1 運命のゆりかご
双子の令嬢の人生入れ替えやり直し物語です。
TSとゆるい百合要素が入っています。
どうぞよろしくお願い致します。
1 運命のゆりかご
嵐の吹き荒れる夜、誰もいない海沿いの丘の上、そこで二人の男達が息絶えていた。
互いを憎み殺し合ったはずの二人の死体、その手に最後に握られていたのはお互いの手だった。
その二人の間には二つの剣で串刺しになった猫の死体も有る。
二人の顔は瓜二つ、だがその服装は一人が貴族、もう一人は盗賊と思わしき姿だった。
その後、そこにあったはずの猫の死体は生き返り、その場にたたずんでいた。
何もできなかった傍観者の美しい瞳は、二度と物言わぬ二人の屍をじっと見つめていた。
猫は悲しそうに泣いた、しかしその泣き声は風にかき消された。
そしてしばらく時は過ぎ、二人を見つめていた猫は光に包まれ、本当の姿を見せた。
それはとても美しい瞳の美女、彼女の名は『フォーチュン』運命を導く女神である。
「ああ、この国を救うはずの二人の命が。これでもう、この国の破滅を止める事は出来ません」
女神は誰に伝えるでもなく、これから来る災厄を呟いた。
「この二人だけが最後の希望だった。この国を変える最後のチャンス、それをお互いが知ろうとせず殺し合うなんて……このままではこの国から数十万数百万の命が不幸の神『マルール』の下へ送られてしまう」
しばし考えたフォーチュンは自らの持つ神の力を使い、最後の賭けに出る事にした。
【運命を変える祈り】
それは神とて簡単に許される事ではない。
しかし不幸と災厄をもたらすマルールから、今後奪われる数十万数百万以上の魂を救うにはこれしか方法が無いのだ。
フォーチュンは持てる力の全てを使い、二人の男の運命の歯車を逆に回した。
時はどんどん遡る、しかし今のフォーチュンの持てる力では、全てを元に戻す事は出来ない。
それほど、命や魂の時を戻すのは難しい事なのだ。
たとえ戻れたとして、何かが違っていても仕方がない。
不完全な神の力、それでもフォーチュンは、この国の未来の為に双子の時と魂を戻した。
そして、全ての力を使い果たした彼女は、小さな猫の姿になっていた。
◆◆◆
トレミー皇国、皇国歴末期。
このトレミー皇国には国を司る12貴族が存在し、それぞれの省庁を統括していた。
その中でもヘミニス家は内務省、警備局や親衛隊を統括する地位にある。
ここはヘミニス伯爵の館、嵐の晩にこの家に双子の姉妹が生まれた。
姉のカストリア、そして妹のポルクシア。
前の時間軸ではカストルとポルクスと呼ばれた二人だ。
カストルは貧民街のスラムで、育ての父親殺しの後、盗賊のリーダーとして育ち、ポルクスは伯爵家の跡取りとして、何不自由ない暮らしをしていた。
何故同じ日同じ場所で生まれた双子の運命がそうなったのか、この国では双子は国に災厄を齎すと言われ、忌み嫌われている。
実際何百年か前には、王の双子の弟が実権を握ろうとクーデターを仕掛け、失敗して処刑された歴史があるのだ。
それ故に、この双子も本来片方は殺される運命にあった。
この館の主、ヘミニス伯爵は怒りに震える手で短剣を握っていた。
それを一人のメイドが必死に食い止めている。
「何故……何故双子なのだ!」
「……旦那様」
「その上、二人共……女だと……」
「……」
「こうなればいっそ……一人だけでも」
「旦那様! それは可哀そうでございます!!」
「レーダ、貴様ァ、離せ!! 私の邪魔をするのかっ!!」
伯爵が短剣を手にゆりかごの前に立っていた。
「妻はこの子供を産むために死んだ! しかも忌み子の双子ではないか!!」
「それは奥様もお辛かったでしょうが、この子達には何の罪もありません」
「ええいっ! 下民ふぜいが伯爵たる私に意見するというのか!」
「滅相もございません! ですが何卒、何卒お子様の命だけは」
「私の息子は一人だけだっ!」
伯爵は激昂したまま、レーダに命令を下した。
「フン、貴様が出来んなら別の者を呼べ、そしてこの短剣でそこの子供を確実に一人だけ殺せ」
「そんな……」
伯爵は部屋を出ながらブツブツと同じ事を繰り返し言い続けていた。
「あの子は男だ! 男なのだ……!」「あの子は男だ! 男なのだ……!」
途方に暮れたレーダは仕方なく一度部屋を離れた。
その部屋に一匹の美しい猫が現れたが、それに誰も気づく者はいなかった。
猫は回転するテーブルの上で一度足を蹴り、揺りかごの向きを逆にした。
前の時間軸では、ピンク色の産着を着た右がカストル、水色の産着を着た左がポルクスだった。
皮肉な事に、伯爵は赤ん坊の為に、色違いの産着をいくつかメイドに用意させていたのだ。
だが、猫がテーブルを回転させた事で右がポルクシア、左がカストリアになったのだ。
再びレーダが部屋に入ってきた、その手には短剣が握られている。
貴族の命令は絶対だ、逆らえばこの国では生きてはいけない。
しかし彼女は、目の前の純粋な赤子の目を見て、とても殺せるとは思えなかった。
「ポルクシア様……ダメ、私にこの子は殺せない。それならいっそ……」
思いつめた彼女は、赤子を一人連れ去り、何処となく姿を消した。
そして数年の月日が流れた……。