265 矜持
無理やり捕縛され連れて来られた勝家は那須家の高林にある館に留まる事になった、そこには既にお市と姫君他見知った侍女達も勝家の到着を待っていた。
複雑な心境の中お市と姫君の姿を確認し安堵するも敗軍の将である勝家はお市の顔を正視出来ずにいた。
「お前様織田家の為にお働き頂き感謝致します、戦は負けたとお聞きしましたがお前様だけが背負うては成りませぬ妾にも背負う責があります、寧ろ妾こそ背負わねば成りませぬ絶対に先に逝かぬよう願います、それと突如妾達もこの那須の地に連れて来られましたがこの館は甲斐の国主である武田太郎殿が利用している館だとの事です。
あそこに見える館は太郎殿の母上が住み暮らしているそうで御座います、館の者にお聞きしたところ太郎殿が父親の信玄に逆らったとの理由で処断される処を密かに那須の忍び達に助け出されこの地に来たそうです、噂では武田家にお家騒動が起こる数年前より今の当主である那須資晴様より救い出す案を考え実行されたとお聞きしました、此度は同じ様に那須の御屋形様が差配したのでありましょうと言っておられました。
誠に信じられぬ話でありましたがどうやら本当の話であるようです、間もなく滝川殿がここに来るそうです先ずはお話をじっくり伺い先の事を考えましょう、早まっては成りませぬぞ! そなたが頼りなのです!」
「先ずは皆の顔を見て安堵致した、今の話も含め滝川が来るのであればじっくりと此度の連れ出しも含めて聞き申そうここまで来たからには早まらぬ、では姫達にも顔を見せて来よう」
勝家が高林に到着した知らせを聞き滝川と今では那須家の立派な外交官となった佐久間も同行し勝家のもとに訪れた。
「お市様 ! 勝家殿お久しゅうごさる此度同行させて頂きました佐久間であります那須資晴様より仰せつかりまかり越しました」
「柴田殿此度の戦ご苦労で御座った療養のため参戦出来ず申し訳御座らんやっと最近騎乗出来る所迄回復致した、負け戦と聞いておるが那須資晴様より戦は最後に勝てば大勝利であると、勝家殿が疑問に思うている事を某が応える回答をもって来ておる、柴田殿の武運はこれからぞ!! この地で一回り二回りと大きくなり共に織田家再興を致そうぞ!!」
「これは驚いた両者が揃っての話とは佐久間様が追放された事は悲しい出来であったがその際に力無く止める事できず申し訳なく感じ入ります、それと滝川よ! そちが参戦出来なかった事仕方ない事であり命を失わず喜ばしい事である、こうしてお市様を囲み話せるなど嬉しい限りじゃ、聞きたい事が沢山あるがお二方より先に申す事があればなんなりとお話しください!」
「では某佐久間から話そうでは無いか何故この那須家で仕えたのかという不思議な話である、皆も知っている様に信長様より功少ないとの理由で織田家を追われ配下の者と流浪している処へ元幕臣の和田殿が京まで儂の滞在先に現れたのじゃ!、和田殿の話によれば織田家で佐久間が追放となる故京に行き那須家で仕えて働く様にと勧誘されたのじゃ! 那須資晴様は織田家で放逐される以前に儂がそうなる事を知った上で和田殿を派遣したとの事である、当時は不思議な話であると感じていたが今ではそれが当たり前の話であったのかと那須の御屋形様であればこそ事前に見知った事であったのかと納得している、滝川殿の事もそうであったようだ、此度の柴田殿とお市様の事も事前に見知った計らいであると!!」
「疑問はあろうかと思われるがこの滝川も佐久間殿と同じようであったそうな、此度那須で療養した事で滝川家は生き延びる事ができたそうよ、今頃は柴田殿より先に秀吉にやられていたそうだ、那須の御屋形様が態と織田家の争いの話を某に伝えず療養に専念させる手配りをして下さった故にこうして皆と再会出来たと言う訳である、佐久間殿の話と同じであるがここの館の武田太郎も亡くなる命運から今は甲斐ノ国の当主であり武田家は蘇っておる、それと常陸の佐竹殿も同じであり新たな道を開き今では那須家の海軍を総纏めする海将になっておる、さらには幕臣の和田殿も同じてある那須資晴様は言葉で説明出来ぬ凄きお方である儂からは以上である、色々とお聞きしたいであろう何なりと聞いて下され!」
