189 はるばるきたぜ 函館へ
函館は北海道の中でも気温が温暖で降雪も少ない地域とされる、真冬の外気最低気温は-15前後、日中は+5°前後、降雪は50cm程度の様である、但し戦国期は小氷河と呼ばれそれよりは一回り厳しい状況と言える、現代の那須高原はどうなのか? 寒波襲来の厳しい時の外気最低気温は普通に-10°を超える、降雪も標高600~800mの高原地帯では20~40cm程度は年に数回ある。
そう考えると函館の冬は北海道の中で恵まれている地と言えよう、尚、驚かれるかも知れないが函館の夏には海水浴場もある。
「早く騎馬を下ろすのだ、あそこにいる一豊が苦戦しておる、敵の数が多いのだ!」
「戦船を出してしまったので、普通の伝馬船しか無く、先に足軽を下ろしておりますので騎馬はもう少しかかかります」
「船の仕組みを儂も最初から学ばねば、拙ったのう、半兵衛も他の将も海軍士学校で学ばないとこれからはダメであるな、陸の事と海の事を知る者が将とならねば正しい指揮は執れぬ!!」
「あ~あ~、あそこに木砲を撃ち込むのだ、義兄が苦戦しておる、アイヌの兵がバラバラである、あそこに木砲を撃ち込めよ!!」
津軽安東家は兵糧が浜に到着した事で各指揮官の統制の取れた戦いを浜で展開するもアイヌの戦士達は目の前の兵に向けて矢を放つだけであり、敵の指揮官を先に狙う等戦の手順を知らずに行っていた。
鉄砲を持っている津軽安東家では勢いのあるアイヌの集団に向け狙いを定め、攻撃を行いアイヌの戦士を追い払いその隙に米を運び出しに繋げていた、それを阻止すべく那須ナヨロシクは果敢に指揮を執り指示を出しているがどうしても目の前の敵に固執し、中々戦局を有利に出来ていなかった、ここにいるアイヌの者達には一人一人の戦士としての能力が高くても集団による戦は初めての事であり、仕方が無いと言えばそれまでの事である。
「千本、そちは先に降り足軽を率いて義兄を助けよ、そして敵の主力と思われるあの塊に足軽の弓にて矢を一斉に放つのじゃ、我らの五峰弓の矢をぶち込むのだ! 敵の主力はどうやらあそこじゃ、千本頼むぞ!!」
「判り申した、那須ナヨロシク様を助け、あの陣に向け攻撃を行います!!」
敵将の津軽安東家の当主と城代の石井が指揮を執る場に1000名もの兵がおりそこへ攻撃を仕掛けるも盾で防ぎ、切込み活路を開き米を運び出している大きい塊が出来上がっていた、そこへ足軽の援軍を向ける資晴の的確な指示であった、一方函館湾では兵糧船団との緊迫した場面を迎えていた。
「良し、このまま潮の力と向岸の流れに乗って中に入るのだ、前方の戦船には左右の船で体当たりせよ、道を作れば一気に浜に辿り着ける、行くぞ!!」
三列縦隊で横並びで待ち受ける佐竹海賊衆、敵船の意思を読み取り待ち構える事に。
「敵は我の中に突入して来る、体当たりをして道をつくる、衝突される船は衝撃に耐えろ、海に振り落とされるな、他の船は突っ込んで来る先頭の船から順に一斉に火矢を撃ち込め、全船で順に仕留めて行くのだ!! 間もなく来るぞ!!」
横並びに三列で待ち構える海賊衆に10間程の間隔で三隻の船が10列となってぶつかり入って来る事に、一斉に火矢が飛び交う中、最初の2艘が強引に衝突し真ん中の船を通そうと火矢に撃たれながら舵を取り帆が燃えても船の勢いは簡単には止まらず道をこじ開ける。
道が出来ると直ぐに次の海賊衆の船が新たに道を塞ぐために進行方向に進み塞ぐ、それを今度はまた新たな兵糧の偽船がぶつかり道を開けようと火矢に包まれながら命のバドンを兵糧船に繋げ燃え盛る偽船を残し米を積んだ船が浜に向かう!!
