第118話:おかちのために! の、ひ!
ある日、学園から帰ってきたら、家の広い庭に数台の馬車が止まっていた。
どれもこれも馬車の側面に、家紋っていうか、領地の紋章が描かれている。
この紋章は、それぞれ覚えておいて損はないかもしれ――!
「おうましゃ~ん! いっぱいいる!」
そうですよね。幼児ちゃんは、少々豪華な馬車よりも馬のほうに興味がありますよね。
急に視界がぐるんって変わったから、ちょっとビックリしちゃった。
そのまま馬を見ていたら、馬車の御者席に座っていた男性が降りてきた。
「お嬢様は、馬に興味がありますので?」
「――! あ、あい……」
急に声をかけられて、少しだけ人見知りが覗いてる。
「凄いでしょ。領地で1番の馬で、軍馬としても立派な体の大きな馬なんですよ」
「ちいしゃくて、かわいいね」
ちょっと~! ソラちゃん! この人、軍馬で立派で大きいって言ってたでしょ!
「パパのおうましゃん、このくらいおっきいんだよ!」
幼児の短い両腕を横いっぱいに広げてアピール!
しかし悲しいかな、両腕を広げてこれ位って、凄く小さいよ。
「ほ~、そりゃ大きいな~」
「うん! えへへ」
ソラちゃん、多分、伝わってないと思うよ?
まあ、とにかく家の中へ。
「ジェノさん、あの男、ソラちゃんの言っていること理解してませんでしたね」
「ええ、アヤネちゃん。可愛くて愛らしいソラ様を馬鹿にしてましたね」
……どこか馬鹿にしている要素があったかな?
幼児にたいする対応としては合格だったような。
「「スレイプニルを走っている馬車にぶつけてやりましょう……」」
やめてあげて!?
リビングルームのドアをジェノさんに開けてもらって中に入ると、ソファーに座っているパパが見えた。
対面には、あの時の領主さんたちが用意された椅子に身を小さくして座っている。
「ソラリス。おかえり」
「パパ! ただいま!」
すぐにパパの膝の上に抱いてもらう。
「あ~。ソラリスや。今日はこの方たちから話が」
「おやちゅ、おやちゅ! ジェノしゃん、おやちゅ!」
必殺、人見知り回避法。完全無視が炸裂したぞ!
ていうかね~。この人たち、校門で最初にソラちゃんを囲っちゃったから、ソラちゃんの心象は最悪に近い。
今更、正式な会談の場を整えても手遅れだね。
それに、わたしたち、幼女だし! 難しいお話し合いは大人達だけでどうぞ。
おやつ! おやつ!
――おやちゅ! おやちゅ!
「ソラ様、まずは普段着に着替えましょうね」
「あい! おやちゅたべたら、おしょとであしょぼ!」
ジェノさんに抱きあげられて部屋から出ていく……。
「お、お待ちくだされ」
あらやだ、なんて悲しそうな顔。
「ソラリスや、話だけでも聞いてやってくれんか?」
「グランゾ様、この方たちの要望は、数日前に伺っております。そして、今のソラ様の態度が答えでございます」
おやつを食べて遊びたいだけなんだけどね!
「スデリッチ殿からの頼みでもあるんじゃが、困ったのぉ」
「おはなちちないと、パパこまるの?」
「ああ、うむ」
「だったらきく~!」
大好きなパパを困らせちゃダメだよね!
てことで、ジェノさんが、わたしたちを抱いたままパパの隣にドカっと座った。
ジェノさん、ソラちゃんとのお着換え、おやつでキャッキャウフフタイムを邪魔されて不機嫌である。
この話し合い、下手したら長引きそうだね。
「では、先にお願いしたと思いますが、我らの領地を潤してくださったあかつきには、十分な謝礼を……」
「しゃれいってなに?」
「お金や宝石など……」
「しょんな、ちらないのは、いりゃない!」
プイっと、そっぽを向いちゃうぞ!
お金の意味も使い方も知らない、宝石なんぞに興味のない幼児に何を渡そうとしてんのじゃ!
そもそもね~、まだ行くとは決めてないのに、報酬の話をされてもね~。
「おやちゅ、たべたいね……」
そういえば、おやつタイムがお預け状態だね。
「……お菓子なら、我が領で作られた甘いお菓子がありますが、謝礼はそれで……」
「いく!」
あら、お菓子で即決なの?!
長引きそうって言ったのは誰だ!
まあ、いいか。話し合いは早く終わらせて、おやつだぁぁぁ!
――おやちゅぅぅぅ!