02_ひどく悪い夢を見たような気がする(セレナ)
ふと目を覚ます。
夜着が汗で体中にまとわりついて気持ち悪い。
「──っ!!目がっ……姉さま!姉さま……!」
まるで叫ぶような甲高い声に首を少し傾けると、小さな手がにゅっと伸びてきて、私のおでこにへばりつく髪を優しくよける。
「エルヴィン……?」
「姉さま、よかった……!ぼく、姉さまが死んじゃったらどうしようって……!よかった、ほんとうによかった」
小さな義弟が私に縋り付くようにして泣いている。
エルヴィン、どうしてそんなに泣いているの……?
私が死ぬなんて、そんなわけないのに。
それにしても体がだるい。ひどく喉が渇いている。
お水が、飲みたい。
声に出すより先に、エルヴィンがさっとそばにあった水差しを口に含ませてくれる。
そうしている間も、心配になるほどにエルヴィンは顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと涙を零し続けていた。
涙がほんの少し光を受けてキラキラしていて、まるで夜の宝石みたいだと思った。
「お嬢様っ!ああ、よかった!目を覚まされたんですね!今、奥様と旦那様をお呼びしてきます!」
エルヴィンの泣く声に、侍女のネリが私の様子を見に来てすぐに飛び出していく。
エルヴィンやネリの態度を見るに、私はどうやら長い時間眠り続けていたらしい。
よくわからないけれど、お父様とお母様を呼んでくるという言葉にひどく胸がざわついた。
「エル、ヴィン……」
「!!なあに、姉さまっ?」
声が掠れてしまった。
エルヴィンは慌てて顔を上げる。泣きすぎていて、もう顔中が涙でぐしょぐしょになっている。
その顔を見ると、すごく安心する。私はひどい義姉ね。
「手、にぎって……」
「うんっ!ずっと握ってるね、姉さま……本当によかったっ……!」
そっと差し出した手をぎゅうっと握って。少し痛いぐらいだったけどそれが心地よかった。
どうやら私は、突然高熱を出して倒れ、10日間も目を覚まさず、一時期は命も危ぶまれていたらしい。
「ああ、私の可愛いセレナ、本当にあなたが無事でよかった……!」
「お父様もお母様も、セレナが目覚めるのをずっと信じていたんだよ」
「ありがとう、ございます」
大事にされていて嬉しい、心配かけてしまってごめんなさい、そんな気持ちもあるのに、どうしてだかあまり言葉が心に響かない。
いつも風邪を引いたり病気で寝込んだりした後はお母様に抱き着いて、お父様に甘えるのに、そうしたい気持ちにはならなくて。
お父様やお母様が心配して会いにきてくれるよりも、エルヴィンがそばにいてくれる方が安心できた。
私とエルヴィンは、これまで特別仲の良い義姉弟というわけではなかったのに。
「姉さま、ぼく今日は姉さまと一緒に寝る」
エルヴィンは私の側にいたがった。
両親を亡くし、ある日突然私の義弟になったエルヴィン。これまではあまり打ち解けてこれなかった。
こんなにも私を心配して、ずっと一緒にいてくれるなんて……。
これまでそんなことはなかったのにお互いに一緒にいたがる私達を、お父様やお母様、ネリをはじめとした使用人の皆は不思議そうに見ていたけれど。
「あのね、エルヴィン……」
夜、ベッドの中でくっついて、エルヴィンの手をぎゅっと握る。
7歳の私と6歳のエルヴィンが一緒に眠ることについて、誰も反対はしなかった。弱っている私がエルヴィンと一緒にいたがったのことも大きかったかもしれない。
「なあに、姉さま」
エルヴィンは私の方に横向きに寝転んで、手を握ったまま私をじっと見つめる。
「すごく……すごく怖い夢を見たの」
「こわい、夢?」
「うん。本当に怖かった……でもね、どんな夢だったのかは思い出せないの。ただ、怖かったことだけ」
本当に、内容は全然思い出せないのに。
とにかく怖くて、恐怖だけなくならなくて、じわりと涙が湧き上がってくる。
「姉さま……」
エルヴィンは繋いでいない方の手を伸ばして、涙が溢れたほっぺたを手で拭ってくれる。
「姉さま、今まで恥ずかしくて姉さまとあまり仲良くできなかったけど」
言いながら、私の方に体を近づけて、胸のあたりに顔を擦り寄せて。
「……これからは、姉さまとずっと一緒にいる。何があってもぼくが姉さまを守ってあげるね」
「エルヴィン……」
その優しさに、胸がほっこりと温かくなって、癒される。
私は嬉しくて、自分にくっつくエルヴィンの頭をぎゅっと抱きしめた。
きっと、10日も眠っていたから。色んな悪夢を見たんだと思う。
体が弱って、つられて心も弱っているから、こんな風に涙が出てくるんだと思う。
抱きしめたエルヴィンの体温が温かくて、涙が出る。
そうしているうちにウトウトとし始めた私は、もう目を開けていられなくて。
やっぱり、体力が落ちているのかも……だって、こんなに、眠い……。
優しい手が髪を梳いてくれている気がする。
「絶対に、ぼくが守るよ……」
意識が遠のいていって、ぼんやりしていてよく分からなかったけれど。
何か柔らかいものが、そっと口に触れた気がした。
次話からエルヴィン視点です。




