185 那美
「ヒーヒーハーハー! ヒーヒーハーハー! ヒーヒーハーハー! ヒ~ヒ~ ハ~ハ~! じゃない、ヒーヒーハーハー!だ もう一度ヒーヒーハーハー!だ、そうだ玲子頑張れ!」
「うう・・・苦しい・・死にそうで痛い・・のに、ヒーヒーハーハー! と ヒ~ヒ~ ハ~ハ~! の違いって何? なんなのよ洋一の馬鹿~!!!」
「ヒーヒーハーハー! と ヒ~ヒ~ ハ~ハ~! は標準語と群馬弁の方言だと~になるって!」
「いい加減にして下さい、ご主人!! 奥さんは今出産中なんですからヒ~ヒ~ ハ~ハ~!でも問題ありません、さっきから何ですか群馬弁群馬弁って、ここは群馬県ですよ!!!」
「あっ、すいません、看護師さん気が動転してました、玲子何しろがんばれ、頑張れ~!!!」
「もう・・・痛い・・・痛い・・死にそう・・・洋一の馬鹿野郎~!!!!!」
遡る事三方ヶ原の戦いが終了した頃に令和の洋一夫婦に異変が起きていた、洋一夫婦というより玲子が結婚当初より6キロも太り65キロを超えてしまった、着る服がついにゴム系の伸びる生地へと変化していた。
(あれだけクリームを主食のように食べていればそうなると、自業自得、懲りずにクリームは別腹と言い張る玲子に諦めていた洋一)
パンダのように太った玲子に三方ヶ原の戦が終わった頃に異変が訪れた、あれだけ食べていたクリームを食べなくなってしまったのだ、冷蔵庫に氷塊と化したクリームが数日減らぬ事に驚く洋一。
「玲子さん、どこか具合が良くないとかありませんか? 冷蔵庫のクリームが減っていないから具合でも悪いのかと?」
「う~私にもよく判らないけど胃がもたれてちょっと食欲が湧かなくて、さっぱりした物なら大丈夫なんだけどクリームを食べ過ぎたかもね!!」
異変の兆候が表れて数日過ぎるとさらに食欲が無く体調が悪化した玲子を無理やり医者に連れて行く洋一、ひと通り診察を終えて看護師より呼ばれ診察室に。
「御主人、先生がお呼びです、診察室にお願いします」
「御主人、心配しないで下さい、奥様は妊娠しています、懐妊ですよ、おめでとうございます、もう四ヶ月に入りました、計算的には12月最初の週でしょう、一応専門の産婦人科で診てもらって下さい、妊娠は間違いありません、おめでとう御座います」
突如玲子に妊娠が告げられた事で、待ちに待った両今成家は大騒ぎとなり出産準備という名の戦支度へと、いつもの強気な玲子が妊娠と告げられ、弱気となる中、何故か洋一が奮起し出産についての本を読み漁り、妊娠中の食事はもちろん、炊事洗濯家事全般(日頃とほぼ同じ)を担い、冷蔵庫の氷塊と化しているクリームは玲子の父が経営レストランの冷凍庫に運び封印。
「玲子さん何しろ過度な甘い物とかはダメと書かれているのでクリームはレストランの冷凍庫にしまいました、これからは偏った食事は禁物です、それ以上変な太り方もダメですよ!!!」
「何その変な太り方って、これは妊娠していたから太ったのよ、自然の事なんだから勘違いしないでね!」
「いや、その・・私が食事を作りますからという事でお願いします」
なんだかんだと言いながら順調にお腹も大きくなり12月臨月となり、そしていよいよ迎えた出産、実家近くの館林の産院で陣痛が始まり、不安な玲子の希望もあり立ち会う洋一。
「ヒーヒーハーハー! ヒーヒーハーハー! ヒーヒーハーハー! ヒ~ヒ~ ハ~ハ~! じゃない、ヒーヒーハーハー!だ もう一度ヒーヒーハーハー!だ、そうだ玲子頑張れ!」
「うう・・・苦しい・・死にそうで痛い・・のに、ヒーヒーハーハー! とヒ~ヒ~ ハ~ハ~! の違いって何? なんなのよ馬鹿~!!!」
「ヒーヒーハーハー! ヒ~ヒ~ ハ~ハ~! は標準語と群馬弁の方言だと~になるって!」
そんな馬鹿な話をする中、頭を出す赤ちゃん。
「もうすぐですよ、息んでいきんで、もっと、さあいきんで、出て来ましたよ、おかあさん最後のひと踏ん張りですよ、さあさあ、もう一息~出ます出ます、出ました!!!!」
無事に取り出した産科の医師が尻をはたき刺激を与えると。
「オギャ~ オギャー オギャ~ オギャー!」
「お~玲子、玲子やったぞ元気な赤ちゃんが生まれたぞ!」
大喜びする二人、身体を洗われた赤ちゃんを母親の玲子の元に見せ胸元に、一連の出産を終えた玲子が生んだ赤ちゃんは3000g女の子、後日名前は『那美』と命名された、今成那美という名の小悪魔の誕生である、両家今成家を嵐の中に引きずり込む小悪魔『那美』の話は別の章でいつか紹介できれば!
