197 猪突猛進
1574年12月に入り那須の地に久しぶりに油屋が来訪した。
「那須に数年振りとなりましたが、この油屋、那須の殿様と若様にお会いしたくてまかり越ました、お元気そうで何よりで御座います」
「つきましては資胤様には、こちらの茶器を、若様にはこの南蛮切子を持参致しました、どうぞお納め下さい」
「うむ油屋も元気そうで何よりじゃ、織田殿に家宝が取られ商いから手を引き出家する話があったと和田殿から聞いたが元にもどった様じゃな!」
「お恥ずかしい話ではありますが、商いの店であります堺の店、油屋は息子に譲りまして、私は若様と行う南蛮の交易に従事しようと、船も新調し新しい店名『海商油屋』を作りまして御座います」
「ほう資晴の要請に応えた訳じゃな、流石じゃ、それでこそ商魂の油屋じゃ!!」
「父上あまり油屋を褒めますと色々と買わされますぞ、お気を付けなされ!!」
「あっははははー、若様某を褒めなくても、船に沢山品を持って来ております、どちらにしても買って頂くので気を付けても駄目でありますぞ!!あっはははは!」
「やはり油屋は油屋じゃな、立派じゃ、船を新調したとは和船を作られたのか?」
「いえ、南蛮船の引退近い船を買いまして、それを修繕させたのです、、和船を作るより高価な船となりましたが、外海の波に耐えられる船が無いと話になりませぬので、それと30名程南蛮の奴隷船員だった者を買取り何処にでも行ける様にしました」
「なるほど、操船出来る奴隷を買取り操れれば手っ取り早いのう、その者達は南蛮の同じ国から来た者達なのか?」
「同じ者もおりますが、全く違う理由で遠くから来た者と、南蛮の国の事情がなんでも宗教で違いがあるようで元鍛冶職人だった者など色々な者がおります」
「あ~前に南蛮の宗教も戦をしていると聞いていた、ややこしい話であるな!!」
「資晴よ、その宗教の戦争とはなんじゃ?」
「父上、日ノ本にも同じ仏教でも宗派によって争いがありますが、向こうの国ではその争いが発展し宗派通同士が大きい戦になっている様です!!」
「遠くの南蛮でもくだらん理由で戦をしているのか、一番の被害者は民だと言うのに!!」
「油屋よ、暫く滞在するが良い、その南蛮の者達も連れて来るが良い、船は大津の海賊衆に預ければ大丈夫じゃ、城下の町も大きくなり、油屋の店も出してはどうか、賑わう事になるぞ!!」
「それはそれは、やはり那須様であります、織田様とは違います、是非、南蛮の品を扱う店を出しという御座います!」
「では父上今宵は久しぶりに一杯やりましょう!!」
「良し、今夜は一杯やろうぞ、その奴隷なる船員達が来たら猿楽にて歓迎を行う、皆も喜ぶであろう!」
油屋が新しい船を新調し南蛮との交易する意欲を持って那須の地に再び訪れた、この来訪が新しい発展の礎のきっかけに、令和の洋一から新しい知恵が授けられた。
「油屋よ、この地図を授ける、これは貴重なる地図じゃ、日ノ本にはまだ無い南蛮の国々が書かれた地図じゃ、信用を置ける者だけに見せるのじゃ、そしてこの国じゃ、ここに行って樹液を買って来るのじゃ、何十樽も買ってくるが良い、これからの世が大きく変わる品の一つになる!!」
「これは凄い地図でありますな、日ノ本がこんなにも小さいとは、これが蝦夷で、ここが琉球と、そして私がここに行くわけですな、それと樹液とは、又、砂糖になる樹液でありますな!」
「違うようじゃ、食べる物ではなく役立つ品じゃ、なんでも固めると毬のように跳ねる樹液じゃ、その樹液をいろいろと役立てるのじゃ、例えば荷車の車輪に使うと車輪の寿命が何倍も伸びるそうよ、それと雨水を弾くそうじゃ、使い道は無限にあるとの話なのじゃ!!」
「ほう、砂糖ではなく役立つ品になる樹液ですね、面白き品ですな、使い道が無限大なれば利益も無限大でありますな!!」
「あっははは、そうじゃな!!」
「無限大の利益と言いますが、しかし遠くでありますな、琉球で半分であります、どの位日数が必要でありましょうかな?」
