157 勝負の行方
── 玲子の思案 ──
玲子は後2年程で信玄が京を目指し進軍する史実と三家がどう対応するのが一番良いのか連日思案に明け暮れていた。
「そうそうそこそこよ、もっと力を入れて、ふ~上手くなったねぇー、次は左ね、その次は腰よ!」
玲子が思案に明け暮れる度にマッサージ師となる洋一、手を抜くとこれまたややこしい話に発展するので素直に言われた通りに行うだけの下僕の洋一である。
「洋一さん、信玄が史実だと、京に上る途中で亡くなるけど、亡くなった事で問題はそれから一気に信長の勢力が増していく事になって、本能寺の変、そして秀吉の天下になって行くけど、どうしたもんかね?、洋一さんなら三家に取って有利になる事を何か思いつかないかな?」
「信玄を助ける、本能寺の変は起こさせない、とかあるとどうなりますか?」
「私もいろいろ似た様な事を考えたけど、大きい事柄は向こうの世界でも起きて居るから変える事が出来ないと思うの、以前説明した通り、歴史には変えようとする力に対して修正して戻す力が働くから策を労してもその通りの結果にならないで史実と同じ事が起きると思うの」
「三家が大きくなった事も突き詰めて考えれば史実とそれほど大きな違いには成っていないからこれまで来ているけど、問題はこの後の流れなんだよね」
「那須の三家に取って一番良い結果ってなんでしょうね? 玲子さん」
「良い結果ねえー、やはり勢力の拡大しか浮かばないねぇー・・・」
「まだ他にも勢力を拡大する方法はあるんですか、相当無理して拡大出来た様に思いますが」
「北条と小田は地理的にほぼ無理かな、若干の余地が残されているのが那須かな?」
「石高的には北条も小田もまだ伸びると思うけど領地の広がりはほぼ終わりって所、那須はもう少し福島県に手が伸びる余地と信玄が亡くなればどうかなって所」
「それでも信長や、後の秀吉には敵わないね、そう考えると信長って凄いね、天下統一まであと一歩の所まで行ったからね」
「でも十兵衛は正太郎の所にいますよ、本能寺は本当に起きるんですか? 十兵衛がいないから起きないのでは、そうなると秀吉が天下人にならないで信長がそのまま統一するのでは無いでしょうか?」
「流石洋一さんね、大分物事を先読み出来るようになったね、でも私は起きると思っているの、十兵衛の代わりを務める者が出て来ると読んでいるの、今はまだ表に出ていない人だと思うよ、十兵衛が本能寺の変を起こした時って、最初は誰も信じなかった程の出来事で、その首謀者が明智光秀だったと聞いて驚かれる程、信じられなかったから、それだけ世間では十兵衛の評価は高かったから、今度も、えっ、嘘でしょうって位の人が変を起こすのでは無いかと思っているの」
「そうなると謎だらけですね」
「謎だらけだから、今の内に打てる手が浮かばないのよ、那須が平穏な時に手を入れたいのに、という訳で洋一さん、もう一度マッサージお願いね」
「・・・・・・はい・・」
── 綱引き ──
「次、正太郎組対佐久山村、用意せよ! 」
「良し一豊頼んだぞ、今年こそ勝つのだ! 常連の佐久山村、木こり衆ぞ、気を抜くな!」
「間もなく太郎が出ます、お方様、間もなくで御座います」
「キャーイケイケ太郎、私の息子太郎~、キャー太郎負けたら殺すぞ~! 私の素敵な旦那様~負けたら殺すぞ~♪ 負けたら殺す、負けたら殺す、負けたら殺す~♪ (那須に来てから弾けてしまった、母親の三条のお方と妻の嶺松院) 」
「なんじゃあの物騒な応援は、どういう事じゃ、飯富殿?」
「あのお二方は那須に来てより弾けておりまして、それはもう楽しい日々を過ごしております、太郎殿も最近では色々と打たれ強くなっており、むしろ打たれて喜んでいるのではないとの節があります、この飯富には理解出来ない域に達しております」
「もともと危ない家であり、那須では違った意味で危なくなっております」
「むむむ、厄介な話であるな、竹太郎が何れ行く会津に領地替え致すか」
「若様、それより始まりますぞ」
「それでは良いな、勝負初め!」
「歌え、歌うのじゃ~、与作は木を切る、とんとんと~とんとんと~(与作は木を切る)とんとんと~とんとんと~、もっと早く歌うのじゃー、もっと早く、とんとんと~とんとんと~」
「飯富、飯富、飯富、飯富、オブ!、オブ!、オブ!、オブ!、オブ!~飯富、飯富、飯富、飯富、オブ!、オブ!、オブ!、オブ!、オブ!~」