── 蠣崎館 ──
「良し、火矢を放て!」
深夜一斉に火矢が館に撃ち込まれアイヌ人達を撃退するために300名の兵士が躍り出た、門から出ると今度は反対側から火矢が放たれ別の場所に移り結局夜明けまで火矢を止める事が出来ずに所々が小火となり一部被害を受けた蠣崎館。
「思ったより被害は無いようだな、撃ち込まれた火矢の数から敵は500程度であろう、これより20名一組での隊を作り手分けしてアイヌの者達を探し見つけ次第殺す事、婦女子は捉え質とすれば否応なしに取り戻そうと館に近づくであろう、近づけばそこを狙い皆殺しと致せ!!」
「鉄砲隊の半数は館の曲輪に配置し、残りの半数は各隊に振り分けし攻撃出来るように手配り致せ、敵は弓だけが頼りである」
「殿、安東家にはこの事、告げまするか?」
「馬鹿者敵の出方も判らずに告げてどうする、それに我らは何れ安東家とは手切れを考えておると以前より言うているでは無いか、偉そうに主家気取りで我らが得た獲物を横取りする安東家に安易に告げる事など馬鹿にされるだけぞ、そんな事より今は敵勢の確認と対処を致せ!!」
そこへ館物見櫓から報告が入る。
「殿、敵勢と思われるアイヌの連中300名あまりが北側の森よりこちらに向かって来ております」
「ふざけた奴らよ、これより皆殺しじゃ、行くぞ!!」
那須ナヨロシクの指示は敵の蠣崎兵を森に誘い込み削る事を徹底されたのだが、一部のアイヌ兵達が昨夜の火矢による攻撃で興奮し勝手に蠣崎を攻撃する為に森から出てしまった、そこへ襲い掛かる兵達、蠣崎の上級兵達は鎧や兜を身に付け、下級の者でさえ二枚胴具足を身に付けており防具の上からでは矢が貫通せずしっかりと武装されていた。
それに対してアイヌの戦士達はアザラシの革や木片を組み合わせた甲冑を身に付けていた、革と木片を短冊状に簾のように編み肩からひざ下までスカートのように覆われた戦支度であったが、一番の違いは弓で攻撃する為肩先から両腕を守る防具が無かった。
「あそこに集まっているぞ、襲え、このまま騎馬にて襲うのじゃ!!」
蠣崎の騎馬が襲って来る事に怯まずに矢で攻撃するアイヌ兵、果敢に矢を放ち攻撃するも防具に守られた蠣崎兵の被害は軽微であった、反対に次々と鉄砲で討たれ倒れるアイヌ兵、切り殺される者も続出する中、戦闘の状況が那須ナヨロシクに報告される。
「拙い、騎馬を持っている者にて仲間を救出に向かう、敵は鉄砲で攻撃して来る、常に動き仲間を救うのだ、これより騎馬を持っている者は救出に迎え!!」
最初の騎馬を使っての出動は仲間の救出であった、森から500を超える騎馬隊に驚く蠣崎の兵達、騎馬の数は蠣崎を圧倒しており、囲まれては拙いと考え、攻撃をしながら後退しながらも鉄砲の的になり倒れる者が出る中、なんとか残った者達を馬の背に載せ救出を図り助け出した、アイヌ側の犠牲者数は想像以上に多く、100名以上の死傷者を出した最初の戦闘に。
「あれ程言ったであろう、敵の蠣崎には鉄砲がある、森の中に誘い込み戦うと、勝手な行動で多くの仲間が亡くなった、亡くなった者達は戻らぬ、カムイの元に魂が行ってしまった、これからは二度と勝手な行動を取ってはならぬ!!」
「蝦夷人を100名程倒したが、どうやら敵の数はおもったより多く、騎馬を多数持っていた、我らも全軍で戦う事とする、兵達を参集させよ、しっかり武装を整え戦う事とする、鉄砲の攻撃は有効であった、玉薬を持ち、各頭は油断せずに兵を整えよ!!」
蠣崎館は東西800mの空堀の内側に各館があり館と言うより城に近い威容と言えるが平地の上にあり籠城に向かない館である、そもそもアイヌ人達から攻撃される事など考えられておらずに建てられている、そこへ昨夜火矢が撃ち込まれた。
「今夜も昨夜と同じく火矢を放ち、昼間は森の中で隠れて過ごす、必ず敵は森の中まで入って来る、その時こそ皆で思う存分戦うのだ、それまでは夜陰に紛れて火矢を打ち込むのだ、今日のように勝手な行動で仲間を失ってはならぬ!!」
最初の攻撃で犠牲者が出た事で那須ナヨロシクの指揮に忠実に従う事となり連日に渡り深夜火矢を討ち込み蠣崎側でも兵が集まるのを待ち総攻撃を行う評定を開いた。
