3 ポルクシア・スパータ
こちらは妹のポルクシアの話です。
続きは明日の夕方アップする予定です。
ここはトレミー皇国の貧民街、私は日課のパンを買いに来ていた。
「おじさーん、パンふたつください」
「ああ、ポルクシアちゃん、いつも可愛いね。これ、おまけしておいたよ」
「おじさん、ありがとうございます」
「そういえばこの前誕生日だったね、ポルクシアちゃんいくつになったんだっけ?」
「えっと……6さいです」
「そうかそうか、お母さんによろしくね。またおいでー」
私はポルクシア・スパータ。
前の人生では私は貴族の息子だった。
全てに恵まれ、順風満帆な人生を送り、若くしてトレミー皇国警備隊隊長にまで出世した。
だが、本当はそんな人生に空虚感を感じていた。
何でも覚えようと思えばすぐに覚えられる。
やりたい事があればすぐにでも取り組む準備も出来る。
だが、何をしていても達成感は感じられなかった。
私の人生は空っぽだったのだ。
他人を見下し、自分自身の安っぽいプライドにしがみつき、貧しい人を家畜や豚と罵った。
前の人生で私は貧民を馬鹿にしていた。
それは何でも出来る自分から見れば、何もできない相手が愚かに見えたからだ。
だが、本当はそうではなかった。
前の人生で何も考えずとも与えられていた物、それは一つ一つが誰かの作った物だったのだ。
今の私は非力だ。
だからこそ人は一人では生きていけないとわかる。
私の持っているパン、これはレーダ母さんが針仕事をして稼いだ金で買ったものだ。
私が稼いだ金で買ったものではない。
それでもパン屋のおじさんは、お使いに来た私を褒めてくれて、おまけまでくれた。
「レーダ母さん喜んでくれるかな」
私は早歩きで家に帰ろうとした、レーダ母さんのスープが飲みたいからだ。
だが、レーダ母さんは私の本当の母親ではない。
前の人生で私の母親は、双子の兄と私を生んですぐ死んでしまった。
その為、私は前の人生で母親の温もりを知らなかった。
だがレーダ母さんは私を抱きしめ、そして温かいスープを飲ませてくれる。
それは前の人生で食べたどんな豪華な料理よりも暖かくて、美味しいと感じた食事だった。
早くスープが飲みたい、私は走り出した。
その時、私は走ってきた幼い少女とぶつかった。
「わっ!」
「キャアッ」
私は後ろに転んでしまい、買ったパンは紙袋から転がってしまった。
その彼女を見て私は驚愕した。
私は前の人生で彼女を見た事がある。
目の前の敵を見る目つきで、私を睨んでいた彼女はスピカ。
薄汚れた服装でボサボサの髪の毛だが、彼女は間違いなく私が前の人生で処刑した女盗賊のスピカだった。
彼女はビルゴ公爵夫人の生き別れの娘に成りすまし、財産を乗っ取ろうとしたのだ。
まだ幼く、女らしさは欠片も感じないが、その髪の色、雰囲気、彼女は間違いなくスピカそのものだった。
「くっ!!」
「あっ! ドロボー!」
スピカは私のパンを拾い、逃げてしまった。
そこには彼女の落とした純銀のmの形をしたブローチが落ちていた。
「これは……」
私は彼女の落としたブローチを拾い、何だかモヤモヤした気分で家に帰った。
「ただいま……」
「ポルクシア様、お帰りなさい」
「レーダ母さん、様は付けないでよ」
「あら、ゴメンナサイ。ポルクシアッ」
レーダ母さんはほっそりした美人だ。
彼女は女手一つで私を育ててくれている。
私はいずれ、彼女を手伝ってあげたいと思った。
「レーダ母さん、パン……盗まれちゃった」
「あらあら、ポルクシア。ケガはない?」
「え? 僕パン盗まれちゃったんだよ、怒らないの?」
「誰が怒るものですか。あなたが無事だった事の方がうれしいわ」
私はレーダ母さんの胸に飛びついて大声で泣いた。
だが、私は前の人生で誰かの胸で泣いた事は一度も無かった。
「母さーん、僕、僕……」
「はいはい、甘えん坊ね。スープが冷めちゃうわ、一緒に食べましょう」
「ぐすっ、うん」
そして私はレーダ母さんと、残ったパンとおまけ分を二人で分けて食べた。
その日のスープは少し涙でしょっぱかったが、とても美味しかった。
この日々が毎日続けばいい。
今……私はささやかな幸せを実感していた。