第84話:ゆうちゃは、ゆうちゃだった。の、ひ!
学園にも休日というものがある。
休日の過ごし方として、ソラちゃんは絵本を読んだり、庭でアヤネちゃんと泥遊びをしたりしている。
「ソラ様! 夏用に今日降ろしたばかりの服が、どうして1時間で泥だらけになるんですか!」
「うわぁぁぁん!」
ジェノさんに泣かされるのはいつものことだ。
だから言ったでしょ。もっと女の子らしい遊びをしたほうがいいって。
――だって、ちらないんだもん!
えっと……わたしも知らないね。
――でちょ!
う~ん。この年齢くらいの子は、どういった遊びをしているんだろう?
友達が家に遊びに来る……ていうのも、王族の家に気軽に遊びに来てくれる子なんていないわけで。
――あたちが、あしょびにいっちゃえばいいんだよ!
「パパ! おねえちゃんのとこ、いってくる!」
「は? ちょ、ソラリスや。アヤネがまだ入浴中だから待つんじゃ!」
「ジェノはまだ洗濯中よね」
「いってきましゅ!」
そして、ソラちゃんは1人で外に飛び出していく!
玄関を出て、綺麗に並んだ庭木の小道を駆け抜けて、屋敷の門を出る。
パパはアヤネちゃんを護衛に付けたかったようだけど、まあ、貴族街の中だけだったら安全でしょ。
「まち、いってみよかな?」
え? アリアちゃんのところに行くんじゃないの?
――しょだたっけ?
う~ん。まあ、いいけど。
幼児の、何かをする、なんて、ちょっと時間がたてば内容も変わってしまうものだ。
てことで、とことこ……とことこ……。貴族街の外、市民街に向けて、幼児の歩く早さで進んでおります。
うん。軽くアヤネちゃんに追いつかれちゃうね。
――!! いんちかいほ~!
は? 街中でですか!
パリパリと、体から黒い放電現象が起こって、ばしゅんと全速力。
凄い速さで景色が流れて、貴族街と市民街の境界を守る守衛さんの目の前をビュンっと突破。
市民街に入って、初めて見る人の多さに足を止めた。
「うわ~うわ~。ひと、いっぱいいるね!」
まあ、王都だからね。
貴族街の周辺ってことで、この辺りは裕福層の住居や商店が並んでいた。
身なりも綺麗で、ここだけ見ると都会って感じだ。
さ、もう帰ろうか?
――どちて!
もうすぐお昼じゃん。帰ってご飯食べよ~。
――きたばかりでちょ!
ダメか……。
「お嬢ちゃん、1人かな?」
「う?」
声がして見上げれば、40歳前後の男性が目の前に立っていた。
迷子と思って声をかけてくれたのかな?
「珍しい髪色をしているね。太陽の光が反射して綺麗だ」
と、頭を撫でようとしてくる。
「やだ!」
そして、ソラちゃんは逃げだす。
知らない人から頭を撫でられることのへの拒否感。まして、ソラちゃんは基本、人見知りだ。
知っている人が近くに居ない不安感で走り続け、そして、迷った。
――おなか、しゅいたね。
そうだね。
ここは街の端っこ、防壁の門の近くだ。門から続く大通り。近くに冒険者ギルドがあるらしく、剣と鎧を身につけた人達が行き交っている。
因子開放で走り続けて、こんなところまで来ちゃったよ。
「いいにおい……」
辺りから美味しそうな匂いが漂ってきている。
大通りには露店が並び、飲食物が多く売られていた。クエスト帰りの冒険者をターゲットにしてるんだろうな。
その中の1つ、肉の串焼きの露店にふらふらと歩いていく。
「これ……たべたい」
「うん? 1本でいいか?」
と、厳つい顔のおじさんが台の向こうから見下ろしてくる。
「お金は持ってるのか?」
「おかね?」
そういえば、パパも皆も、わたしもお金のことを教えてないぞ。
「その中に入ってるんじゃないのか?」
そう言いながら、露店から出てきて、ネコさんポシェットを掴んでチャックを開けて……。
「金貨があるじゃね~か。1本金貨1枚だ。ほらよ」
男が金貨を抜き出し、串焼きを1本手渡してきて、そのまま露店の中に戻ろうとして。
そんなに串焼きって高いのかな? て、そんなわけないよ!
「うわぁぁぁん! パパのきらきら! びえぇぇぇん!」
串を握り締めて大泣き。
ソラちゃんにとっては、法外な値段より、パパから貰ったきらきらの宝物を盗られたっていう思いが強い。当然、大泣きだ。大事にポシェットに入れてたもんね。
「ちっ! うるさいガキだ――ぐお!」
ソラちゃんの前に男性が現れ、串焼きの男を殴り飛ばし、宙に舞った金貨をパシっとキャッチした。
「1人で歩いている、綺麗な白銀の髪の女の子を見かけたんで、もしやと思って来てみれば……銅貨2枚の串焼きが金貨1枚だと?」
「ゆうちゃぁ……うわぁぁぁん!」
「もう大丈夫だ。取り返してやったから、泣き止んでくれ」
「うん……ヒック……」
勇者、リンバーグさんが、ハンカチで金貨を磨いて手渡してくれた。
「リンバーグ様!」
「おう。こいつの営業許可を取り消しておけ」
「は!」
串焼きの男は兵士に連行されていったよ。
「ソラリスちゃん、今日はもう帰ろうな」
「うん……だっこちて」
「あ、ああ……」
だっこちてポーズのソラちゃんを、リンバーグさんは優しく抱きかかえてくれた。
勇者……ありがとう。本当に、今日のあんたは勇者だったよ。
「ゆうちゃ……ありがと」
「ああ……うん」
テレながら見ると、勇者の目元に涙があった。