「明日より館を出て、敵の隠れておる北の森を隊列を組み蝦夷人どもを狩るのじゃ、敵の攻撃は弓だけじゃ、木に隠れて狙って来るであろうが、横陣の隊列を組めば敵が矢を撃てば位置も判明しそこへ鉄砲を討ち込め仕留めるのだ、盾も用意してある、攻撃は昼間のみとし夜間は館周辺の警備と致す!」
「良し、出陣じゃ、蝦夷人を皆殺しにせよ、森の手前で横陣の隊列を組みあぶり出すのだ、巻狩りと同じ要領じゃ!! 進め!!」
那須ナヨロシクには那須家から忍びの和田衆20名が派遣されており蠣崎の動きを、変化を逐次知らされていた、この日朝、蠣崎館から大勢の兵士が森に向け進軍を開始したと報告が入る。
「蠣崎の兵が館から出てこの森に向かっている、予定通り配置し森の中に誘い込むのだ、それまでは絶対に攻撃をしてはならない、敵も大勢だから焦る必要もない、此方の方が数倍は多いのだ、敵は間もなく森に来る配置に着き用意せよ!!」
森の入り口側には50名程のアイヌの戦士が蠣崎兵をおびき寄せる為に態と見える様に誘っていた。
「ほれ、見ろあそこにおったぞ、あの森に蝦夷人がいるのじゃ、我らを見て慌てて森の中に入ったぞ、これより狩じゃ、蝦夷人の巻狩りじゃ!!」
森の入り口で500名の兵が横に広がりその後ろ側で指揮官たちが声を張り上げ、指示を出しながら進み始めた、アイヌの兵を見つけては鉄砲を放つも見通しの悪い森の中、森林の枝葉によって邪魔され思う様に成果が上がらず、徐々に那須ナヨロシク達がいる中心部に迫っていた。
「敵は逃げ回っているのだ、弾薬を無駄にするな、もっと近づいてから仕留めよ!」
「この先に少し広く開けた湿地の処があった筈です、今であれば地面も凍り付き入れます」
「ではそこに陣を作り索敵し殲滅を計る事に致す、全軍そのまま前に進め!!」
「良し、ここに陣を構えよ、ここより四隊に分け敵を追い込む、この陣に向かって追い込むのじゃ!」
本陣に100名程を残し、各隊100名程の横陣で組み追い込む事にした蠣崎の兵、しかしこの事で大きな犠牲を出してしまう、一組が100名となり分散した事で攻撃するナヨロシクのアイヌの戦士達も100名の蠣崎兵に対して500名以上の戦士達で襲い掛かったのである。
鉄砲の音が四方から鳴り響き、悲鳴も入り交じり森の中に響き渡った、当主の蠣崎季広は四方から聞こえる鉄砲の音と人の悲鳴を聞き、敵のアイヌ人達を仕留めていると勘違いをしていた。
「殿、大変です、罠です、敵の罠でありました、我らがここに誘い込まれておりました、アイヌの者達が津波となって襲って来ております、殿、早く、早く館にお戻り下さい!!!」
「何を慌てておる、あの悲鳴は我らの兵なのか? ではあの鉄砲の音も逃げながらの発砲か!!」
「敵はどの位おるのだ?」
「判りませぬが相当な数であります、それより今は館に戻る事が先決であります、皆の者急ぎ殿を守り館に戻るのだ、陣は捨て置け、急ぎ戻るのだ!!」
陣にいた100名の兵と各隊に分かれた者達も散り散りとなる中、必死な形相で陣に戻る者を見て、一様に危機が迫っている事を知り急ぎ館に撤退し始める蠣崎の軍勢、そこへ容赦なくアイヌの兵達が毒矢を放つ。
「盾を使うのだ、矢に毒が塗られておる、盾で防ぎ撤退するのだ、鉄砲を持っている者は殿と先頭に分かれよ、道を切り開き戻るのだ!!」
襲う為に森の中に入った蠣崎の軍勢に2000名以上のアイヌ人達が襲いかかった、それとは別動隊の助が率いる1000名の部隊は森の出口周辺に潜み獲物があぶり出されて来る時を今か今かと待っていた、アイヌの男たちは狩猟民族であり、狩りを生業にしている、女達は狩り以外の仕事を行い営んでいる、今では那須から一部の地域ではとうもろこしも伝わり食が豊かに成った地もある。
狩猟民族であるアイヌの男達に森から逃げて来る獲物を仕留める事は容易い事と言える、逃げて来る道も事前に予想が付き、矢を構えて時を待っていた、そこへ森から騒めきの音と一緒に蠣崎の兵達が現れた。
「良し、今ぞ、矢を放て、毒矢を放ち蠣崎を倒すのだ!!」