熾烈な捨て身の津軽安東家の海賊衆、偽船は帆が燃え操船している海賊衆も矢で討たれ果て主を失い波に揺れる船と化して行く、命を失う仲間を見送りながら涙を流し突き進む兵糧船団、捨て身で来る船団に火矢を撃ち込む佐竹海賊衆も、同じ海に生きる男達である、一方的に攻撃し、敵が同じ海賊衆の男達が僅かな米と引き換えに命を失って行く姿にいつしかとめども無く涙が流し、それでも火矢を撃ち込むしか無かった。
「火矢を止め、撃ち方を止めよ、もう撃たなくて良い、このまま見送るのだ!! 敵の海賊衆はあっぱれであった我らもあの姿を見習い忘れてはならぬ・・・敵船団に合掌せよ!!・・・鎮魂を祈るのだ!!」
燃え盛る津軽安東家の兵糧船団その塊が浜に辿り着き米を下ろそうと大勢の兵が集まるも声を失う事に、兵糧船団が浜に到着するも操船していた海賊衆全ての者が何本もの火矢を撃ち込まれており絶命していた、命が消える瞬間まで操船し米を届けた事がはっきりとその亡骸は示していた。
多くの者が目を見開き歯を食いしばり亡くなっていた、中には舵を方向舵を守るために身体を縛り付け自分が死んでも浜に向かうようしていた、亡くなっている者の目からは血を流れていた、その姿に声を掛け米を運ぶ兵士たち。
「米は無事に届いたぞ、受け取ったぞ、安心致せ、米は無事に届いたのだ、もう目を閉じて大丈夫じゃ、安心して逝くが良い!!」
米を運ぶ者達も何人もが海賊衆の姿に心を打たれ涙し大切な命のバトンである米を受け取り運んでいた、兵糧船団から貴重な米を運ぶ中、津軽安東家の固まっていた兵団に次々と威力ある矢が撃ち込まれ始めた、資晴の船から降りた足軽達が千本の指揮で150間の距離まで近づき遠射と直射を撃ち始めたのである。
「殿、届きませぬ、鉄砲の玉が弓兵に届きませぬ!!」
「なに~鉄砲より矢が飛ぶのか、あのように勢いがある矢があの距離から届くと言うのか!!」
「う・・・盾じゃ、盾で防ぎ米を館に運べ、なんとしても運ぶのだ、あの者達が浮かばれぬ!」
次々と米が館に運ばれるも千本が率いる足軽歩兵達からの攻撃で死傷者続出する。
「良し、ここまでとする、館に戻れ、館に戻り守りを固めるのだ!!」
当主安東愛季は時刻も夕刻となっておりこれ以上は犠牲を増やすだけと判断し館に戻る事を指示し撤退した、懸命な判断と言える。
「どうだ米はどれ程運べたのじゃ、それと残った兵はどれ程じゃ!!」
「米は350俵程です、100俵程は塩水に浸かりまして御座る、生き残った兵は2800程、某が連れて来た者達も600程失い、毒矢に撃たれ下にて治療しておる者達もおりますがどうなるやら判りませぬ、死傷者は全部で1000名と言う所です!」
「それ程多くの者が逝ってしまったか、亡くなった者達には後でしっかりと供養するとしよう、先ずはその塩水に浸かった米で粥と致そう、ここにいた者達も限界である、それにしてもよう来てくれたそちが来なければ終わっておった!」
「蠣崎の話を聞き、只事ではなく相手が那須と判断し多くの船を用意するのに手間取り遅れ申した、しかしそれでも船が足りなかったようで御座る、敵の海賊衆は砲まであり陸奥の地ではどこも持っておらぬ武器かと、相手を見抜けませなんだ!」
「それは儂も同じよ、先ずは態勢を整えどう致すか考えるとしよう!!」
時刻も夕闇が迫り那須とアイヌの者達も一旦下がり森に戻った。
「お~義弟、よく来てくれた、危ない所であった!!」
二人は抱き合い、それぞれの酋長とも挨拶を交わし今後の戦について話が行われた。
「では義兄、皆様も多くの犠牲者が出たのですね、これ以上犠牲が出ぬ様に、戦いは我らの方が慣れておりますので、これからは我らが指揮を執りますので従って頂きたい、相手は戦に強い侍達です、鎧兜もしっかり身に付けております、戦い方は我らの指揮官がとりますのでどうかお願い致します」
