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月下寺秘仏  作者: kazuy
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第一話

 新人の僧侶、常梨じょうりは社務所の壁にかけてある鏡にむかってニッと笑ってみた。出っ歯が揺れないか指で叩いて確認する。大丈夫そうだ。


 赤茶色のべっ甲風のメガネフレームに指を添える。顔を左右に振りながら満足できるまで見え具合を調整し、それが終わると、鏡の右隣の壁にピン留めされているレンダーを見た。記入式の月別カレンダーで一番下に大きな筆記体で常月寺じょうげつじ、一番上に今月の一言とあり、「今、一期一会なり」と印刷されていた。


「ねえ、和尚様。このカレンダーの今月の一言は、和尚様が考えてるの?」


 作務衣を着た住職、常道じょうどうが事務机の上に置かれているノートパソコンから顔を離さず、おおそうだ、と答えた。常梨は直接常道に年齢は尋ねていないが、30歳前半に見える。


 常梨は、お土産でもらった机の上のまんぢゅうが入った箱に手を伸ばし、来年のカレンダーの準備は終わったんですか、と尋ねた。


「当たり前だ。もう12月だぞ。そのダンボールの中に来年のカレンダーが入っているはずだ」


 常梨は、まんぢゅうを半分に割り、一口食べた。常道が机を指で叩いた。常道を見ると、常梨に向かって右手を差し出していた。半分に割った残りを差し出すと、静かに首を振ったので、新しいまんぢゅうを箱からとり出し常道の手に置いた。


 常道は、それを一口で口の中にほおり込むと、常梨に向かってお茶、と言った。常梨も、残りのまんぢゅうをとりあえず口の中に入れ、お茶の準備を始めた。口の中であんこが徐々に溶け出し、上品な甘さが口の中に広がっていった。自然と鼻歌でも歌いたくなる。


「来年のは私に考えさせてくださいよ」

「お前に任せるのは無理だと思うな。例えば、どうすんの」

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか? バイ、スティーブ・ジョブズ」


「他には」

「今すぐには思い浮かばないですけど」

「せめて、30個くらいアイデアを用意できたら考えるよ。しかし、俺はジョブスより大師様のほうが好きだけどね」


 常道は、出されたお茶を一口すすった。壁時計をいちべつしてノートパソコンを閉じた。


「お勤めの時間だ」


 常道は、応接セットのテーブルの上においてある骨壷を指差して、それを頼む、といって社務所を出ていった。常梨は、カレンダーの12月10日のメモ欄に71と書き込み、骨壷を持って常道の後を追った。


 常道は、本堂につづく渡り廊下の途中で、常梨を待っていた。


「常梨、そんなに足音をたてて歩くものじゃない。もっと静かに歩きなさい。胸の前の仏様がうるさいと迷惑そうな顔をしています」

「すみません」


「申し訳ございません、です」

「申し訳ございません」


 本堂に入ると常道は、須弥壇の後ろに回った。ろうそく型のランプがともり、スピーカーからは、ヒソヒソ声程度の音量でピアノのクラッシックが流れ出した。


 常道は、堂内を歩きながら耳をすまし、スピーカーの調子を確認した。常梨は、須弥壇前、常道が座る座布団の脇に骨壷を丁寧に置いて、その後ろに正座して待った。常道が袈裟をかけて菩薩像の前に座った。


 常梨が尋ねた。


「彼女は無事に極楽に行けたのでしょうか」

「それは、わかりません。今は六道に迷い込まないようにお経を唱えましょう」


 常道は、リモコンを操作して、音楽を消した。一度、咳払いをしてから御本尊に一礼し、読経が始まった。常梨は、手のひらサイズの経本を取り出し、常道の読経の声に合わせお経を読んだ。


 読経が終わりに差し掛かろうとしたとき、背後で床板を乱暴に足で踏みつける音がした。常梨は振り返った。スカジャンにジーパン、スニーカーという服装の10代と思しき男と上下黒の背広に革靴を履いた中年の男が広縁に立っていた。


 そこは、土足厳禁です、と注意しようと立ち上がろうとしたが、足がしびれて前に出ず、自分の足につまづいて前のめりに手をついて倒れた。


 その脇を常道が足音を立てず通り過ぎ、二人の男の前に立った。


「そこは、土足厳禁ですので、お履物を脱いでいただけますでしょうか」

 スカジャンの男は鼻で笑い、さらに一歩前に出た。

「硬いこと言うなよ。用事がすんだらすぐ帰っからさ」


 胸ポケットから写真を一枚取り出し、常道の額に貼り付けた。


「二ヶ月前に、ここにこの女がやってきただろう」


 常道は、眉をひそめ、近すぎる写真から距離を取るため上体をそらした。


「ここは土足厳禁です」


 スカジャン男は、常道の作務衣の襟を締め上げた。


「隠すと、ためになんねーど。俺たちはわざわざそのために東京からこんな山奥にやってきたんだからな」


 しめあげられた常道の口から、うめき声が漏れた。


「今はな、金さえ出せばスマホで位置がわかっちまうんだ。あの女のスマホが、ここを最後に動いていねえ。ここにいることはわかってんだ、バカ野郎」


 後ろにひかえていた背広の男がズボンのポケットに手を入れたまま命令した。


「おい、手を離せ。それじゃ、しゃべれねえし、写真も見えねえだろう」


 スカジャン男は、はいと返事をすると天井を睨んで手を離した。


 常道は、深呼吸して息を整え、写真を一瞥した。


「たしかに二ヶ月ほど前、こんな感じの女性が一人でやってきました」


 背広の男が静かにたずねた。


「どこにいる」

「お知り合いのかたでしょうか」


 背広の男の代わりにスカジャン男が答えた。


「おおそうじゃ、お知り合いもお知り合い、早く案内しろ、ボケ」


 常道は、常梨に例のものを持ってきなさいと指示を出すと二人の男を引き連れ、本堂を出ていった。常梨は、深呼吸した。常道の後ろ姿に一礼して、しびれる足を引きずり、大丈夫と繰り返し唱え、社務所に向かった。



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