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那須家の再興 今ここに!  作者: 那須笑楽
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214 姫の夢物語

 




 ── 鶴姫 ──




 資晴がその昔、小田原を訪れた際に10才となった事で北条家で盛大な祝いを開催した、その時に北条氏康の6女、鶴姫3才が音を出すだけであったが琴を披露した、その後資晴が北条家に訪れた際に茶を入れるなど2度面識を得ている、当時は婚儀の話など何もなく二人にはお互いを思う感情はまだ生まれていない。



 親の北条氏康と兄となる歳の離れた兄、氏政の思惑は鶴姫を最初から何れ資晴に嫁がせる事を思慮に当時から働いており、資晴が元服式を迎える時に幻庵が那須に訪れ当主資胤に鶴姫との将来の婚儀を結ぶ許嫁になる事の了解を得て発表された、その鶴姫は間もなく13才となる。




すずよ、本当であるか、誠であるか?」



「はい間違いありませぬ、侍女に確かめさせました、間違いありませぬ!」



「良かったのう涼よ、これで安心して送りだせる、お祝いの赤飯を手配頼む、良かった良かった、間におうた、男の儂が言うのもなんじゃが、心配しておったのだ、潮が来ぬまま送った場合どうなるのであろうか、失礼にならないであろうかと、ハラハラしていたのだ!!」



「だから心配など不要と申したではありませぬか、女子は年相応になれば自然と女子から女になるのです、これで鶴も大人になったという事になります、後は髪上げの儀を慶日を占い定め執り行いましょう、私より手配り致します!」



「うむ、そうしてくれ、ここは母親が一番良かろう、鶴も喜んでいよう、儂も嬉しい!!」



 すずとは氏康の正室であり後に法名を瑞渓院ずいけいいんその人である、資料的には実名は不詳、作中では名を涼と名付けた、この時代は大名の当主の正室であっても実名が判明しない事が実に多い、大大名の当主の娘たちの名前の多くは法名しか残っていない、実名が判明する方が珍しい、実に残念な事である。



 潮とは初潮の事である、初潮を迎えた事で大人の仲間入りとなり元服の式を行う、女子の元服式は『裳着もぎ』と呼ばれ、大きな特徴は、式を迎える何年も前より髪の毛を切らずに腰まで伸ばし、唐衣からぎぬを身に付ける(十二単を構成する着物のひとつ)、唐衣と裳を身に付け裳の腰紐を結ぶ役を親戚の長老が行い、最後に長くなった髪の毛を背中に束ね整える、いつの時代も女性は綺麗であって欲しいと願った親心であり、その文化は現代にも受け継がれ成人式の際に多くの女性が振袖姿となる、1000年以上昔より受け継がれた文化である。



 鶴姫の元服式を3月に行い裳の腰紐を結ぶ役を長老として幻庵が行う事になった、そして5月の婚儀の式を行う為に輿に乗り陸路で一ヶ月もかけて道中を移動する事になる、出発は4月1日とされた、なにしろゆっくりと輿に乗り那須に向かう一日20キロ、山間の道では10キロと実にのんびりと優雅な移動である、迎える側の那須でも途中から警備の騎馬隊を派遣する事に。



 次から次と予定が決められて行く中で鶴姫本人は夢心地であった、嫁ぐ事は理解しているがまだあどけない少女であり一通りの作法は覚え準備をしているが、殿方に嫁ぐと言う実感が湧かず資晴という男性を勝手な夢想にて幸せな生活を夢見ていた、恋という慕情の想いは甘い物であり想像しては顔を赤らめていた。



 一方資晴も館とは別に新居の生活を送る家を城内に完成させていた、渡り廊下にて母の住む奥と鶴姫が住む奥が繋がり、そこに新たに居室が作られ夫婦が暮らす館が完成した、鶴姫には侍女20名が北条家から下げ渡され付き従う事に、この侍女達は形式上は那須家に仕える者達ではあるが鶴姫専用の身の回りの世話を行う侍女達である、それとは別に配下の侍達200名も従者として那須家に移る事に、侍達200名は鶴姫専属では無いが那須家の中で北条家とより深い誼を結ぶ為に那須家の一員となる。



 要は那須家に北条家の血が入る事となりその絆が強固な形になるという証左と言える。



 北条家では鶴姫が嫁ぐにあたり化粧料として北条家の領内に化粧田3000石分の石高を与える事にした、化粧料とは、鶴姫専用の特別な収入と言える、特別とは簡単に言えば贅沢が出来るへそくりである、毎年3000石分のお金が北条家より鶴姫に与えられる、これは不自由しないようにとの当時の送り出した娘への配慮と言える、普段の生活する費用は勿論資晴側が捻出する、3000石とは足軽100人が雇える費用と同じである。




 鶴姫を迎えるにあたり那須家での女性の第一番目地位は当主資胤の正室、お藤のお方様、資晴の母親であり、二番目は鶴姫になる、当然侍女衆にも力の権力構造が生まれる、男の世界より厳しい順位が確立される世界であり年を経る毎に鶴姫付きの侍女達が力を付け母親の権力を脅かす時が10年後には来るであろうと、特に子が生まれれば自然とそうなると予想された。