「儂も声を張り上げ指揮を執ったが、集団で戦う事に皆が不慣れで被害を受けてしまった、これからの戦いは資晴に頼む、我らは指示に従う!」
「敵側も我らが来た事で慎重となろう、浜で倒れた者が放置されているそれらの者を館の前に置いて来るが良い、それとこれから書く矢文を投げ入れせよ、明日、明後日は戦を行わず亡くなった者を弔う事とする、敵も応じるであろう!!」
アイヌ側でも初日の犠牲になった100名と併せれば400名程の多くの者が亡くなった、負傷した者を含めれば1000名近い大勢の者達となる、その後資晴を中心に軍議が開かれた。
「津軽安東家も多くの犠牲者が出ておるが、どう出て来るかのう?」
「我らが来た事で相手は那須との戦いと定め事で武家と武家との戦となりました、どのような形であれ、決着させねば終わりませぬ、我らも全力であたるしかありませぬ!!」
「ではまだ和睦の話は無理であるな、一度は戦わねばならぬな、ではどのようにして戦うのかを検討致そう、皆の意見を頼む、兵数も相手より劣るゆえどう戦うか!!」
「では若、某の海賊衆が海戦が終わりましたので手が空きました、そちらの者も自由にお使い下さい」
「判った、そうなるとどの様な策を用いれば良いかのう?」
「今我らには木砲が40台あります、それと我らが石火矢を持って来ました、大五峰弓もあります、佐竹殿の海賊衆の皆様にそれらをお願い致しましょう、只、佐竹殿には騎馬隊の一部をお願いされてはどうでしょうか、アイヌの方達には指揮を執る者が数名必要となります、如何でありましょうか?」
「そうであるな、佐竹殿を指揮官で使わぬは勿体ない事である、では佐竹殿一旦船を降りて陸の指揮を頼む!!」
「判り申した、自由にお使い下さい!!」
今後の戦略を新たに練る軍議が開かれる中、津軽安東家一党がいる蠣崎館に矢文が投げられた。
「殿、矢文が投げ込まれました!!」
「なに!・・・これは・・・敵の那須とは・・・ふむ~! 城代であればこれをどう読む」
「むむ・・これは何とも今どき珍しき事柄成れど武士としての矜持ある文でありますな!」
資晴から矢文に書かれていた内容は、津軽安東家の見事な戦いについての称賛と浜に放置されている亡骸を館近くの浜に安置したので手厚く葬ってあげて欲しい件と明日明後日は弔いの日としてお互い戦を回避しようと書かれていた。
「我らに配慮した事が書かれておりますが、どこか奥底に何某の意思が隠れているやも知れませぬ、殿を初め今はお身体の回復をせねばなりませぬ、明日、明後日と時間を頂けるのであればその時間を大切に使いましょう!」
「そうであるな、では三日後に決戦とする事に致そう、米はなんとか確保出来たがこの人数では一月も持たぬ、それと戦に勝ち敵から船を奪わねば戻る事が出来ぬ、三日後に堂々と決着を付ける事に致す!!」
津軽安東家も武家であり一戦も交えずに和議という考えは何処にも無く当然と言えば当然の事であり資晴達も戦う事を選択し三日後の戦について軍議が引き続き開かれていた。
「では十兵衛と半兵衛の策を用い陣を築き戦を行うとする、佐竹殿は騎馬を福原は足軽を率いて動き、那須家の武威を示す事とする、一豊は騎馬を、忠義は本陣にいて木砲隊他の指揮を行うとする、千本は本陣で足軽を、蝦夷の戦士は本陣に組み入れる、陣構えは本陣が鶴翼となり、鶴翼の前方に鋒矢の構えを騎馬二隊で宜しいのだな、これで良いか半兵衛?」
「はい、それで大丈夫であります、蝦夷の戦士を二手に分ける事で鶴翼も作れます、我らの兵と蝦夷の戦士を含めれば敵より多くの者が戦に参加となり包めまする、騎馬隊が二隊出来た事で陣に強みが出来ます!」
「敵は凡そ3000を切る兵数であればどのような攻め方をするのだ?」