森から抜け出し一路館に急ぎ戻る兵達に向かって多くの矢が放たれる、盾で防ぐも1000名からなるアイヌの戦士達から幾重にも矢が放たれて鎧兜で身を守っていても肩口、背中、顔に矢傷を負い倒れる者が続出し、ついには数十名が盾で塊となり動けぬ事に陥る事に。
助の手が上がり矢の攻撃を一旦止めたアイヌの者達、助が大声で。
「降伏するなら武器を置け、まだ戦うならこのまま攻撃を続ける、はっきりと返事を致せ!!」
「判った、降伏をする、皆を助けよ、我らは降伏する!!」
後から追い付いた那須ナヨロシクも降伏を認める事にした。
「蠣崎季広殿はそこにおるのだな、ではこちらに来て下され、我らの条件を伝える!!」
「儂が当主の蠣崎季広である、その方は蝦夷人であるか?」
「儂の名前は助と言う、和人ではあるが蝦夷人でもある、ここにいるお方が蝦夷の大酋長那須ナヨロシク殿じゃ、このお方が蝦夷の長である、では我らの条件を伝える!!」
「館に囚われているアイヌの者達を全て開放する事、蠣崎家の侍達全てこの蝦夷から出て行く事、城下の町にいる者達は残っても良いし蝦夷から出ていく事も自由である、この蝦夷の地は下野の国那須家の領地となり、蝦夷の当主はここにいる那須ナヨロシク様が支配する事になる、以上である」
「なに? 下野の那須であると言うのか? 南部でも最上でも無く下野の那須であると言うのか、解せぬ、一体何がどうなっておるのだ、全く解せぬ話ぞ!!」
「解せぬ、解るはその方達の自由である、ここにいる那須ナヨロシク殿は那須家嫡男の義兄であり、那須家当主の義息である、これより先、蝦夷の民を虐げる者は我ら那須と戦う事になる、その事を肝に銘じるが良い、その方達の主家である安東家にも伝えるが良い! 何時でもお相手致すとな!!」
この戦闘で蠣崎の侍達の死傷者は300名以上の犠牲を被り、津軽安東家に身を寄せる事になった、しかし、相手が下野の那須と聞いても、両家は距離も遠く離れており、安東家では那須の事を知る者が皆無であった、そこで相手が下野の那須と名乗った以上どうするかの評定を開いた。
「蝦夷の地から蠣崎が追いやられ、その背後に下野の那須という国が支配すると堂々と名乗ったが那須の事を我らは知らぬ、如何致すか皆の意見を聞かせよ!」
「蠣崎の話ではアイヌの長が那須家の義息となり嫡子の義兄になっていると説明を受けたという話でありますが、それ程気にせずにこれまで通り武力で従わせれば宜しいのでは、仮に那須の者どもが兵を起こし、この地まで来るには相当難儀な話であるかと、簡単には来れませぬ、地の利は我らにあります!」
「某もその様に思われます、那須の家などこの奥州では関係ありませぬ、地の利がある以上戦もせずに従う必要はありませぬ、気にする必要はありませぬ!!」
「某一つだけ気になる事があります、宜しいでしょうか?」
「遠慮せずに言うが良い!!」
「では今から10年程前に先の将軍様である義輝様が童の子が書いた文にて見事に敗残の将となった出来事がありました、その時の童が那須の嫡子であったかと、その者と義兄弟とアイヌの者が成ったのであれば用心した上で臨まれた方が良いかとも文一通にて時の将軍を負かすなど古今聞かぬ話しでありましたので覚えておりましたので一応お伝えいたします」
「確かにそんな話があったかも知れぬが、仮に我らが軍勢を引き連れて下野まで行く事を考えれば戦は出来ぬ程難儀な事になろう、しかし、今回は向こうから来なくてはならぬ、それを考えれば実際には来れぬであろう、我らには5000以上の兵がおる、全て集めれば8000はおる、一戦も交えずに蝦夷を諦める事など出来ぬ!」
「年明け半ばに蝦夷に向け、蝦夷人の長である那須ナヨロシクを退治すべく軍を起す、軍勢は3000とする、これは決定事項である、敵は毒矢を使う、盾を多数用意し、蝦夷に向かう物とする、それまでに船の支度を整えておくよう申し付ける!!!」
これにて第二ラウンドの始まりとなる、那須家最初の海戦が函館の海で行われる事に!
急展開で『今成那美』ちゃんが誕生してしまいましたね、軍師と下僕の子、相当な小悪魔な女の子になりそうです。
次章「謀反」になります。