188 函館海戦
智将城代の石井の活躍により兵糧が届くのか見ものです。
函館というの名前の由来はアイヌ語で入江の端、湾内の端を意味するウスケシ、ウショロケシに館を築き、形が箱に似ていることから箱館と呼ばれるようになった、このほか、アイヌ語のハクチャシ、浅い、砦という意味にも由来する説があるようです。
函館湾は天然の良港として交易の中心の一つとして江戸時代以降栄えて行く、特に幕末は明治維新とも関係が深く近代的な城として五稜郭が築城されるなど和洋文化が発展した都市として栄え日本を代表する人気観光地に発展年間500万人が訪れる都市に、函館の夜景は例えて言うなら100万ドルの夜景と言う表現でされるほど見事な美しい夜景と言えよう、二度ほど見ておりますが、正に素晴らしいの一言です。
── 函館海戦 ──
「もうすぐ函館の浜に着く、殿が腹を空かして待っておる、ここからが勝負じゃ、軍議の通りに動くのだ、敵は必ず来るぞ、心して浜に行くのだ!!」
城代の石井は当主と大勢の兵の元に兵糧を届ける為に蠣崎が襲われた敵の攻撃方法を詳しく聞き、必ず我らを待ち構えており兵糧を送る船を襲うと予想し予めその対策を施し函館の浜に向かった、智将石井の策は兵糧を積み込んだと思わせる船を多数用意させ、実際に兵糧を積んでいる船を守るように配置させ、敵の船が来た際に、偽装した船を敵の戦船に向かわせ、体当たりさせ船足を止める計を行う事とし、偽船の穂先にあて木を施し船の先端を強化させ、偽船30艘と実際の兵糧と兵を運ぶ船30艘、計60隻もの多数の船を用意し函館に向け進軍した、この時館では既に食料が尽きて四日目の事であった。
一方津軽安東家の兵糧を運ぶ船が多数来るであろうとの予測の元佐竹海将の旗艦1000船と500石船には木砲を設置し浜に近づく船を待ち構えていた、函館の湾は入り口の幅約5キロ奥行き8キロの半円の形をしており接岸できる浜は大きく二隻の木砲だけでは到底防ぐ事は無理であり30石の戦船の働き如何で結果が大きく変わる。
遠眼鏡でマストの上から監視する見張りより。
「敵船多数海峡を越えてこちらに向かって来ております、その数50隻以上の多数であります!」
「良し、旗を揚げよ、交戦旗を掲げよ!!! 砲を撃ち合図を送れ!!」
佐竹海将の指示で一斉に20艘の戦船が敵船に向かって走り出す。
「那須の戦船が此方に向かって来ます!」
「良し、我らの方が数が多い、予想した通りだ、広がれ、大きく広がり函館に向かうのだ!!!」
60隻の船が大きく広がる事で襲われる船があっても、他の船に行くまでに時間を要する様に展開させ、さらにその内の30隻は偽船という罠を張る津軽安東家の兵糧船、見た目ではどれが偽船なのかは簡単には見分ける事が出来ない。
「間もなく両家の船が合わさります!! ぶつかりまし合わさり攻撃をしております・・・包囲を抜けて来る船多数、こちらに向かって来ます、その数50はおります、こちらに浜に向かって来ております!」
「良し、砲の届く距離に入っら木砲を放て!! 半里以内に入ったぞ良く狙い、砲を放て!!」
「海将、半里では当たりませぬがそれで宜しいのですか?」
「構わぬ、敵の船前で砲による水柱が起きればそれだけで驚き向きを変える事になる、威嚇も攻撃の内じゃ、間もなく半里内に入るぞ! 良し、撃て!!」
津軽安東家の城代石井が知恵を使い兵糧を運び進む中、函館港目前に現れた那須の戦船、それを率いる旗艦から木砲が撃たれ水柱が上がり驚く船員達は進路を左右に舵を切り砲弾をなんとか回避し浜に辿り着く船が現れるとそれを待ち構えていたアイヌに襲われ浜でも合戦が繰り広げられる事に。
「殿、殿、城代が浜に浜に船団を引き連れて来ております、那須と函館湾で交戦しております、浜に辿り着く船も蝦夷人に襲われ兵糧が奪われております!!」
「おのれ、出合え出合え、蝦夷の者どもから兵糧を守るのだ、城代が浜に船団を引き連れて来たのだ、城代を助けるぞ、皆の者出合え、戦じゃ、敵を殺せ!!」