 母親のお藤のお方は鶴姫の侍女衆の頭に梅を就任させる事にした、梅の手元にも数名の侍女がおりその者達は全て資晴の身の回りの面倒を看る者達であり、鶴姫の侍女達にも那須家の事を理解させるのに最適なる梅を支配頭として就任させる事にした、梅が頭に立つことで余計な軋轢を生まず、自然と溶け込む様になるであろうとの考えからであった。




 男には良く判らない女の世界であり首を突っ込むと大変な事になる、資胤も資晴も充分それを弁えており侍女衆の事は全てお方様が差配するとし向かい入れの準備が全て整い後は到着を待つだけとなった。





 少し話は遡り鞍馬天狗と妻伴との会話に。



「そうであるか女子の幸せを捨てても資晴様の元で侍女として希望しているのであるな、男であれば結婚しても主に使える事は出来るが、女子は結婚すれば、尽くす相手が夫になる、そうなると資晴様の元を離れるという事か、それが嫌なのであろう、長年側で仕えた事が仇になったか!」



「それもありますが、それだけでは無いと、女子にしかわからぬ事になりますが、あの刺客に襲われた際に打ち込まれた斬撃が身体に残っておりました、傷跡が大きく腹から胸にかけて一文字の大きな斬撃があるのです、あれは一生消えぬ傷でありましょう、その傷を抱えての婚儀は無理であろうと判断していると私でもそう判断致しました」



「それ程の傷跡が残っておるのか、縫合した傷とは違うのであるな!!」



「縫合した痕ではなく、斬撃の大きな傷跡であります、縫合した所は小さく目立ちませぬ」



「そうであったか、里に戻っている間に、幸いとも言うべきか、お方様から梅の処遇について相談があったのだ、まだ梅には伝えておらぬ、この話を聞けば梅も安堵する事であろう!」



「~~という訳で嫁がれる侍女衆の差配頭にとの思し召しじゃ、これであればずっと資晴様と姫君様の側におれる事になる、先程の梅の希望に添えるかと思う!」



「その様な話が持ち上がっていたのですか、それは上々であります、梅も安堵致しましょう、私から折をみて近々話しておきます、それは良かったと言えます!!」



 数日後に伴よりお藤のお方様からの侍女衆の支配頭の件を話した所、梅も了承した、しかし、伴と天狗が考えていたよりも梅の表情は何処か沈んでいた、喜んで受けるというよりも命であれば受けるというどこか投げやりな虚ろな瞳であった事を伴は見たてた。



 伴は梅の深層に眠る表とは違う底に沈んだ悲しげな隠された小さい何かが底にあると確信した、ただそれが何なのかは見抜けなかった、梅本人でも判らぬ小さく消えそうな灯であった、心の不思議、生命の不思議を解いた釈迦の教えに、一念三千という仏教の教えがある、人の生命は、心は三千の種類があると言われている、大きく分けて十界という生命の境涯一つ一つに更に十界が備わり、更に細分化された生命の境涯の数が全部で三千種類もあるというのだ、その三千の種類が日々の生活の中で刻々と変化する中で一番多く現れる種類に人は支配されるという、梅の心は悲しげな隠された小さい何かが支配していると見抜くもそれが何なのか判らなかった、それを何れ資晴は見抜く事になる。




 侍女の梅には菊《くノ一》と華という見習いであった侍女も今では立派に育ちその下に侍女見習いがいる、梅は身の回りだけではなく資晴の首脳陣としての力、頭角を現していた、資晴の側に10年近くいた事で、十兵衛、半兵衛、和田、錦小路と言った優れた知将と、一豊、長野業盛、佐竹義重、武田太郎等の武の武将達と接する特別な環境の中で育った梅は、くノ一、侍女という枠を大きく超えていた、資晴が結婚をするこ事で梅の運命も大きく変化していく事になる。






 4月前に元服式『裳着もぎ』を終えて鶴姫はいよいよ那須に向けて生まれて初めて小田原の地を離れる事になった、婚儀に向けての出立である、世は田植え準備の春を迎えていた、豊国の国、那須国に向けての一か月間に渡る嫁入りの旅立ちとなる。



 見送る者、見送られる者、それぞれの別れ、涙がとめどもなく流れる中、幼いと言えば幼い姫が生まれ育った地を離れる、北条氏康61才、史実では5年前に世を去っている、資晴が亡くなる年を10年ほど前に伝え、特に味の濃い食事と酒を控える様に伝え、身体に良い食べ物を伝えていた事で元気に過ごしていた、薄味に慣れ、酒を控え事で体質改善が図られ、娘の見送りが出来た事を一人大泣きで咽っていた、横で見ていた幻庵も74才という高齢であった。



