05_婚約させないために。
「そもそもこの婚約はセレナが強く望んだことで成ったものだ。これまではセレナを愛せると思っていたから受け入れることができたが、今となってはこの経緯すらも忌々しい」
一度目、いくらなんでもセレナを蔑ろにしすぎではないか、これまで仲睦まじくいたのではないかということをやんわりと伝えた何度目かに、オルバ殿下はそう言った。
セレナが喜んだあの婚約の少し前、王宮でオルバ殿下と同じ年頃の貴族令息や令嬢を集めてお茶会が開かれたらしい。
それは王族の子供がある程度成長したら必ず行われるもので、ようはご学友や将来の側近、そして婚約者に相応しい者を選ぶ場でもあったわけだ。
そこで、セレナとオルバ殿下は出会い、セレナは殿下に憧れを抱く。
オルバ殿下の話によると、殿下に恋をしたセレナは父上に婚約をねだり、家柄やお茶会でのセレナの振る舞いを鑑みてその希望が叶えられる形で婚約者となったのだと。
だから、どうした。
セレナの希望だったから。自分が望んだものではなかったから。心変わりをしても仕方ないというのか。それとも、今になって本当はセレナを婚約者とするのは不満だったとでも言うつもりか。
僕は知っている。オルバ殿下とて、セレナを厭っていたわけじゃない。
少なくとも、エミリー・ユリンマスが現れるまでは、2人は仲良く、お互いを尊重しあえる婚約者だったのだ。
──忘れるものか。
屋敷の庭園で、こっそり覗いた先にいた2人が、そっと唇を重ねていたのを見た時のことを。
僕が身を焦すほど欲しかったものを手に入れておいて、あれが仕方なくこなした行為だとでも言うならば、それこそ許すことなどできない。
とにかくだ。幸運にも時をやり直すことになった瞬間から決めていた。
セレナとオルバ殿下の婚約は、絶対に阻止しなくてはならない。
大丈夫だ。幸か不幸かオルバ殿下の語った婚約の経緯は概ね真実で、元々セレナは婚約者筆頭ではあったものの、本人が嫌がれば決して選ばれることはなかったと聞いている。
アーステラッド家は王家にとって存在感の大きな家であり、尊重される存在であるからだ。
だからこそ、セレナが拒否すれば無理強いはされない。この頃の父上はまだセレナに対して愛情もあったはずだから、地位や権力のためにセレナを利用しようとも思わないだろう。
本当に、なぜあの頃の両親はあれほど無慈悲にセレナを切り捨てることができたのか……。人は変わるということなのか。両親も、殿下も、……今、こうして僕が一度目とは全く違う考えでいるように。
そもそも、一度目でオルバ殿下が考えたように、セレナが殿下と結ばれずとも、僕がいるのだ。僕が殿下の側近として縁を繋げば問題はない。
──だからこそ。オルバ殿下は簡単に婚約破棄することもできず、ありもしない罪を作り上げてセレナを処刑に持ち込むなどという暴挙に出たわけだが。
だめだ。今はそのことを考えるときではない。
考えれば考えるほど、オルバ殿下を……オルバを殺したくなるのだから。
婚約を阻止すると言っても、今の僕はほんの子供で、「婚約しないで」と言ってもただの我儘になる。「婚約すれば不幸になる」と言って信じてもらえるとは到底思えないし、下手すればセレナに嫌われてしまう。僕に力があればどうとでもできるのに。僕に力が……このあたりも、今後の大きな課題だ。
今の僕に出来ることなどたかが知れている。とりあえずセレナの中に少しでもオルバへの不信感を植え付けることができればいい。聡明なセレナはきっとその不信感について考えるだろうから。
だから僕はより一層セレナに甘え、頼り、一緒にいるようになった。
それ自体は簡単だった。
一度目に我慢していたことを、心のままに行動していればいいんだから。
それから、僕は今が二回目であるというアドバンテージを存分に発揮した。
「姉さまと一緒に僕も勉強したいです」
甘えたように言えば、セレナが家庭教師に学びをもらう時間に隣に座らせてもらえた。あとは遠慮せず答えを披露するだけ。
学院での勉学も優秀な成績をおさめ、オルバの側近として取り立てていても皆が納得するほどだった一度目の僕。小さな子供の勉学で自重しなければどうなるか。
家庭教師はすぐに僕の優秀さに驚き、両親に専用の家庭教師をつけるように進言した。やがてとびきり優秀な令息だという評判は広がっていく。直に王妃様の耳にも入り、オルバの将来の側近にほしいと思わせることができるだろう。
そうなれば、それほど優秀な僕を囲いたい大人としては、僕の意見を子どもだからとあまり無下にするわけにもいかなくなる。
セレナがどう思うかだけが心配だったけれど、愛する姉さまは「エルヴィンはすごいのね!自慢の弟だわ!」と目を輝かせてくれた。
ああ、なんて純粋で、無垢で、心の綺麗な人だろう???
セレナの美しさに触れるたびに思う。
やはり僕は、彼女を苦しめた全ての人間を許せない。
「にゃ〜ん」
寝る前にベッドで並んで話していると、自分も入れろとばかりに黒猫がセレナの膝に飛び乗った。
猫はセレナによってクロという名が与えられた。
まるで夜明けの空のように真っ黒だからと。
クロはいつもセレナに甘え、寄り添っている。
そして彼女の膝の上から僕を見る。
分かっているよ、クロ。僕は必ずセレナを守る。




