158 元服準備
── 招待客と準備 ──
秋祭りを終え翌年の1571年、暮れに14才となり、年明けのこの春三月に正太郎は元服を行う為の準備に追われていた、父資胤と母上の三人で夕餉の後先ずは客人に招待状を送るリストを見せ合っていた、母のお藤の方は重臣の奥方と国人領主の奥方等々の一覧とその奥方達に付いて来る侍女の人数など凡その数の一覧を示しため息を付く二人であった。
「母上、奥方の皆様と侍女達だけで100名を超えるのですか? 」
「これでも遠慮しているのです、ひょっとしたら後数十名は増えるかも知れませぬ、相手の要望を確かめませぬとはっきりとは判らぬのです」
「父上の方も既に150名を超えております、それに某の重臣達も入れば少なくとも男だけで200人は超えます、そこへ母上の100が加われば・・広間ではとても入りきれませぬ、父上何処で行うのですか?」
「中庭の能を鑑賞できるあそこに仮設の床を引き、お主は能舞台で・・・良いか?」
「そそそ・・それでは見世物ではありませぬか」
「元服式とは皆に大人になった事を示す場であるから、まあー一種の見世物よ、それで良いのだ、それより寝床を確保せねばなるまい」
「私の方は私の館で足りますが・・・父上と母上の招待する250名は雑魚寝をする訳にも参りませぬぞ、急ぎ部屋を拡張するのと、戸建ての来客用の家が必要ですぞ」
「今は格式ある家が泊まれる家が三つだけである、この際作るか、城内の部屋数だけでは全然足りぬ」
「それしかありませぬ、私の館の横にも一軒ありますが、三軒程作りましょう、後は誰が饗応役をするのですか、これだけ多くの人が来るとなれば数人必要であります」
「そうだのう、七騎から一人・・・大田原と和田殿、十兵衛それと便利な公家殿であればどうか正太郎」
「それは名案です、大田原殿を筆頭に副が和田殿であれば十兵衛も今では小山の城代です、公家殿は立派な官位があります、失礼にはならないでしょう、それぞれに2~3名の配下を付ければ足りるかと、母上の女衆を差配する饗応役は誰が宜しいでしょうか?」
「私の侍女筆頭頭と、伴殿姉妹、半兵衛殿から百合も貸してもらおうかしら、それぞれに二人付けば大丈夫かしら」
「お~百合ですか、百合に会うのも久しぶりになります、ではその様に致しましょう」
「所で正太郎大事な話があるのだ、藤とも相談したが、元服となれば公に 一廉の武将になった事になる、既に10件以上もの婚儀の話が来ており、元服するまでは検討出来ぬと断っておるが、もう無理である、今であれば父と母がいろいろと考慮して相手を選べるが、父より格上の例えば管領殿や将軍より来た話があれば断る事が出来なくなる、そうなれば那須の家が格上の者達の意向に従わなければならぬ事態もあるやも知れぬ」
「儂の代では大丈夫であるが、そなた正太郎が当主となった暁にその事で足かせになるやも知れぬ、母も心配している事、如何思う正太郎の意を聞かせるが良い」
「母上は確かに、芦野殿の叔父御の娘でありましたから父上も気にせずに政が出来た訳ですね、某もその様に致したいです、奥方の家が足かせになる婚儀は御免被りたいです」
「ではそれを回避する方法は一つしかないぞ」
「何でしょうか? その回避する方法とは」
「元服の日に許婚を公言してしまうのよ」
「え~いきなり結婚してしまうのですか?」
「そうでは無い、近い将来結婚する相手を発表するのよ実際の結納はもちろん別の時に行い、婚儀も良い時期に行うのじゃ、許婚を宣言してしまえば他の家から格上からも横槍が入らなくなる、どうだ正太郎」
「ちっよと驚きました、元服して直ぐに結婚かと思いました、数年後で宜しいのでしたら、それで問題ありませぬ、父上がいろいろと断っておりました事は承知しております」
「既に那須の家は140万石の家であり、管領家より大きい家となった、その家を味方にするべく様々な誘いが起きている、その内の一つが正太郎の婚儀なのだ、決して安易に考えて対処一つ間違えば取り返しがつかなくなる、ゆえに父も母も早く発表する方が安全と考えたのじゃ」
「判りました、では相手も含めその事は父は母にお任せ致します、実際の婚儀だけは暫くお待ち下さい」
「うむ、では父と母でその方にとって一番良いと思われる姫を検討する、任せておけ」
戦国時の元服には政治的な意味合いも含まれており、家の力を周囲に示す場でもあった、特に家に取って後継者である嫡子の元服式には近隣諸国に武威を示す場としても利用された。
元服についての打ち合わせ後、母藤より困った話を正太郎に告げられた。
「正太郎、父上も知っている事だが困った文が来ておるのだ、これを読んで見るが良い」