館から一斉に飛び出す3000者兵士、既に食料を得る事無く空腹の中、四日目に現れた兵糧を運ぶ船と仲間が襲われている事に最後の力を振り絞り館から躍り出た津軽安東家の軍勢、それを迎え撃つアイヌの戦士3000名、兵糧を守ろうと刀を振り回し、矢からの攻撃は盾で防ぎ、一俵二俵と館に運ぶもそれでも矢に撃たれ一人二人と倒されて行く。
アイヌの攻撃に鎧兜と盾に守られる兵士を簡単に仕留める事が出来ない中、一豊の騎馬隊が浜を端から端に暴れまわりアイヌの戦士を守り劣勢となった場に飛び込み敵に打撃を与えてはなんとか有利に運ぼうと駆けずり回っていた、一豊の騎馬隊は弓騎兵であり五峰弓、弓の強さはアイヌの弓とは比べ物には成らない強き弓である。
一豊達は不慣れな毒矢は使わぬが敵の盾を突き破り籠手、背中、足などに突き刺さり時には首に一射で仕留め数の少ない騎馬隊であったがアイヌの戦士達を守る活躍が著し働きであった、しかし集団で戦う事になれていないアイヌ人達はどうしても興奮しては矢を放つ事に夢中となり敵に隙を突かれ突破され館に米が運び出されていた、そこへ津軽安東家の主船の500石船が浜目前に。
「良し抜けたぞ、戦船を近づけさせるな、体当たりし足を止めるのだ、この船を守り浜に着けるのだ、近づく敵に鉄砲を放て、打ち込めよ!」
「木砲であの船を狙うのだ、あの大きい奴だ、一斉にあれを狙え、撃て~!!!」
城代石井の乗る500石船に砲弾が当たるも船が大きく一発では足を止める事は出来ない、それでも何度も木砲で打ち込む内に二発三発と砲弾があたり船に被害を与えていたが重量のある船は止まらず浜に辿り着いた、そこへ群がるアイヌの戦士達と反対に500石船を守ろうとする侍達、浜に着岸した500石船を中心に次々と矢も撃ち込まれ、盾で矢を防ぎアイヌへ切り込んで行く兵士との乱打戦へと大きい渦が生まれた。
「良し、米を運ぶのだ、盾で守りながら一俵でも多く運ぶのだ!」
浜に着いた500石船には米が300俵と兵士が200名乗り込んでおり、奪われない様に米を守る中、館から来た兵達と合流し乱打戦の中なんとか半分の米を運び出しす事が出来た。
「まだまだ来るぞ!! 米を守るのだ、蝦夷人など押返せ!」
「殿、殿、よくぞご無事で、まだまだ米は来ます、偽装の船と奴らは戦っております、もう少しの辛抱です、良くぞ耐えられました!!」
「城代、よくぞ来てくれた、後数日遅かったら我らは動けなくなる所であった、これで一息つける、なんとか助かった、良くぞ来てくれた!!」
佐竹率いる戦船20艘も偽船に苦労しながらも次々と沈め、動けなくし20艘の船は動けなくしていた、海での戦は陸と違い風を読み潮の流れ、時間による干潮満潮の潮汐という自然を読み切り舵を切り櫂を漕ぎ船を推し進めて戦う、体力と気迫のぶつかり合いの熾烈な海戦を湾と浜でしている中ついに待ちに待っていた資晴軍の艦隊が遠くに見え始めていた。
「アイン、ウインどうだ見えたか?」
「佐竹海将の船から木砲が撃たれています、小さい船が多数動いています、浜にも沢山の人が動いています、小さい船からは煙も多数上がっております」
「という事は半兵衛、丁度今戦中という事か?」
「はい、若、間違いなく戦を行っております、我らの戦船も先に向かわせましょう、それと木砲を一斉に撃ち我らが来た事を知らせましょう!」
「お~そうしよう、忠義! 戦準備だ、資晴軍の交戦旗を上げよ、木砲を一斉に撃つのだ、20隻の戦船を先行させよ!!」
「あいあいさ~!!」
「!? なんじゃ今の返事は?」
「海賊衆が使う、了解しましたという言葉だそうです!!」
「なんか気がぬけた返事であるが、まあ良い、号令をかけよ!!」
「木砲用意せよ! 合図を各船に送れ!! 1番艦から20番艦の戦船を下ろせ! 海賊衆は乗船し佐竹海将を助けよ!!」
ドカン~! ドカン~! 次 ドカン~! ドカン~! 何発も撃つのだ! 次 ドカン~! ドカン~!
