第88話:こわい~! の、ひ!
街で聖女騒ぎを巻き起こした翌日。
登校のため、ジェノさんに抱かれてお城の前まで来ると、そこで待っていたアリアちゃんが酷い興奮状態で駆け寄ってきた。
「ソラちゃん! 昨日はご活躍だったそうではありませんか!」
「でへへ~。かつやくちた!」
「わたくしも、率先して民の助けになりたいですわ」
アリアちゃんが羨望の眼差しで見詰めてくる。
「ソラちゃんは、街では英雄で聖女様として認知されましたわね」
「しょれ……いや」
「そうですわね! ソラちゃんは、持っている力で当然のことをしたまでですもの! 英雄とか聖女様などともてはやされたい訳じゃないですわよね!」
そうじゃないぞ~。ソラちゃんは大人数で囲まれたくないだけだぞ~。人見知りで大泣きしちゃうぞ~。
――もぉぉぉ!
ほんとのことじゃん! わたしに怒るより、人見知りをちょっとづつ直していこうよ。
――はじゅかちいもん! ちかたないね!
あ~、うん、そうだね……。
また、感情に理性が負けちゃったよ。ごめんねパパ。直りそうにないや。
ソラちゃんの弱点は、この人見知りと、もう1つある。弱点というより、トラウマか。
これはソラちゃんだけじゃなくて、わたしにとっても、トラウマだ。
なんせ、転生した直後に食い殺されかけたんだから。
「うわぁぁん! パパ~! びぇぇぇん!」
奴は、突然グラウンドに現れた。
四足歩行で、尻尾を激しく振りながら、獰猛な牙を隠そうともせず、長い舌を見せつけながら……。
『く~ん! べろべろべろ!』
腰が抜けて動けないことをいいことに、好き勝手に顔を舐めまくられてます!
「ソラ様……」
「ソラちゃん、子犬でもダメなんだね」
ジェノさん! アヤネちゃん! 他人事みたいに言わないで! 姿かたちは、両脚を食べたグレーウルフとそっくりなんだから! 子犬だけど!
「ジェノしゃんだっこ! だっこ! ヒック! うわぁぁぁん!」
「はい、もう大丈夫でちゅよ~」
ジェノさんに抱かれて、魔の手……魔の舌から救出してもらった。
「ああ~、ソラ様、漏らしちゃいましたか」
わたしも恐怖に支配されてたから、これは仕方ない!
「けど、この子犬はどこから来たのかな? 誰かが学園に連れて来た?」
アヤネちゃんが子犬の頭を撫でながら、そんなどうでもいいことを言う。
なるべく遠ざけてほしいですけど。
「お~い! こっちに子犬が来てなかったか?」
と、勇者が手を振りながら歩いてきた。
「この犬かな?」
「おお! アヤネ殿、すまんな。友人から預かってたんだが、縄が解けてしまってな」
「――!」
――ゆうちゃぁぁぁ!
お前が元凶かぁぁぁ!
翌日。屋敷に沢山のプレゼントが届いた。
贈り主は学園の生徒と、勇者リンバーグ。
中身は全て犬のヌイグルミ。
トラウマを克服するには、まずはヌイグルミからって……さすがに動かないヌイグルミだったら大丈夫でしょ。
「パパ~! あれ、こわい!」
「ええ~? 可愛いと思うんじゃがな」
「もぉぉぉ! や~なの!」
ダメでした!
その日、ソラちゃんは1日中パパに抱きついて離れなかったよ。