「ここ・・・・これ程お怒りであるとは・・・・どうすれば宜しいでしょうか?」
「そなたの預かり知らぬ所で起きた事は調べが付いている、しかし、怒るは当たり前であり謝罪だけでは済まぬ、半兵衛ともあろう者が後先を考えずに馬鹿な事をしたものじゃ」
「どうすればお怒りが静まりましょうか?」
「良いかこの事を軽く考えては行かぬ、他家であれば身分の高い者にあのような愚かな事を行った場合どうなるか正太郎も判るであろう」
「おおおお待ち下さい、あの者には悪意はありませぬ、処断はどうがお見逃し下さい」
「悪意が無いから困っておるのだ、悪意が無くてあのような手を考えるという事が危険なのだ、勝つ為に手段を選ばないのと似ており、その策には情も心も入っておらぬ、綱引きであったから良かっただけじゃ」
秋祭りが終わった数日後に武田太郎の奥方嶺松院より、綱引きの決勝で振られた際に、絵が描かれた旗についての怒りの苦情の文が来たのである、描かれていた絵は、太郎の母親三条のお方と妻の嶺松院が鬼の姿で描かれており綱引きをする太郎達に向かって負けたら容赦をしないという意味が込められており、それを見た三条のお方様は衝撃を受け、館に籠り塞ぎ込んでしまった、この事をどう責任を取るのかと言う苦情が書かれた文が届いたのである。
「私が同じ立場で鬼の姿で描かれた旗を振られたら当主の妻として立場無く、命を絶つやも知れぬぞ、正太郎の配下が犯した罪は正太郎の罪でもある、如何責任を取れば良いと思う?」
「母上、お許し下さい、正直荷が重くどうすれば宜しいでしょうか?」
「父上とも既に相談を致したが、三条のお方も嶺松院殿も女性である、ここは私が出張る以外に無いと思う、正太郎だけでは解決出来ぬと思う、正太郎と半兵衛と妻の百合、私の父上でもあり、半兵衛の義父である芦野 資泰を伴って詫びに行くしかあるまい」
「・・・・母上までも行かれますか?」
「良いか正太郎、謝る時はしっかり許しを請うのじゃ、そうしなければ半兵衛は天狗になるぞ、そなたが何れ当主となった時に慢の心が災いとなり那須に襲い掛かれば如何する、臣なる者達を守るという事は正太郎にも責任が付き纏いそこから逃げてはならぬ、私はそなたの母であり守護者なのだ、その責任を全うする為に私も行くのじゃ、此度の事軽く考えてはならぬ、特に目上の女性から恨みを買ってはならぬ」
「某も責任から逃げようとしておりました、母上申し訳ありませぬ、お許し下さい」
後日それぞれを伴い、高林の地にある三条のお方様が住まう館に足を運び謝罪が行われたのである、その際に半兵衛は己のしでかした罪に対して自らの髷を切り落とし三条のお方様と嶺松院に誠意を示したのである、それには大変驚かれた二人は、半兵衛の妻である百合にも、そこまでさせてしまった事に逆に詫び涙を流し抱き合っていた。
藤は泣いている三人を見て、この事で一段と強い絆が生まれと確信した、最後に半兵衛に語り掛けるお藤のお方。
「半兵衛殿、此度の事を忘れてはならぬ、其方も良くぞ決心した、三条のお方様、嶺松院殿は那須の家に取って大切なお方であり、武田家の柱となるご婦人である、何れ武田家再興の策を持ってご恩に報いるが良い、太郎殿、今後も正太郎を支えて頂きたい」
この謝罪の後、三条のお方、嶺松院、百合とお藤のお方は板室の温泉に行き、心身の疲れを取る為に湯治に出かけたのである。
別れた後に太郎が半兵衛の前に躍り出て、髷を切らせたことに対して土下座の謝罪を行ったが、双方共にこちらでも泣き合い抱き合っていた。
(それを見ていた正太郎と叔父の芦野資泰は目を瞑り馬上の人となり城に帰還した)
髷を切った半兵衛は外に出る事も出来ずに正太郎の元服式近くまでの約五ヶ月間を髪が伸びるまで自宅に籠る事になった。
年が明け、新年の諸行事を終え、三月目前となった、元服式まで残す所後20日と迫った。
── 謀殺 ──
「父上、管領様が来られるという事ですが本当ですか? 戦をしておりませんでしたか?」
「使者の話だと戦はしておるようだが攻城戦で時間がかかる様で100万石の大家であり関東八屋形の那須の嫡子の元服なればと申して参加するそうな、ありがたい事だ、ほかにも伊達家当主の輝宗殿、田村郷の|清顕殿、岩城親隆殿、二本松義国殿、相馬義胤殿も来られる」
「えっ、それでは陸奥側の領主達が来られるという事ですか?」
「儂も驚いておる所よ、会津が那須に臣従し、何れ竹太郎が養子として入る事を知っており、陸奥側で争いが止んでおり、元服に参加して那須の実情を探りに来るのじゃ、那須に近い領主達であるから気は抜けぬが良い機会であろう、それに他にも沢山来られるぞ」
「北条家、小田家の他にもあるのですか?」