「そうよのう、蝦夷まで風があれば七日じゃ、五倍ほど、いや六倍あるかのう、そうなると一カ月半から二カ月って所であろう、往復で四ヶ月じゃな!!!」
「よっよ、よっ・・・四ヶ月でありますか、それはまたとんでもなく遠くでありますな、時化に遭う事も考えなければなりませぬな!!」
「日ノ本の船では四ヶ月は無理であろう、半年は見なくてはならん、南蛮船で良かったのじゃ!!」
その後油屋は春先に出立する事になり、那須と大津を何度も往復し整える事に、年が明け忙しい正月の挨拶行事を終えた1月中旬に那須の地に不吉な文が管領家から届く事に。
「父上、この文は我らに参戦するようにとの様にも読めますが、はっきりとは書かれておりませぬが、でも木砲を持って来いと書かれております、木砲を持って行く事になれば扱う者を向かわせる事になり、その者達は参戦した事になります、結局那須が戦に参戦する事になり戦う羽目になろうかと思われますが、父上はどのように致す予定でありますか?」
「使者の話では春先に織田家の柴田が加賀に侵攻して来ると、その為に挟撃されぬ様に先に動き能登の畠山勢を七尾城に押し込めたそうじゃ、織田家の柴田の名声は管領家でも届いており、油断は出来ぬと、それで柴田が来た際に七尾城から畠山が出て来ぬように木砲で籠城している兵達に討ち込み弱まらせるというのじゃ、是非借り受けたいという事よ、なんとか良い知恵はないものかのう!!」
「では木砲と教官だけ送りましょう、それと弾と火薬の代金は頂きましょう、それでどうでしょうか?」
「そんな簡単に決着が着くとは思わぬが、取り合えず使者には木砲と教える者を用意すると伝える、戦までに二ヶ月ほど時間はある様じゃ、変化があるやも知れぬし!!」
「父上、今度は足利義昭将軍から文が来たとの事ですが、やはり戦の事ですか?」
「それが春になれば上杉家と織田家で加賀の地で戦になる、隙を狙い京に上り織田を叩けとの文じゃ、那須が来れば毛利も参戦する、挟撃を行えとの文と言うより命令書じゃ!!」
「きっと同じ様な文が北条家にも来ておりましょう、一度この辺りで三家で話し合われた方が良いのでは、勝手な行動はとれませぬし、どれもこれも迷惑な話ばかりです、管領様は加賀を攻められる事を防ぐ為に能登を抑えただけでありますが、織田家には通じぬ話なのでしょう、通じぬのなら通じぬで広がらぬように三家で態度を決めた方が宜しいかと思われます、某の婚儀も二年後と決まりました、父上の申し付けで婚儀を行い当主となるは覚悟致しましたが、此度の件は父上が決めて頂かねばなりませぬ!!」
「良し、儂から双方に当主を譲る前にこの件は片付けねば成らぬな、三家の方針を決めるとしよう!!」
上杉家と織田家が衝突をする春は間もなくであり、義昭からも京に上り参戦する命令書が届いた事で見て見ぬ振りより態度を決めた方が良いと判断した、3月初旬に小田家、那須家の重臣達が北条家の小田原城に参集し談合する事になった。
「なんと管領様より小田様の所には戦船の要請があり能登の七尾城を攻めて欲しいと依頼があったのですか、そして北条様には織田家より援軍の依頼が来たというのですか? 那須には管領様より木砲の依頼であり、将軍は京に上れとの命令書です、頭が痛くなります」
「まあー儂の所は三河殿から織田家の使者に会って欲しいとの事で取り合えず要望を聞いたまでじゃが、織田家も相手が戦神の管領様じゃ、大戦になるとの備えで縁の無かった北条家にも話が来たのであろう!」
「小田様は戦船の件はどうなされたのですか?」
「戦船を出すとなれば、津軽を廻り行く事になります、相当な距離であり、冬の海は荒れており危険な為、行く事は出来ぬと倅の守治が一旦断ったのじゃ!」
「三家が違う方向で動けば混乱を招くとして資晴殿より集まりましたが、東国全体に影響しますので三家の態度は明確にする必要があります、如何致しましょうか?」
「資晴殿には申し訳ないが、儂の意見を先に行っても良いかのう、先に言えば決まってしまうかも知れぬが、どうしても先に言わねばならぬ立場なのじゃ!!」
「幻庵様、遠慮なさらずお話しください、それと先に言わねばならぬ立場とはどのような?」