 ちなみに北条氏政は38才である、三人トリオはなんだかんだと言いながら鼻を垂らして大泣きして鶴姫を見送っていた、一人だけ冷めて見送っていた者が、それは氏政の嫡子、氏直14才である、嫁ぐ叔母の鶴姫が13才、自分は14才という事に年の差1才で自分は鶴姫の甥っ子であるのに年上という不思議な関係に、おじさん《氏康》って凄いと考えていた。




 小田原を鶴姫が那須に向け出立したという知らせが届く中、資晴に来客が訪れた、来客とは資晴が嫌っている南蛮の宣教師ルイス・フロイスと盲目の従者ロレソン良斉である、婚儀を間もなく迎える中、宗教者を追い払うのも気が引けたので謁見する事になった。




「お忙しい中、北条様の姫君と婚儀を致す事を聞きまして急ぎ訪問致しました、お祝いの品をお持ち致しました、それと以前お話致しました、異教徒ではありますが、職人を連れて参りました、行く宛が無い者達になります、どうか那須様の処にてお使い下さい、こちらがお祝いの品になります」



「なんと態々、婚儀の話を聞き、祝いの品を届けに来訪したのであるか、それは忝い、正直大変嬉しい!! この箱に入っている品がお祝いの品なのであるか、開けても良いか?」



「是非開けてご覧下さい、日ノ本では珍しい品になります」



「どれどれ・・・これは・・石か? 透明な石で作ったのか・・・ウサギと馬であるな!!」



「石と言えば石の仲間かも知れませぬ、資晴様が作りました遠眼鏡と同じ材質で出来ております」



「本当かあの透明なる板と同じであるか、確かに透き通っている綺麗じゃ、これはどうやって作ったのじゃ、石を削り整えたのか?」



「違いまする、その石の原料を高温の炉に入れ溶かし、切子なる職人が作りだしたのです、鍛治職人ではありませぬが、同じく炉を使いそのような品を作る者になります、以前切子なる職人を探しておられましたので、連れて参りました」



「なんとその様な技を使う者を切子と言うのであったか、名前は知っていたがどんな技の持主なのか不明であったのだ、堺で探して頂いたがどこにもいなかった、どのようにしてその職人を探したのだ?」



「資晴様にお話しするには失礼な話になりますが、南蛮の教えに従わず捉えられていた者で、南蛮船で働く奴隷の中におりましたので私がその者を買取り、連れて来ました、他に革を自在に操り何でも作る職人と、幼い姉妹を、慰めにされる前に買取り連れて参りました!」



「そうであったか、儂は以前その方に奴隷について忌避している事を伝えていた、此度は奴隷となっていた者を買取り儂の元で解放出来ると考えたのだな、ふむ、祝いの品は正直嬉しいが、その行いこそ嬉しい、それが人として正しい、宗教の違いで奴隷にするなどそのような事は間違っているとフロイス殿も理解しているのだな・・・・どうであろうか、その南蛮船で奴隷となる者達を開放するのにフロイス殿だけでは限りがあろう!!」



「私に出来る事は数名の者を開放する事位です、立場上中々出来ませぬ」



「そうであろうな南蛮の教えを説く者が異教徒の奴隷を開放しておれば疑いの目が向けられる、京に戻ったら当家で利用している油屋と毛利家に出入りしている若松屋という商人がおる、毛利家も大きい家と聞いているそこへ出入りしている商人であれば何某かの事も出来るであろう、南蛮の商人は明銭より金との取引を望んでいると聞いた、多少の金であれば私も用意が出来る、どうであろうか、その金と商人を使い、哀れな奴隷たちを解放出来ないであろうか、那須の国には幾らでも受け入れるだけの領地がある、苦しんでいる者を他宗の信者であっても救う事は、その方が信じている神の教えにも通じるのではあるまいか!!」



「私も苦しんでおります、異教徒であるという理由で捉え奴隷にするとは教えに背いております、本国に禁止にする様にと何度も文を書いております、正しい行いする事が布教の第一歩になります、那須様の御考えのお力になれるのであれば私も尽力致します、その行いは布教と同じであります」



「お~賛同頂けるか、では帰りに金を用意しておく、その金はフロイス殿に下げ渡す自由に使うが良い、梅、蔵から一貫匁《3.75キロ》用意しておいてくれ!!」



「はい、判りました!」



 一貫と聞こえたフロイスは顔色を変えた、恐ろしい金の量と即座に判断した、その量だけで1000人は解放出来る量であり、こぞって南蛮の商人達は手元の奴隷をうり払うであろうと予測出来た、それ程価値のある金と言える。




「ところで、連れて来た職人と姉妹と会わせて頂きたいのだがどこに居るのであろうか?」



「渡り廊下に控えていますので連れて来ますね、お待ち下さい」





現代の結婚披露宴も何度も何度もプランナーと打ち合わせをして当日を迎えますが、披露宴が疲労宴になってしまいます、残り半年を切ると気持ちだけが先行しますから、特に女性は大変です。

次章「天下布武の城」になります。

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