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やり直しを知らない令嬢には2度と破滅の未来は訪れない~「姉さま、死んじゃうくらいなら全部ぼくのモノにしていいよね?」~  作者: 星見うさぎ


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04_与えられた奇跡。

 


 セレナは10日間高熱を出し眠り続けたあと目を覚ました。ただ、まだ体調が万全とは言えず、ベッドの中で過ごし、ほとんどの時間を眠ることに費やす日々をしばらく繰り返すことになった。


 熱はもう下がっているから、僕は毎日セレナのベッドに潜り込んで一緒に眠る。セレナが未だに長い睡眠時間を要しているのは、あまりに高熱だったために体力をごっそり消耗したせいだろうと医者は診断した。


 それはもちろんだが……「なかったことになっている精神的な負担」も影響しているのではないかと思えてならない。


 不思議なことにセレナは僕を見ると目に見えて安心したような顔をする。僕がそばにいることで少しでも安らかに過ごせるならばこんなに幸せなことはない。

 そんな気持ちでできる限りセレナに寄り添うようにしていた。


 それに……なるべくそばにいなければ、離れている間にセレナに何かあったら……そんな言いようのない不安がどうしてもつきまとうのだ。


 だって、セレナは一度死んだのだから。





 あの処刑の日。


 絶望の中で自分は何をしていたのか、夢を見ていたかのように現実感がない。いや、本当にあれは現実だったのか……悪夢よりも悪い夢のような時間。


 僕は、セレナの愛が踏み躙られ、彼女が無慈悲に処刑されたことをはっきりと覚えている。


 人の死をまるで祭りのように楽しんでいる民衆も、これからの自分たちの行く末ばかり案じている義両親も、セレナの命などまるで自分たちの恋のスパイスだと言わんばかりに微笑み合っているオルバ殿下とエミリー・ユリンマスも。その全てが悍ましくてたまらなくて。

 それなのに、周りは皆、呆然と崩れ落ち、身じろぎ一つできない僕の方を不思議そうに見つめていた。



『ほんとうに、なんでもできる?』



 突然聞こえたその声に、僕は俯いたままで、けれど迷わず返事をした。

 その声が誰のものなのか、あれはなんだったのか、そんなことはどうでもよかった。ただ、あの瞬間、あの、麻袋の中身がごとりと音を立てたことを信じたくなかっただけだ。




 ほんとうに、なんでもできるのか。そんなこと疑う余地もない。


 もしも、やり直せるなら。

 もう一度、生きているセレナに会えるなら。


 人を殺すことも、自分が死ぬことも、この世界を壊すことだって厭わない。



 そう強く思った次の瞬間、ハッと意識が浮上し、むせるような喉の渇きに咳き込みながら目を覚ました。

 絶望とは無縁のような温かい日差しの差し込む寝台の中で、僕は小さな体で無防備に横たわっていたのだ。


 こんなことが起こるのかと、受け入れ難い現実から無意識に逃げ出し、都合のいい夢を見ているだけじゃないのかとも思った。


 時が巻き戻ったのだと信じられたのは、熱にうなされる幼いセレナを見て、その汗ばんだ頰に触れたとき。


「ああ、あ、セレナ……生きてる……生きて……」


 それでもその高熱が下がり、最初にセレナが目を覚ますまでは生きた心地がしなかったけれど。


 僕は溢れ出る涙を止めることもできず、久しぶりに神に感謝した。


 記憶にある限り、最初に神に感謝したのはセレナに恋していると自覚した幼き日のことだ。最愛の人との出会いを奇跡のようだと喜び、そしてセレナが婚約した日に神を信じるのをやめた。

 そのうちセレナが不幸になっていくほどに今度はその存在を信じなくなっていたはずの神を呪った。






「姉さま、おはよう」

「エルヴィン……?」


 数時間ぶりに目を覚ましたセレナが、ぼんやりとした表情で、枕元に椅子を寄せて座る僕を見た。


「また怖い夢を見たの。でも、やっぱり夢の内容は思い出せない」

「姉さま、思い出さなくていいんだよ。悪い夢は全部忘れて僕と一緒に楽しいことを考えよう」

「ふふ。エルヴィン、ありがとう。私、お姉ちゃんなのに、なんだかあなたの方がお兄ちゃんみたいだわ」


 セレナは一度目のことを覚えてはいなかった。


 そのことに心底ホッとした。あんな記憶、忘れてしまえるならばその方がいいに決まっているから。


 大丈夫。僕が覚えているから。

 僕が二度とあんな未来を辿らせない。

 だから、セレナにはなんの気兼ねもなく毎日過ごしてほしい。きっとそのために僕が全て覚えているのだから。


 まだ眠そうなセレナの髪の毛を手で優しく梳いた。


「にゃ〜ん」


 黒い塊のような猫が、僕の足元をすり抜けてぴょんとジャンプしてベッドの上にのぼり、僕とセレナの間に体を滑り込ませた。

 セレナの力の抜けた手に自分の頭を擦り付けている。


「ねこ……?」


 眠そうな顔のまま、それでも驚いて目をぱちくりと瞬かせるセレナに向かって、猫を抱き上げ顔を見せてやる。


「屋敷の裏手にいたんだ。お乳がもらえなかったみたいで弱ってて……母親に愛されなくて、死んじゃいそうだから拾ったんだよ」


 猫はみゃーみゃーと必死にセレナに向かって鳴いている。


「……死んじゃうくらいなら、僕がもらってもいいよね」


 これは猫の話だ。だけど、それこそが僕の気持ちの全てだった。


「そうね……愛されないことは、悲しいもの」



 セレナは猫の頭を優しく撫で、嬉しそうにはにかんで、そのまま目を瞑りまた夢の世界に戻っていく。眠そうで、朦朧としているようだったセレナは、恐らくさっき自分が何を言ったかもはっきり分かっていないんじゃないだろうか。

 目が覚める度にその瞳を不安に揺らし、悪夢を見たと僕に訴えるセレナ。時は戻ったけれど、苦しい記憶は置いてこられたけれど、一度味わった絶望や悲しみがその魂に根付いているのかもしれない。可哀想なセレナ。こんなに小さな体に戻っても、まだ苦しまなければいけないのか。


 僕は願う。心の底から願う。


 セレナ。今度こそ、どうかいい夢を。




 さて、そのために僕が出来ることは何だろうか。

 考えなければならないことは単純だが数多くある。


 せっかく与えられたやり直しの機会を、僕はもう絶対に間違えるわけにはいかないのだから。



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