納言様が襲われております!」
「何だと・・上杉家だと!!!」
息子の太郎が活躍する中、父親の家康は銭ゲバになっていました、徳川家康の半生は極貧なんです、きっと宝くじで当たった状況です、消えてしまう泡銭なんですけどね。
次章「獣」になります。