「うむ~お二方が嘘を付く理由も無いであろうが何故那須資晴様は先に動き手を打てるのだ事象が現れぬ前に差配するなど考えられぬ何故であるか?」
「それについては後日直接那須の御屋形様にお聞きした方が確実であるが那須様は先読みが出来るお方だそうだ日ノ本に起きる出来事その刻を先に知り手を打てる方であるそうな、和田殿の話では幼い頃より聡明で神童という言葉以上の明晰であられたそうな、一言で言うなら先々を見通せる千里眼の持主であるとの事である、儂は本当の事であろうと思うておる!」
「ではその千里眼の眼で儂が生き延びた理由?・・何某の理由があるというのであるか? 儂は憤っているのじゃ! お市には申し訳ないが大勢の配下を失い全てを無くした儂が唯一最後にせねばならぬけじめまで奪われたのである他家のお方が酷い仕打ちを儂にしたと思わぬか、如何様にしてくれようぞ憤慨しておるのだこの気持ち滝川殿であれば判るであろう!!」
「我ら両人がここに来た理由こそそれである、憤慨しているであろう勝家を叱りつけ説教してこいとの命でここにいるのだ、良く聞け勝家よ!! 負けた理由を碌に知らずに自分だけ責任逃れをしようとは言語道断である!! そのような愚か者の差配で死んだ者達はお主が自死した処で誰も浮かばれぬ、亡くなった者達になんと説明するのだ! お主の兵には若い頃から付従う柴田家譜代の者も多く、柴田勝家を歴戦の勇者と信じ憧れて付従っていた者が沢山いたのだ、その者達は冥府にてお主が来る事を待っていると思うのか? それと那須資晴様の先読みの話では恐れ多くもお市様の姫君がこの戦で負けた事で無理やりに秀吉の側室にされるそうだ、妹の姫君達を護るために人身御供として側室になるそうである!!」
「なな・・なんと・・滝川殿本当であるか?」
「はい、お市様、本来であれば負け戦となりお市様と勝家殿は自刃にて亡くなりその際に姫君達は城から脱出し秀吉の下で庇護されるようですが秀吉は生まれが百姓であり名を上げる為にお市様の姫君を側室にされるとの話です、さらにその先には側室となった姫君も不幸な生涯を送る事に・・それを回避する為にお市様と姫君を救いだされたの事であります」
「な・な・・なんと言うて良いか判らぬが本来であればとんでもない事がこの先にあったという事であるか、妾は那須殿に感謝をどの様に感謝すれば良いのか!! 身命を伏して感謝致しますぞ!! 妾の命はともかく姫達を秀吉の側室にされるなど!! あ奴には既に何人も側室がいるでは無いか妾の娘に・・弱味を利用し弄ぶなど許されぬ仕儀である!! 勝家殿!! 妾は那須殿に感謝しかありませぬぞ!!」
「では滝川よ! 儂はこの先どのように生きろと言う事なのだ、死ぬ事も出来ぬ敗軍の将に何の役割があるというのだ! このままでは余りにも惨めでは無いか」
「那須様の話では秀吉が天下人となる前に那須家を含む三家にて大戦が秀吉とあるそうな、その時に勝家殿が活躍出来る場があるそうな! とても重要な駒であり天下安寧の礎の過去に比類ない大戦になるとの話であった、それ故に無念の自刃で亡くなるのでは無く全てをひっくり返しても御釣りが来る戦が待ち受けている故救い出されたのだ!!」
「なんと此度の敗戦をひっくり返す日ノ本最大の大戦があるというのか、それも相手が秀吉だと言うのであるな!! それが本当であれば実に嬉しい事である感極まる話であるが!!」
「だがこうも話されておった、柴田殿は秀吉に負けるべくして負けたのであってその因を自ら悟らねば次の起こるであろう大戦でもやはり秀吉に負けるであろうと申されていた、その為に暫く勝家殿はこの地に留まりその方に那須家の政と戦での戦い方を学ぶ必要があると、政と戦の両方を学ぶべしとのお達しである」
