第146話:全てを救うために。の、日
パチパチ……と、目の前の焚火が音を鳴らす。
手に持った枯れ木を投げ入れる。
「あつ!」
火の粉が舞い、投げ入れた手にかかってしまった。
「勇者様、大丈夫ですか?」
隣に座っている白銀の髪の少女が、俺の手を握り。
「ヒール」
と、回復魔法をかけてくれる。
この少女は、聖王国の教皇の娘で、絶世の美女と謳われている15歳の聖女だ。
世界でただ1人の聖女の証である白銀の髪が月明かりで輝いている。
今は腰まで伸ばした髪をそのままストレートにしているが、ポニーテールにしたり、ハーフアップにしたり、色々な髪形とワンピースやドレスを着て、鏡の前でポーズを取るのが意外と楽しかったな……。
いやいや、待て待て! 俺に女装趣味はなかったはずだ。
「勇者様?」
(ゆうちゃぁぁぁ!)
「あ、いや……疲れているのかな。ありもしない記憶や幻聴まで聞こえたような気がする……」
「仕方ありません。目の前の森は迷いの森。迷いの結界と天候結界で守られている魔王国ですから」
「結界の影響か……」
それでこの焦燥感を感じているのか? 魔王国を目の前にして、胸が締め付けられるような……。
腰に差している聖剣を鞘から抜き放つ。
剣身が光を放ち、周囲を明るく照らす。
「おお! その光こそ勇者の証。聖剣を抜けるだけでは真の勇者ではないですからな!」
帯同している聖騎士が感嘆な声を響かせる。
俺は勇者に選ばれた。聖剣を抜けるだけでは剣聖の能力しかない。だから、リンバーグさんは勇者ではなく、剣聖なんだ。
……リンバーグさんって誰だ?
俺は……誰だ?
「勇者様、明日の朝に森に入ります。今日はもうお休みになられては?」
「……なあ、聖女ディアナ。俺の名前を言ってくれないか?」
「え? アデル様……です」
(ソラしゃん!)
あ……。
「ははは! 明日は打倒魔王ですな!」
この聖騎士は何を言ってるんだ?
魔王は……パパは優しくて、暖かくて、俺の……わたしの大好きなパパなんだぞ!
――っ!! 思い出した! あの天使! わたしをソラちゃんから追い出しやがったな!
そして、飛ばされたこの世界は分岐した世界。
ソラちゃんが教皇の元に連れ去られ、わたしも本来あるべき転生……勇者アベルとして生きる世界だ。
当然、この世界では未だ他種族殲滅思想が残っているはずだ。
なんとかしないとな……。
心配そうにわたしの顔を覗く聖女ディアナが、ソラちゃんだとしたら……。
「そら……ディアナ、ぴゅりふけちょちょ! って、唱えてくれないか?」
「……え?」
人格がソラちゃんじゃないから無理か? 今思えば、かなり恥ずかしいしな……。
「世界を救うために必要なことなのですね?」
「ああ、そうだ」
世界を……全てを救うために!
「わた……俺も一緒に唱える。合わせて唱えるぞ」
「はい!」
見詰め、頷き合い……。
「「ぴゅりふけちょちょ!」」
聖剣とディアナから光が広がり、光に触れた周囲の聖騎士から黒い靄……瘴気が弾け飛んだ。
「俺は今まで何を……」
「他種族殲滅? 人族至上主義? どうして今までそんなことを……」
よし! この世界のソラちゃん……ディアナには精霊の加護がないから光の範囲は狭かったけど、瘴気を浄化して、ここに居る聖騎士達の洗脳は解けた!
「アベル様、私自身も浄化されて……何故今までこんな……」
「うん。本番はこれからだ。全てを救うぞ」
「はい……。ですが、浄化魔法でしたら、ピュリフケーションと唱えればよかったのではないですか?」
「……」
あぁぁぁ!? ソラちゃんであってソラちゃんじゃないってことを失念してた! 幼児言葉じゃなくてもよかったじゃん!
ぴゅりふけちょちょ! って、めっちゃ恥ずかしいじゃん!