第30話:しぇじょ、かくしぇい! の、ひ!
馬車の旅2日目。
早朝に出発して、昼前には何事もなく街に着いた。
この世界の街って、防壁に囲まれているのを予想してたんだけど、そんなものは一切なし。
代わりに、少し奥に深い森が見える。
街というよりも、少し大きい村って感じだな。
「いっぱい、いる……」
だね~。
馬車と大きい馬が来たのが珍しいのか、どんどん人が集まってくる。
街の入り口に来たのは、子供も含めて30人くらいかな。
みんな鎧とか腰に剣まで差して、戦士って感じだ。
でも、頭と腰の部分からは……。
ほら、可愛い獣耳と尻尾がいっぱい来たよ?
――やだ。
はい? あれ、パパの膝裏しか見えないんですけど? え? パパの後ろに隠れてるの?
「パパ……」
「うん? どうしたんじゃ? そんなところに隠れて?」
あ! 人見知りしていらっしゃる!
そうだよな~。お城って意外と人が少なかったし、ここの人達、魔王が来たからって、緊張しちゃってるんだよね。
その緊張がソラちゃんにも伝わっちゃったかな?
「ソラリスや……」
「なに?」
名前を呼ばれて、顔を少し上げた瞬間。
ぷ。
……は?
「くしゃい!」
ソラちゃん、地面を転げ回る。
て、なにしてくれとんの?! わざわざ名前呼んでそれって、確信犯でしょ!
「ごめんごめん。ここの人達は怖くないよって言おうとしたら、口からじゃなくて尻から言葉が出てもうた」
「もぉぉぉ!」
そりゃ怒るわな!
「「「あははは!」」」
あ、緊張が解けて、みんなが笑ったよ。
大人の人達はパパと雑談を始めて、わたしのところには子供たちが寄ってきた。
全員が8歳くらいの子達だ。みんな戦士みたいな軽鎧を着ている。
その中の1人……。
「初めまして、ソラ様。私は狐人族のアヤネといいます」
「……はち……はじめまち……」
代わろうか?
――がんばる!
うん。落ち着いて。わたしも一緒に居るからね。
「はじめまちて。あたち、しょらりしゅ、でしゅ!」
「しょらりしゅ様……」
いや、違うから。
「そ! らり、す!」
「あ! ごめんなさい」
ぺこっと頭を下げてくるけど、別に怒ってそんな言い方したんじゃないからね~。
こうしないとサ行の発音が出来ないだけだから、ほんと、ごめんね~。
「あれ?」
うん? どした?
「アヤネしゃん、ひだり、ない?」
あ、ほんとだ。よく見ると、大きなキツネ耳も、左が半分なくて、左腕も肩から先がなかった。
「あ……これは私がまだ未熟で、モンスターに噛み千切られちゃいました。でも、大丈夫ですよ? 右手だけでも剣をもてますから」
8歳くらいなのに、この子は立派な戦士なんだな……。
「だめ……ひだりないと、1人になっちゃう……」
う……うん? あ~。『みぎは、あたち。ひだりは、ソラしゃん』か。
アヤネちゃんには関係ないと思うけど。
――ソラしゃん!
え? なに?
て、白銀に輝く感情が溢れて、それが魔力に変換されていってる!
そして、言葉が思考の中に浮かんできた。
――いっちょに!
うん。唱えればいいんだね? いくよ!
「『リザレクション!』」
アヤネちゃんの体が白銀の光に包まれて、その光は千切れた耳と腕に集まって、完全な耳と腕を形作り、そして光が弾けた。
「あ……うそ……」
そう言葉を漏らしたアヤネちゃんの左耳は完全な形でピコピコ動き、元通りになった左手を握ったり開いたりしている。
完全修復……聖女の力、覚醒か。
「ありがとう! ソラ様!」
と、抱きしめられちゃった。
「よかったね」
笑顔いっぱいのソラちゃん。
「父さん! 父さん!」
あ、大人たちのほうに駆け出して行っちゃった。
これ、大騒ぎになるパターンだぞ。
覚悟、決めますか!
――きめましゅ!
……どんだけ凄いことをしたのか、分かってないよね?