「どうやら鉄砲が数十はありますが弾が届かぬと理解したようですので、長柄足軽が主力になります、厚みを持つ隊列で向かって来る事に、その先頭に鉄砲隊を配置するかと、一気に距離を縮め本陣に向かって決する事を考えるかと思われます!!」
「そうなると短期決戦の野戦となるのであるな、籠城はしないと?」
「籠城する時は援軍が見込める時であります、此度は戦場が蝦夷になります、無理でありましょう!」
「では戦の後について義兄と暫し相談致す、助も残り話に加わるように!!」
戦について話が一通り終わり、資晴は今後の蝦夷の在り方について各酋長が揃っている内に希望を伝える事にした、決定するのは那須ナヨロシクであり、その意思を最大限に尊重する事にした。
「では戦の後に義弟はそのようになる事を希望しているのだな、蝦夷の地での支配はあくまでも我ら蝦夷の民が行い、それに従うというなら反対する理由は無い、これまでのように我らの仲間を騙し奴隷とするなどは許されぬ、しかし、此度の事で和人が義弟が言うようになるのであれば、それは認めよう、それがカムイの意思でもあるであろう!!」
「では義兄戦の後については某にお任せ下さい!」
「敵の津軽安東家に動きあり、館から軍勢が出ました、館前方で陣を敷いております、陣を展開しております!!」
「やはり館を背に陣を築いたか、隙を狙い館を取られたらどうなるか、敵もしっかり策を練っておるようだのう! しかし、木砲以外に石火矢も大五峰弓がある事に驚くであろうな!!」
津軽安東家の当主と城代の石井は先の戦いで少数ではあったが那須の騎馬隊の攻撃力、そして援軍が現れてから有利に見えた戦局が変わった事、さらに騎馬隊が増えた事で蝦夷人も多数いる事おり兵数の数も逆転され、より攻撃力のある相手となった那須家と戦う事に戦が長引けば余計に不利になると読んでいた、人が戦う以上戦にも動きが速い時と緩慢とした流れがあり、先に勝負をかけ有利となった時に和睦できれば最善と考えていた。
那須資晴が戦前に那須ナヨロシクに話した事は蝦夷の地を那須ナヨロシクを中心に支配する事を認めさせる、その後の交易に津軽安東家も拠点の一つとして利用する事を認めさせたのである、その大きな理由は十三湖という港のある有利な場所にあった事で、既に内海となった自然の堤防に囲まれ船を守るにも最適であり港が整備されている点に注目した、現時点の函館の港は良港ではあっても未整備であり交易する港に整備するには時間を要すると考えた。
津軽安藤家と那須資晴、両者の思惑は武家の考えと、既に先々の事を、戦の事より先の事を見ている資晴、全くの違う見方ではあるが接点を見いだせる可能性が秘められている。
戦前ではあるが資晴は実に明るく楽しい未来を描いていた、真冬の極寒と言う厳しい時に身体は熱が籠り火照り心を躍らせていた!!
※ この章の題名変だな~と思った方は大正解です、さあー一緒に歌って次の章に繋げましょう!!
昭和の名曲、函館と言えばこれです。
函館の女
はるばるきたぜ 函館へ さかまく波を のりこえて
あとは追うなと 言いながら うしろ姿で 泣いてた君を
おもいだすたび 逢いたくて とても我慢が できなかったよ
函館山の いただきで 七つの星も 呼んでいる
そんな気がして きてみたが 灯りさざめく 松風町は
君の噂も きえはてて 沖の潮風 こころにしみる
迎えにきたぜ 函館へ 見はてぬ夢と 知りながら
忘れられずに とんできた ここは北国 しぶきもこおる
どこにいるのか この町の ひと目だけでも 逢いたかったよ
歌:北島三郎 作詞:星野哲郎 作曲:島津伸男
蝦夷合戦の章が思ったより続いております、蝦夷をアイヌが統一する話なのでお許し下さい。
次章「勝者と勝者」になります。