「何!? 今更その様な事を儂に学べと言うのであるか?」
「そこよ! それである、それが悪癖である、その方は自分が上の者だと言う意識が強い、それが悪癖でありその業を配下の者まで背負い取り返しのつかない道を歩んだのである、物事を学ぶ姿勢が出来ておらぬ、過去の柴田勝家を捨てよ! 一兵卒として心新たに学ぶが良い! 儂も学び始めた処である目新しい事ばかりじゃ! 織田家とは大違いである、今の那須家は最盛期の織田家に近い力を持っておるぞ! それも戦を行わずに近隣大名が自ら那須に心服し臣従を求めて大きくなった家である、織田家は残念ながら他家を攻め取って大きくなった家である根本的に考えが違う家である!」
「今、滝川殿が申した事を補足すれば小田原の北条、常陸の小田家も大きいが、その実態は那須家に臣従していると言っても良いであろう、それと管領の上杉家もそうである、これらは皆戦をせずに那須家に心服しており皆感謝している家である、柴田殿には未だ判らぬと思うがこの意味は大きい話であり日ノ本の歴史がこの地を中心に知らぬうちに動いていたという話である、その那須家の御屋形様に見出されたゆえに、柴田勝家の本懐はここにあるのだ肝に銘じ先程滝川殿が言われた過去を捨て真新しい柴田勝家となり学ぶが良いであろう、織田家を良く知るこの佐久間も今は昔の佐久間では無い天下の那須家を支える一人に加われた事に感謝している!! 昔の傲慢なる佐久間では無いぞ(笑)」
滝川と佐久間の両名より厳しい言葉で生まれ変わり新しい出発をするのだとの呼びかけに即答で応える事は出来ないが柴田であったが嬉しかった、今の自分には厳しく叱る声こそが何よりの励ましであった、信長であれば殴られ厳しく叱責をした筈でありその信長が不在の織田家を背負うには余りにも責任が大きく不甲斐ない自分であったと両者の言葉で明らかにされた事で何処かスッキリと立ち直れそうな自分がいる事も確かであった。
「お二人の言葉に即答は出来ぬが那須資晴様はここで何を学ばせようとしているのだ、儂に何を望んでいるのだ?」
「それは二つの事を学ぶ事になっている、那須様は戦の後も既に見通しているようだ、某も動けるようになった事で一緒に学べとの申しつけじゃ! この地を中心に村々を回りどの様な政をして豊かになったのかを自らの足で確認しろとの仰せじゃ、政の基本を自らの足で調べ上げよという意味らしい、それと柴田殿はこの地で騎馬隊の調練を受ける事になっておる! 武田騎馬隊と那須騎馬隊を合わせた何処にも無い戦い方だそうじゃ! 無敗の騎馬隊を率いる将としてその極意を学べと言う話であった、この高林には武田騎馬隊を創られた武田家四天王である飯富様が那須家の騎馬隊を調練している責任者との事である、その飯富様の下で柴田殿は調練を受ける事になっておる!」
「では那須の殿様に挨拶はまだしなくて良いのか?」
「今少し先で良いそうだ、那須の事を知った上で積もる話もあるであろうとの事じゃ、この館でお市様と新しい生活を整えよと! それと柴田殿とお市様達は城にて亡くなった事になっておるとのことの事である過去を振り返らずに前だけを見て進む様にと進言され申した!!」
高林の地に連れられ来た事で史実と違う命運が待ち受けていた柴田勝家とお市は再起を図るために決意新たに生きるしか無かった、幸いにも横の館には三条のお方と飯富寅正もおり二人も似た境遇の中で武田家再興を成し遂げており大きい支援を受ける事になった、果たして柴田勝家の新たな命運とはどの様な展開になるのか!!
勝手に捕縛し有無を言わせずに再起を図らせる事になりましたが、勝家の場合は強硬手段でやるしか方法が無かったと・・色々な案を検討しましたが無骨者である勝家だからこんな感じにしました。
次章「藤原秀吉」になります。