「そうじゃった、その説明が先であったな、この北条家の領地である箱根の山々の神社仏閣の頭領でもある箱根大権現を儂はしているのじゃ、箱根の大権現とは都での各宗の争いとは無縁の所であり、大権現の文殊菩薩・弥勒菩薩・観世音菩薩を本地仏とする所でもあり、山岳信仰と修験道が融合しており神仏習合の聖地なのじゃ、そんな訳で御仏を守る菩薩の聖地なのじゃ、ここまでは皆理解してくれるであろう」
「問題は理由はともかく先ごろ一向宗の門徒2万人が焼き殺されておる、箱根の大権現として絶対に許してはならない大罪じゃ、一向宗の教えは狂っているが、何も判らん信者を2万人も焼き殺したのじゃ、信者を操り、そそのかしている僧徒を罰するならまだしも、無辜の民を赤子から皆焼き殺したのじゃ、その前にも同じような事をしている、儂は此れまでにない怒りを憤っておる、何も出来ぬ儂は神仏に亡くなった者達の冥福を毎日祈っておる、これが儂の答えなのじゃ!!」
「・・・父上、北条様、小田様、私は今、幻庵様の話を聞き、自分が間違っておりました、大交易の事ばかり考え、大切な事を見ておりませなんだ、何の為に三家がおり、東国に戦が無くなったのか、大きい目的を忘れておりました、幻庵様、皆様どうかお許し下さい!」
「東国が平穏なるは、管領様のお陰でもあります、ここは明確に管領様の元に兵を出しましょう、織田家にはっきりと態度を示しまょう!!」
「資晴殿、一皮剥けましたな、この小田家も一緒に参りますぞ!!」
「先を越されましたが、北条の北条たる由縁の小田原北条家も参戦致す、三家の力を示しましょうぞ!!」
「ではこのまま軍議を致しましょう!!!」
北条幻庵の話を聞き、大切な事を思い出す資晴、交易とは平穏なる象徴であり、それを壊す者は敵でしかない、無辜の民2万人を焼き殺した織田家に味方する事は悪に加担する事であり、それと戦うは正義と捉えた資晴、ここに三家が参戦する事に『加賀大戦』が史実には無い戦いが勃発する事に。
三月に入り既に小競り合いが始まる中、上杉謙信に喜びの報が伝えられた。
「皆の者、これを見よ、北条家、那須家、小田家が我らの戦いに参戦すると、戦の準備が整い次第進軍すると文が来たぞ、詳しい話は近い内に使者を寄こすと書かれておる、これで勝った、日ノ本を織田の好きなようにはさせん!!!」
三家が上杉の援軍に参加する話が伝わり、織田家でも緊急の評定が開かれた、織田家の評定は信長の命令を伝える場であり、疑義など唱えれば打ち首の場でもある。
「おのれ、儂に逆らい上杉に味方すると公言などしよって、中国攻めも一旦止めとする、良いな秀吉、秀吉も北陸に行き、柴田を助けるのだ、それと佐久間は追放とする、一向の戦いでは退いてばかりじゃ、佐久間の退きで多くの者が亡くなった、織田家より追放とする、大阪方面の軍は信孝が率いよ、良いな、三家が参戦すると大阪と京で蠢く三好残党、義昭の残党共が動く筈じゃ、それをしっかり押さえるのだ、信孝良いな!! 次は無いぞ!!」
「信忠も本軍を率いて加賀に迎え、滝川も畿内の兵を引き連れて柴田の元に迎え、敵は上杉、北条、那須、小田じゃ、これまでにない大戦ぞ、心して掛かれ、儂の命に背く者は切る、良いな、これより戦準備を整えろ、一ヶ月後に加賀に向かう!!」
関東管領上杉謙信の元に4月に入り謙信に軍略を携えて使者が到着した。
「管領様お久しぶりで御座います、織田家との戦ご苦労様であります、此度は某が軍略を伝えに参りました、よろしく差配をお願い致します!」
「あっはははは、これは参った、儂でも読めなんだ、よくぞ参った!!」
上杉家を含む四家の総戦力は上杉家2万五千、北条家2万、那須2万、小田家2、計8万5千の大軍に対し、織田家もほぼ同じ兵数を用意した、同じ頃、春となり海商油屋は資晴から指示された遠くの国に、日ノ本初の南蛮に向けて出港した。
風雲急を告げるとはこの様な事を指すのでしょうか? 平穏であった東国に加賀の地で戦となる気配が巻き起こりました。次章「前哨戦」になります。