「またあれか、飯富の掛け声なのか、懲りない奴らじゃ!」
「よし、こうなれば勝てば良いのじゃ、飯富でもオブでも良い、勝つのじゃ!」
「オブ!、オブ!、オブ!~とんとんと~とんとんと~オブ、オブ、とんとんと~オブ、オブ、とんとんと~オブ、オブ、とんとんと~」
「中々良い勝負ぞ!」
そこへ半兵衛が軍配を大きく上にあげ、右に振った、すると応援の旗を振る者が一名現れた。
「おっ、何やら応援の者が絵が書かれた旗を振り始めたぞ、急に一豊達に力が入ったようじゃ! あの絵はなんじゃ・・・なに・・なに・・・あ~飯富殿が誰かの尻を拭いている絵ぞ、太郎の尻を拭いてる絵ぞ!」
会場中から大爆笑の旗振りとなる中。
「勝負あった、勝者、正太郎組、勝者正太郎組!」
「勝ったけど、恥ずかしいでは無いか、負けた方が良かったのでは無いか、正太郎組と呼ばれる事に恥ずかしいではないか!」
「若様はまだまだ若い、戦とは勝てば官軍、負ければ賊軍でありますぞ」
「何をそれらしい事を言っておるのだ半兵衛、こうなれば次も勝つのだ!」
「お任せあれ、さらなる策が用意されております」
「次当主組対マタギ衆、用意」
「おう、次はマタギ衆ぞ、昨年は人見知りの者が多く無口であったな、今年はどうなっておるかのう」
「ではよろしいな、勝負開始!」
「ズン・ズン・ズン・ズンドコ・ズン・ズン・ズン・ズンドコ・ズン・ズン・ズン・ズンドコ♪」
「おっ、ズンドコ節でねぇーか、最近流行ってるズンドコ節でねぇーか、こりゃーいい響きだぞ!」
「よいしょ、よいしょ、昇級、よいしょ、よいしょ、昇級、よいしょ、よいしょ、昇級」
「父上め、おのれ卑怯にも掛け声に昇給を雑ぜて来たぞ、銭でやる気を出させるとは卑怯である!」
「ズン・ズン・ズン・ズンドコ、よいしょ、よいしょ、昇級、ズン・ズン・ズン・ズンドコ、よいしょ、よいしょ、昇級♪」
「勝負そこまで、勝者当主組!」
「あっはははは、見たか正太郎、勝負とはこのようにやるのだ!」
ベスト4が出そろい、再度組み合わせの抽選となり準決勝となる。
「正太郎組対長野組、準備を致せ!」
「若様、負けませぬぞ、勝負は勝負で御座います」
「飯富の旗を振っても良いから負けてはならん、勝つのじゃ!」
「良し、では勝負・・・開始!」
「シン・シン・シン・シンぐんまシン・シンぐんまシンぐんま、俺達ぐんまシンぐんま~」
「訳が判らん呼び声に負けてはならん、こっちもシン・オブじゃー! 」
「シンぐんまシンぐんま、俺達ぐんまシンぐんま~飯富、飯富、オブ!、オブ!」
半兵衛が又もや軍配を高々と上げ合図を送ると旗振り役が登場した、飯富が太郎の尻を拭く絵が書かれた旗がなびいた。
会場中が爆笑となり、何故か見ている者達からオブ、オブとの笑いながらの声援が広がった。
「飯富、飯富、オブ!、オブ! シンぐんまシンぐんま、俺達ぐんまシンぐんま~飯富、飯富、オブ!、オブ! シンぐんまシンぐんま、俺達ぐんまシンぐんま~♪」
「勝負あった・・・・勝者正太郎組、勝者正太郎組!」
勝者正太郎組と発表され大爆笑の渦が巻き起こった、ケツ拭きの絵で勝ったぞ~との大笑いであった。
顔を真赤になりながらも正太郎は。
「ようやった、見事・・・である、あと一勝で優勝である、もうこうなったら勝つしかないのじゃ!」
「ご安心下さい、最後の奥の手がまだあります、必ず勝つでしょう! 」
「なんじゃ、奥の手とは、蛇行ではあるまいな! 一豊は知っておるのか?」
「いえ、飯富殿のケツ拭きの絵は知っておりましたが、それ以外は知り申しません」
「半兵衛奥の手とは何であるか?」
「奥の手とは、奥の手であり、我の秘策であり必勝の策であります、反則にはなりませぬのでご安心下さい、大船に乗った気で泰然と見ていて下され」
「判った、そこまで言うからには安心して意味いよう、皆の者ようやった、休むが良い」
「次当主組対工夫組、用意致せ!」
「では良いな、勝負開始!」
「コウフ、コウフ、コウフ、俺達コウフ、コウフ、コウフ、俺達コウフ、コウフ、コウフ!」
「よいしょ、よいしょ、昇級、よいしょ、よいしょ、昇級、よいしょ、よいしょ、昇級」
「おっ、いい勝負あるぞ、父上の当主組が押されておるぞ!」
「いかん、押されているぞ、こうなったら、二階級昇進じゃ、二階級じゃ!」
「呼び声が当主組の呼び声が変化したぞ、なんじゃと!」
「昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、二階級」