「銅鑼と太鼓も鳴らすのじゃ!!」
資晴軍の1000石船1隻、500石船3隻、300石船3隻から40門の木砲が浜に向け一斉に火を噴き咆哮が鳴り響く!
「あの音は雷鳴か? いや何度も聞こえるぞ、南側の浦を確認せよ、音の方向を確認せよ!」
「船です、煙・・・木砲の音です、援軍が向かって来ます、若様の艦隊であります・・・戦船が先に向かっているようであります!!」
「お~本当に来て頂いた、これで戦況が大きく動く、急ぎ海賊衆に知らせよ、若の援軍が間もなく来ると伝えよ!!」
1000石船1隻、500石船3隻、300石船3隻の船は明船を模倣し改良した船足の早い船であり船の底板も二重構造の隔壁もあるという簡単には沈まない船であり同程度の石高の和船よりも一回り大きくその威容は艦隊という名に相応しく見る者を圧倒する船団と言える。
函館湾で戦う那須の戦船の中に20隻の新たな疲れていない海賊衆が合流した事で一気に形成が大きく動き出す、2艘の戦船で敵の船を挟み火矢を次から次と撃ち込み、敵が回避行動の左右に動く事を防ぎ撃ち込まれる事で帆が燃え操船者が討たれ動けなく船が出始める。
そこへ半時後に資晴艦隊が浜に到着した。
「湾を封鎖する形で間隔を開け停泊するのだ、木砲を撃ちながら入り込め、敵船が入らぬ様間隔を開け、湾に入る船を攻撃せよ!! 半円に横に広がり築くのだ、今も2艘が抜けたぞ、抜けさせてはならぬ!!」
資晴の艦隊が到着した事で1000石2隻、500石4隻、300石3隻の計9隻の大型船が函館の浜に横並びで敵の兵糧船の侵入を塞ぐ体勢を急ぎ展開指示を出す半兵衛。
「騎馬隊と足軽歩兵を下船させよ、急ぎ浜に上陸させよ!」
津軽安東家の海賊衆も日頃から荒れる日本海と津軽海峡の中で鍛えられた船員が多く、船の能力では劣るも豊富な経験から潮の流れを先に掴み劣勢の中、火矢の届かぬ微妙な距離をジグザクと左右に動き浜に近づこうとしていた、そこへ新たに資晴の艦隊が現れ、さらに30石の戦船が出現した事で津軽安東家の海賊衆も最後の試みに入った。
「このままでは敵船が増え、個別撃破されるだけである、一旦全船を後方に下げよ! 浜より離れ後方に湾入り口側に下がるのだ!! 儂に続け!!」
海賊衆の親方がこのままでは全滅し残りの兵糧が運べぬと判断し一旦後方に下がる指示を出した、残りの船は半数の30隻である、それに対して那須の戦船は40隻と大型艦が浜に展開していた、そこで米を積んでいる10隻を守り着岸させるために最後の試みを行う事に、体力的にも限界であり最後の突入を行う事にした。
「良いか、これより米を積んでいる船を真ん中に一列作りその左右に残り20隻の船を配置し列を作り敵に体当たりして道を切り開き、前方の船が体当たりし止まったら次の船が道を切り開くのだ、左右の船20隻でも切り開かぬ場合は、米を積んだ先頭の船から敵船に体当たりし次の船に道を作るのだ、なんとしても道を作り浜で戦っている兵達に米を届けよ!!」