「山科殿来られる(笑)」
「えっ、無心・・・では御座いませんのか?」
「恐らく元服を良い機会と捉え、大名達に顔を広め無心する気で来るのであろう(笑)」
「凄い執念で御座いますね、私の元服を利用し銭集めに来るとは、見上げたお方です」
「わが那須の家にもあの様なお方を是非とも欲しい人材じゃ、腹が座っており立派な方よ」
「それと将軍家からも使者が来るそうだ」
「えっ、将軍まで元服式を利用して京に上れと言うのでは無いでしょうか、信長を諫めと言う変な文が来ておりましたが」
「案外そうかも知れぬぞ、諸国に文を送っていると和田衆から知らせが入っておる、頭がどうかしているのだ、将軍に据えて頂いた恩を早くも忘れ、恩人を討てなど、相手にしなくて良かったは、先の将軍には首を切られる所であったし、足利という将軍はどこか信用出来ん、用心せねばこちらの首が危うくなる」
「何だか気が思い遣られます、本当に祝って頂ける方達だけで良いのですが、これでは確か、魑魅魍魎という諺がありましたが、危ない方々が集まる元服式になりそうです」
「儂もそう睨んでおる、中には正太郎の命を狙っている者がおるやも知れぬぞ、鞍馬と和田衆には式に介添え役など多くの者を配置手配はしたが、気を抜くなよ正太郎」
「暗殺ですか・・・まさか、そこまで考えておりませんでした、会った事も無いお家の方々が来ます、狙うには・・・確かに、父上とて危ないでは無いですか」
「だから油断するなと申しているのよ、それと午後には服の下手直しだから、出かけてはならぬぞ、半年前に仕立てが服が小さくなるとは、もう儂と背丈が変わらん、早いものだ、酒は飲めるようになったのか?」
「なんとか二合まで飲める様になりましたが、それで限界です」
「では饗応の時に酒は一合とし、後は徳利に砂糖水を用意致そう、酒を注がれた時だけ失礼の無いように飲むのじゃ、注がれる時に砂糖水が入った徳利を置いて置く、間違えるなよ」
「助かります、二合が限界なので、それだけでも目が回ります、では午後にまた来ます」
── 躑躅ヶ崎館 ──
「どうした千代女、まだ真田の事を怒っているのか、あれはあれで小田家に深く潜り込んだのじゃ、許してやるが良い」
「その様な事で訪れたのではありませぬ、武田に後ろから糸を引いておる者がほぼ判明したのです、それを伝えに来たのです」
「何、では駿河攻めも、掛川攻めの失敗もやはり裏で糸を引いていた者がいたのか? 誰であるかその様な手を、儂を相手に糸を引いた者は絶対に許さん、千代女誰であるか?」
「はい、最初は小田家の嫡子かと思い探りましたが、違いました、恐らく裏で糸を引いておりました者は那須の嫡男、正太郎と言う者になります」
「何だと、その嫡男は何歳じゃ?」
「14才との事です、この春三月に元服を迎えます」
「そんな若造が儂の駿河侵攻を止めたのか、止めるとなれば一年以上前から準備をせねば・・・・一年以上前から謀を儂に・・この武田信玄にしていたと言うのか、信じられ、千代女本当にその者が糸を引いていたのか?」
「十中八九間違いありませぬ」
「まてよ・・・・上野の長野を匿っていたのは・・・・隣が那須・・・・千代女の言う事が正しければ空となった箕輪城も我らを誑かす偽計であった、となれば二年以上前から儂を騙し、誑かしていたのか? 今が14才であれば既に12才の時に絵を描いていたのか・・・待てよ・・・那須は数年前まで数万石の小さい家ぞ・・・今は100万石と言われている・・・・ぬかった、儂とした事がぬかっておった、失態じゃ!」
「千代女その方が操れる男の忍びは何名おる?」
「男は3名しかおりませぬ」
「その者達は自らの命を絶つ事が出来る程の操れるか?」
「その者達3名は幼い時に物心がつく前に呪縛封印しておりますので、私の命で自死出来る程に操れる者になります」
「では元服が終われば気も抜けよう、そこでじゃ、その三名を放ち隙を見て、殺すのだ、元服を終えてから放ち行うのだ、やり方は千代女に任す、良いな!」
信玄はここ一連の動きが失敗している事に、邪魔建てする者が必ずいると、裏で糸を引いている者がいる判断し、真田と千代女を使い探らせていた、そこへ千代女が信玄に報告を行う中、糸を手繰り寄せ思案する中、報告とこれまでの邪魔建てされた事が一致したと判断したのである、信玄は常に戦略を考え、邪魔者を事前に排除し、勝つ確証を得てから動く事で勝利を確実な物にして来た、それがここ一連の計では得る物が少なく被害の方が大きかった。
「千代女どんな手を使っても良いその嫡子を殺すのだ!」
半兵衛・・・・
やばい、暗殺部隊が送られる事に!
次章「元服」になります。