「おっ、押し返したぞ、最初の位置に戻ったぞ!」
「コウフ、コウフ、コウフ、俺達コウフ、昇級、昇級、二階級、コウフ、コウフ、コウフ、俺達コウフ、昇級、昇級、二階級!」
「勝負そこまで、勝者当主組、勝者当主組!」
「それでは公平を期すため、暫し休憩とする」
「半兵衛大丈夫あろうな、父上は卑怯にも二階級昇進という銭で釣っているぞ、勝てるのか?」
「私の策は二階級どころではありませぬ、それこそ五階級に匹敵する策であります、一豊殿達が目の色を変え、ケツの穴を一気に縮める程全身に力が入る策であります、考えた某ですら二日間は眠れませんでした」
「それ程の策が、綱引きにそれ程の策があったとは、実に深き物であるな」
「正太郎め、やっと三年目にして決勝で勝負とは、大人と子供の違いを見せてやろう、当主とは勝たねばならんのじゃ、ふふふふ、後悔するが良い」
「ではこれより優勝決定戦を行う、正太郎組対当主組、用意せよ!」
「三条のお方様、決勝が始まります、いよいよ次で優勝です、胸がドキドキ致します」
「妾もじゃ、屈折三年目である、長い年月であった、心を鬼にし、槍突きを嫌々させたのじゃ、これで報わる、相手は当主の組である、潔くやれば良い、ここまで来た事を褒めて遣わそうでは無いかのう」
「私も妻としてお方様を見習い鬼となりました、これで胸を撫で下ろし致します」
「そうである妾達は本来の姿である菩薩にもどろうでは無いかのう」
「はい、お方様、慎ましい菩薩に戻りましょう!」
「よし、では良いな、これよれ最後の勝負である、勝負開始!」
「昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、三階級、昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、三階級」
「なんと恥も外聞も無く三階級と言っておるぞ、半兵衛なんとかしろ!」
「飯富、飯富、オブ!、オブ! 飯富、飯富、オブ!、オブ! 飯富、飯富、オブ!、オブ! 飯富、飯富、オブ!、オブ!~♪」
「早くケツを拭く絵を出すのじゃ、飯富の絵を掲げるのじゃ!」
「良し、頃合で御座る」
軍配を、右手を高々と上げ、飯富の旗が振られた。
「あっはははは、また出たぞ、こりゃいいぞ、あっはははは、でも当主組強えーぞ、ビクともしねぇーぞ」
「半兵衛、押されているぞ、飯富の旗では負けるぞ~まずい・・・」
「ご安心下され、まだ奥の手は出しておりません、見ていて下され」
半兵衛は又もや軍配を高々と上げ合図を送った、合図と共にもう一人の旗振り役が登場し、新たな旗が振られ会場中が一気に静まり返った。
「なんじゃ・・・なんの絵だ・・・えっ・・・ちょ、ちょ・・・なんて事をしてくれたのだ、ま・・まずい・・・儂は逃げる・・・この場から退散する、後は梅、頼んだぞ、儂は頭がくらくらして来た、もうだめだ、殺されるかも知れん」
「お方様なにやら新しい旗が振られ、太郎達に力が入った様です、綱を引き始めました、なんでありましょうかあの旗は?」
「なんであろうかのう、旗が左右に揺れておるので・・・鬼・・・鬼であるか・・・・」
「なななな・・・・なんと鬼が二匹・・・・えっ、ぎょ・・・見てはなりませぬ、お方様見てはなりませぬ、目を背けて下され」
「もう遅い、妾にも見えてしもうた、奴らは取り返しのつかぬ大それた事を仕出かした、あの者達を磔じゃ、磔にせねば気が治まらぬ、この恨みはらさで置く者か、くそ餓鬼ども!」
半兵衛の奥の手とは新しい旗を追加したのだ、その旗には太郎の母、三条のお方と妻嶺松院が鬼となった姿で太郎達をしばいている絵であった。
「なんか急に悲鳴のような響きになったぞ、飯富、飯富、オブ!、オブ! 飯富、飯富って言っているが悲鳴に聞こえるぞ!」
「昇級、昇級、二階級、昇級、昇級、三階級、飯富、飯富、オブ!、オブ! 飯富」
「勝負そこまで勝者・・・・正太郎組、勝者正太郎組! 」
「おっ、若様の組が優勝したぞ、今年は若様の組が優勝だ、あれ、さっきまでいた若様がおらんぞ!」
無事に正太郎組が優勝となったが正太郎は行方をくらました、何処かに逃げてしまった、最後は巫女48による美しい舞が披露され無事に秋祭りが終了した筈であったが、後日半兵衛には地獄の仕置が待ち受けていた。
半兵衛・・・やりすぎ!
次章「元服準備」になります。