三列縦隊で真ん中に米を積んだ船を守り他は玉砕覚悟で切り開く渾身の命を投げ打つ策を行う事に、海賊衆は普段は漁も行い、海運の関税を徴収し、時には戦う海の兵士である、海が荒れれば命を失い、海の戦で命を落とすは本望でありその覚悟は出来ている武士である。
「これより突入を行う、前だけを見て突き進むのだ、浜を目指し一直線で突き進むのだ!!」
「海将如何やら敵船は塊となり突き進んで来るようです!」
「では我らも同じ三列縦隊を作り敵と並行して進むのだ、平行して火矢を一斉に撃つのだ、湾に入ったら進路を妨害するのだ!!」
津軽安東家の海賊衆が率いる残り30隻の船は三列縦隊で函館の湾内に再び侵入し、潮の流れ速さ敵船の隙間を見つけるべく蛇行の動きを舵を切りながら徐々に近づいて来た、それに対して那須の戦船40隻も三列で隊形を作り並行移動する為に前方より近づくき火矢を放つ予定であったが津軽安東家の海賊衆に有利な時間帯に入った、その事を見過ごしていた佐竹の海賊衆達であった。
「良し、これで一気に我らが有利となった、この時を待っていたのだ、これで奴らの船より早く走れる、突き抜けるぞ!!」
「敵船の動き早くなりました、一気に向かって来ます!」
「なに、どおいう事じゃ? 潮の流れか? しまった満潮じゃ、満潮なのじゃ、この海は満潮の時となったのじゃ・・・だがそれだけでは無いぞ、なぜあのように和船が速く突き進み始めたのだ? 待てよ・・・拙いぞ・・離岸を探せ離岸の潮を掴まねば!! 離岸はどこじゃ!!」
函館湾の満潮時刻を迎えた事で浜に潮が押寄せる力が増大し、さらに津軽の海賊衆は向岸流という浜辺独特の潮の路に乗ったのである、浜の岸に向かう流れを向岸流と言い、逆に浜辺から沖合に流れる潮の路を離岸流と言う、特に満潮時と干潮時という潮の満ち引きが起きる時に多く現れその流れは川の様に潮の流れが速い道となる。
「我らはこの湾の潮を知る海賊衆だ、船の性能だけで我らに勝てると思うな、ここからは我らの時間ぞ! 敵船の動きが遅くなった我らは早くなった今ぞ突き進むぞ!!」
※源平の合戦時に壇ノ浦の戦いによる海戦時に平家は負け滅亡となるが海戦当初は平家が源氏を圧倒していたされる、それは潮の流れが平家側から源氏側に向かって流れており源氏の船は進まずに攻撃が出来なかった事が原因とされる、ところが今度は午後になり潮の流れが逆になり源氏が有利となり勝利したとされる、海での海戦は潮の流れが重要と言える。
「敵が向かって来ます、敵の船団が来ます!」
「進まぬのなら、横に動く、敵の船の進路を塞ぐ右に回頭せよ、船首を東に向けよ!!」
浜を目指し突き進む兵糧船団、迎え撃つために横に展開する佐竹海賊衆、その形は偶然とも言える丁字であった、日本海海戦史上歴史的大勝利となる日露戦争におけるバルチック艦隊と東郷平八元帥率いる日本連合艦隊との『日本海大海戦』で完膚なきまでに圧倒的な強さでロシアを叩き潰し日本が勝利した丁字戦法と同じ隊形となった。
果てして函館港での海戦の決着は乞うご期待となる!
海戦を表現するって予想以上に大変ですね、それに最後の一行、乞うご期待って、必ず次も読んでねという悪知恵の表現まで書くとは(笑)。
次章「はるばるきたぜ 函館へ」になります。




