39 胸の奥の不思議な感情
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、ブレッドさん達によろしくね」
「はい!」
私はレーダ母さんと朝食をすまし、パン屋に向かった。
すると、向こうから宿屋を出たレグルスがこちらに歩いてきた。
レグルスは数日もすると、すっかり体調が良くなっていたようだった。
「よお、ポルクシアちゃん」
「あ。レグルスさん、おはようございます」
レグルスは大きな剣を背中に背負い、どこかに出かけるようだった。
「レグルスさん、どこへ行くんですか?」
「なーに、ちょっと野暮用よ」
そういうとレグルスはにっこりと笑った。
その表情を見た私は、今までに感じたことのない感情を感じてしまった。
病気の直ったレグルスは身長も高く、筋肉質でとてもカッコいい男だった。
だが私は元々男のはずなのに……なぜかレグルスを見ると胸の奥がこみ上げるような温かさを感じてしまっていた。
「気を……つけてください」
「おう、いいお土産持ってくるから楽しみにしてろよ」
レグルスの笑顔は私の心に深く刻み込まれたようだった。
彼に怪我してほしくない、私がこんな感情を男に感じたのは初めてだった。
ダメだダメだ、雑念が色々と入って気持がゴチャゴチャしてしまう。
私は気持ちを切り替えてパン屋に向かった。
「どうしたんだい、ポルクシアちゃん。今日は顔が赤いよ」
「だだだ、大丈夫でです! だいじょじょうぶですってて」
ダメだ、さっきから頭にレグルスの事が思い浮かんで離れない……。
「ポル? どうしたの? 今日何だか変よ?」
「え? ……あ、ああスピカ。何ともないって」
スピカのおかげで私はどうにか少し気持ちが落ち着いた。
やはり彼女は私の癒しなのかもしれない。
そして私達は午前中のパン屋の仕事を終わらせ、私はいつものようにお風呂屋の受付に、スピカはゴミ捨て場のゴミ燃やしに向かった。
今日はあの奴隷商人たちは来るのだろうか……。
昨日からモヤモヤしていたが、でもなんだか普通の奴隷商人とは違ったように見えたので、特に警備隊には伝えなかった。
それに私は警備隊に恨みがある。
義父になりそうな男に襲われそうになった時、袖にされたのが警備隊の連中だった。
あんな頼りにならない連中よりも、この街の自警団の人たちの方がよほど頼りになる。
レグルス……強そうだったな、あの人がこの街の自警団をやってくれたら安心なんだけど……。
! ダメだダメだ! なんでさっきからレグルスの事が頭から離れないんだ!?
私は気持ちを切り替える為にお風呂屋の仕事に没頭した。
◇
夕方ごろになってレグルスが街に戻ってきた。
「よお、帰ったぜ!! 風呂入れるか?」
「は。はい大丈夫です」
レグルスは全身に傷を受けていたが、致命傷になるような傷は無かった。
「これ、みんなに食ってもらおうと思ってな。オレを助けてくれたお礼だ」
そういうとレグルスは大きな獣の肉を肩から降ろした。
「!!?? これは?」
「バレットボアの肉とキラーベアの腕だ。他の部分はギルドに売ってきた」
「!!」
バレットボアとかキラーベアって、凶暴なモンスターの名前だ。
その肉は良質だが、あまりの強さに狩人に毎回犠牲者が出る為、高級品として出回っている。
私も前の人生で普通に食べた事があるが、その時は犠牲者を出してまで手に入れている肉だとは知らなかった。
レグルスはそれを一人で二匹とも仕留めたというのだ。
彼の強さは病気さえなければこの国でも有数と言えたのだろう。
「これはとても食べきれる量じゃないので、み……皆さん呼んできます」
「おう、オレはそれまでにこれを分けておくぜ」
私はスピカやシリウス、パン屋のおばさんに貧民街の人達を呼んできた。
「何だって!? これをレグルスさん一人で倒したって?」
「すげえ……こんないい肉見たの初めてだぜ」
「これ……食ってもいいのかな」
みんなは肉を見てビックリしていた。
しかし、私はそれよりも、シリウス爺さんが大きな眉毛の下から鋭い眼光でレグルスを見ているのに気が付いた。
「レグルスの坊主か……久々ぢゃな」




